第26話 腐っても鯛、作家の魂

そもそも出現自体が極限の驚きなのだが、なぜそんなことまで判るのか、こちらの方もびっくり以外のなにものでもない。なぜなら確かに私も一葉が云い当てた通り文芸を致す身だったからである。それも御指摘の通り小説と和歌を、さらには詩とシナリオまで手を広げていた。しかしとは云ってもいずれも一人でシコシコ書いているだけの、プロでもなんでもない身だった。にも拘わらずこの私の書くもの、その内容が件の偏執狂には抑々お気に召さないらしい。私は世の格差、富や権力の集中と、それも勉めてその横暴を描くのに意を使っていたのである。米国の9・11やロシアに於けるモスクワのアパートの、それぞれ自国政府による爆破や、ジャーナリストのマリア・ポリスカヤさんの殺害に憤慨し、シリアでアサドの親衛隊によって殺された日本のフリージャーナリスト、山本美加さんなどの存在が哀れでならなかった。もちろん抑々私に於いてはこの身で差別や生活妨害を味わい尽くし、すればその迫害の基となるものへの追及をおさおさ怠ることはなかったのだ。蓋しこの奇跡の邂逅もひょっとしてそれが媒介…?とも思うがしかしそれは確かめようもない。何にしても学歴も身分も、また金もないおまえ(つまり私)などが世に書を問うことなど許さない、とするその存在が逆に私を鼓舞していたのだった。それはちょうど「俺たちと同じ長屋に住む者が小説など書きやがって」とし、また「御足様の吉原の悪口を書きやがって」などと誹謗中傷したという、眼前の一葉への嘗ての町衆の反発に、彼女がめげなかったのとまったく同じことである。

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