Secret
堕なの。
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「遣らずの雨のよう……」
久しぶりに会った旧友と昔話に花を咲かせ、もう帰る頃、という時になって降り始めた雨に、君は笑ってそう言った。俺に帰る家のあることを、君は知っているはずなのに。
「泊まらないよ」
「ここは山奥ですよ」
確かに、君の家は辺鄙な場所にあった。標高数百メートルの山の頂上。この山全てが君の所有物だと言うのだから、同級生の中では相当出世した方だろう。
「帰る途中に足場が崩れてしまうかも」
「君はどうもこうして……。仕方ないな。では泊まらせて頂こうか」
君は昔から強かだった。こうして丸め込まれるのは、いつだって俺の方で、その度に地団駄を踏んで悔しがっていた。もう悔しがる程のエネルギーは持ち合わせていない。だが微かに、あの頃の楽しかった感触が戻ってくるようだ。
「今でもハンバーグは好きですか?」
「ああ。味覚は大人になってから変わると言うが、俺には一向に訪れなくてな」
「あなたらしいです」
別に、もう大して好きでは無い。子どもが好きだからよく食べる。ただそれだけだ。そして、今の俺がどうだとか言う必要も無い。そうも考えた。君にはお見通しなのだろうけれど。
「美味しいですか?」
「美味しいよ」
傍から見れば夫婦のようなやり取りだ。俺たちの間にそんな関係は一切無いというのに。いや、それを思っているのは俺だけだろう。高校生の頃、俺に好意を抱いていた君を突き放したんだから。そして避け続けた。そうしている内に接点など無くなってしまった。
「ご馳走様」
「ご馳走様でした」
しっかりと手を合わせて、綺麗な所作で立ち上がる。相変わらず育ちの良さが見える人である。そういう所だけが気に入らなかった。
「お風呂、先にどうぞ」
「お言葉に甘えて」
風呂に行く途中、襖の隙間から見えた、二つ、並べられた布団に頭を抱える。やはり、風呂で嫁への言い訳を考えなくてはならないと。そしてどこか、嬉しい自分の気持ちには見ないふりをした。
Secret 堕なの。 @danano
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