第39話 【着火】マンは別れの挨拶を交わす

 一流ホテルのレストランで、父と一緒に朝食を取る。

 とりあえず、一度デズモンド領に戻って、事態を収拾する事になった。


 しばらく迷宮都市ともお別れか、感慨深いものがあるね。

 短い間だったけど、色々な事があったなあ。


 父さんとステイシーを連れてギルドに戻る。

 部屋の荷物を鞄に入れて階下にいくと、酒場で皆が待ち構えていた。


「ハカセ、いや、御領主様って呼ばないといけないか……」

「ハカセでいいよ、フロル」

「うん、ハカセ、もう、いっちゃうのか?」

「うん、デズモンド領がのっぴきならない状態みたいだからね」

「そうか……、じゃあ、行ってこいハカセ、で、なるべく早く帰って来いっ。俺たちは早く中層に行けるように頑張るからっ、だから……、早く帰ってこいよ……」


 フロルはそう言いながらポロポロと涙をこぼした。

 私はしゃがんでフロルをぎゅっと抱きしめた。


「解った、早めに領をなんとかして帰って来る。待っててくれ」

「うん、うんっ」

「ハカセ、ありがとーっ」

「早く帰って来てねっ」

「俺らもがんばるからっ」


 銀のグリフォン団のメンバーが私に抱きついてきた。

 ああ、なんだかかけがえのない絆を得た気がした。

 ずっと迷宮都市でこの子達が大きくなる所を見ていたいなあ、とそう思った。


「おう、マレンツ、早く帰れよな」


 ペネロペがパンをかじりながら声をかけてきた。


「ペネロペ、君はずっと街にいるのか?」

「ああ、迷宮が思いの他面白いからな、先に鍛えて待っていてやるよ」

「ありがたい」


 ペネロペは令嬢らしくはないが、気っ風が良くて頼りになるからな。

 戦闘狂な所はあるけど。


 ウジェニーさんがふらふらとこちらに近寄って来て、銀のグリフォン団のメンバーごしに私を抱きしめた。


「マレンツ博士~~、いっちゃ嫌です~~、せめて私と結婚を~~」

「ウジェニーさん……、いろいろとお世話になりました」

「ウジェ姉! 重いっ!」


 挟まれたフロルが毒づいた。

 他の子達も、うぞうぞうごめいている。


「うわあーん、また振られた~~」


 いや、振ってませんけどね。

 私も良い歳なんだけど、まだまだ結婚とかは考えていないので。


「またこの街に戻ってきますから」

「待ってます、待ってますから、うわあああん」


 リネット王女とパリス王子が寄ってきた。


「君らはどうするんだい?」

「僕はちょっと迷宮都市観光をして王都に戻るよ」

「私が観光の案内をしてあげますわ。マレンツ先生、来月には王都で迷宮伯の叙任式をやりますので、スケジュールを空けておいてくださいね」

「はい……」

「マレンツの友達の子供達も来るかい?」

「えっ、いいの、王子様っ!!」

「王都、王都!」

「わたし王都行ったことないっ」

「王都行きたい、お買い物したいっ」

「いいとも、マレンツのお友達だ、王府を上げて歓迎するよ」


 まったく、パリスとの付き合いも長いから、私が弱い所をよく知っているな。


「「「「わーいわーいっ!!」」」」

「わ、わたしもわたしもっ」

「みんなでいこうぜ」


 みんなとは叙任式で会えそうだな。

 私は冒険者ギルドのカウンターへと移動した。


「それでは、デズモンド領に行ってきます」

「はい、お早いお帰りを願っております、御領主さま」

「留守をおねがいします、レイラさん」


 微笑みを浮かべてレイラさんはうなずいた。


「おう、御領主さん、早く帰れよっ」

「俺は最初からあんたはただ者じゃあないとおもっていたぜ、また会おう」

「はい、ありがとうございます」


 私は、ハゲデブの人と髭もじゃのベテラン冒険者さんたちと挨拶をした。

 彼らにも世話になったな。


「さあ、行こうか、父さん、ステイシー」

「ずいぶん冒険者や子供に慕われているのだな」

「マレンツさまは素晴らしいお方ですから」

「そうか、そうだな」


 父さんは寂しそうにうなずいた。

 ありがとう、父さん。


 街を歩く。

 父さんは街を見る余裕がでたのか、目を細めてあたりを見回していた。


「活気のある街だな、これがお前の領地が、すばらしいな」

「代官代わりだよ、父さん、僕の領地ってわけでも無いよ」

「すばらしいです、マレンツさまっ」

「そ、その格好もとても格好が良いな、どこで仕立てたのだ」

「ああ、これ? この街の仕立屋さんだよ。派手じゃ無いかな」

「よくお似合いですよ、マレンツさま」


 まったく、ステイシーはいつも全肯定してくれて嬉しいね。


「お、流星、がんばってるね」


 流星がドブ掃除をしていた。


「おお、ハカセ……、いや、御領主さま、今日はお日柄もよく……」

「いいよハカセで」

「そうか、ハカセ。早く帰ってこいよ、その頃には俺は絶対D級になってるからよ」

「がんばれよ、流星」

「おう、まかせとけっ」


 流星は作業に戻った。


 広場の馬車溜まりに駐めてあったデズモンド家の馬車に乗る。

 この馬車に乗るのも久しぶりだな。


 馬車はゆっくりと走り出し、街のゲートを抜けた。


「あ、ちょっと駐めて。おーい、ガルフ」


 脇街に向かうガルフが居たので呼び止めた。


「お、マレンツ、おっと、フォースのオヤジさんも、仲直りかい?」

「ああ、そうだ」

「ガルフ、私はデズモンド領でビオランテの後始末をしに行くんだ、ドワーフたちはどうする?」

「そりゃおめえ、おまえさんの居る所が俺の居る所だからな、領都の鍛冶街も立て直してやんよ、だが、ここもおまえさんの領地になったんだろ、半分のドワーフはこっちに置いとくさあ」

「そうしてくれるか、悪いね」

「なに、迷宮都市は武器の大商いがあるからな、畳んじまうのはもったいねえしよ」


 ガルフはニッカリと笑った。


「そいじゃ、早く帰って、デズモンドの領民を安心させてやれ」

「ああ、そうするよ」


 馬車は走り出す。

 ガルフは満面の笑みでいつまでも手を振ってくれていた。


 迷宮都市の姿が窓の外でだんだんと小さくなっていく。

 ああ、早くデズモンド領を立て直して、また迷宮で冒険をしたいな。

 あのほの暗い迷宮には何か人の心を引きつけてやまない魅力がある。

 美しい魔王さんもいるしね。


 なるべく早く迷宮都市に戻ろう。

 私はそう心に誓った。

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