第38話 【着火】マンは父親と話し合う

 ギルドの酒場はシンと静かになってしまった。

 思い沈黙の中、よろよろと父さんが歩いて来た。


「マレンツ、ワシが悪かった、帰って来ておくれ」

「どうしたんだい、父さん」

「ビオランテが家宝を盗み出して逃げおった。このままではデズモンド領は破産してしまう。こんな事を言えた義理では無いのは解っている、だが、頼む、お前しか頼る者が居ないのだ」


 そう言って父さんは涙を流した。


 記憶の中の父はいつも怒っていた。

 勉強が好きで運動が嫌いな私をガミガミと怒鳴りつけていた。

 軍人で、短気で、元気いっぱいなのが父だった。

 かっこ良くて強い父の事を、私は嫌いでは無かった。


 父さんも、歳を取ったんだな。

 そう、思った。


「とりあえず、こっちで詳しい話を聞かせて、オヤジさん、お茶を下さい」

「わ、わかった」


 私は空いてるテーブルに、父さんとステイシーを座らせた。


「ビオランテが家宝を盗んで逃げたの? 何年かすれば自分の物になったのに」

「奴がイカサマ師だった。大言壮語たいげんそうごを重ねて景気の良い事を言っていたが、女癖が悪く、浪費癖があってあちこちに借金があったらしい」


 あのビオランテがねえ。

 ぱっと見、立派な貴公子に見えたけどな。

 少々、知性が足りないようだったけど。


 ちょっと元のテーブルの方を見たら、みんな興味津々で聞き耳を立てているみたいだった。


「ま、魔術の才能も偽物だった……、ワシはあいつの二階層までしか見ておらん。四階層は大法螺であったようだ」


 まあ、アセット魔法の階層がどんなに高くても、魔力的に一発しか撃てないなら運用は難しいしね。

 だいたい、私は零階層のアセット魔法しか使えないし。


「このままではデズモンド領が傾く、マレンツ、どうか帰って来てくれ、もう一度跡継ぎとして登録し直すから」

「私は役に立たないのでは無かったのですか?」


 父さんは震える手でお茶のカップを掴んで一口飲んだ。


「タバサとお前が……、領を支えていた事をセバスチャンに言われて、ワシは初めて知った。タバサにも悪い事をしたと思う……」


 そう言って父さんは涙を流した。


「母さんは父さんの事、解っていたから怒らないと思うよ。ずっとね、あの人は軍事教練をしていればご機嫌なのだから、私たちが裏方でそれ以外の事を考えなくて良いようにするんですよ。と良く言ってたよ」

「おお……、タバサ、ワシは、ワシは……」


 母さんもちゃんと言わないのが良く無かったんだな。

 私ももっと父さんに解ってもらうように話すべきだったんだ。

 だからビオランテなんかにつけ込まれたんだな。


「解った、父さん、私はデズモンド領に戻るよ」

「「「「「ええ~っ!!」」」」」


 後ろの席全員が立ち上がって叫んだ。

 盗み聞きしてたんだね。


「そんなマレンツ博士、酷いっ!! 一緒に迷宮探索しましょうようっ!!」

「デズモンド領なんかほっとけ、オヤジに言って併合してもらおうぜっ」

「ハカセ、行っちゃうのかっ!!」

「行かないでハカセ!!」


 私は振り返った。


「ごめんみんな、だけど、領には民がいるし、傾いたらみんなが困るんだ」

「だだだ大ピンチっ」

「ドラゴンよりも、親族の不始末かあ、強敵だな」


 ギルドの引き戸が開いて、身なりの良い貴公子が共を連れて入ってきた。


「お兄さま!! 首尾はどうでしたかっ!」

「父上の了解は取った、進めてくれ」


 そう言うと貴公子は私に手をふった。


「マレ、久しぶり」

「パリス、どうしたんだい、こんな所に」

「ふふ、リネットにちょっと頼まれてね」


 リネット王女はパリス王子から何か巻物を受け取った。


「パ、パリス王子……」

「ひい、私初めて王子様を見ましたっ」

「わあ、本物だ、マレンツの奴、すげえなあ、王子と友達なのか」


 リネット王女が我々の前に出てきた。


「リ、リネット王女殿下! な、なぜこのような場所に?」

「王族は王国のどこでも好きな場所に行けますよデズモンド伯爵」

「ご尊顔を拝したてまつり……」

「ああ、良いです、挨拶は。マレンツ先生、国王陛下からあなたに、私、リネットを竜から守ったご褒美が出ました」

「は、早くないですか、竜にあったのは今日ですよ」

「あー、別の名目でご褒美をあげようと思ったけど、王女を竜から守った、という方が通りが良いから」

「は、はあ、なんでしょうか」


 えへん、とリネット王女は巻物を開いた。


「良き国民マレンツよ、そなたの素晴らしき才覚を埋もらせるのは国家の損失である。よって、ここに迷宮都市を領地として与え、迷宮伯家を新設する事をゆるす」

「うわ、王家が取り込みにきた」

「え、ハカセが迷宮都市の領主になるの?!」


 また王家は凄い策を出してきたな。


「デズモンド家も継ぐなら、二つの領地で、侯爵に上がれるかもね」

「パリス、私はこんな栄誉を受けるいわれは……」

「受けてください、マレンツ先生、迷宮伯になればダンジョンに潜りやすくなるし。デズモンド領のお金の問題も解決ですよ」


 たしかに、それはそうだが。

 私はレイラさんを見た。


「冒険者ギルドとしては、何かありませんか?」


 反対してくれー。

 二重伯爵になんかなったら忙しくて研究の暇が無くなるよ。


「冒険者ギルドとしては、歓迎いたします。ギルドが行政まで手を広げていたのは負担でしたし、アルモンド侯爵もデズモンド軍が付いたマレンツ様を侮りはしないでしょう」


 ぐぬぬ。


「諦めろ、マレ。君は迷宮伯とデズモンド伯を兼任して、将来侯爵へ出世して、それから僕の代の宰相になるんだからさ」

「勘弁してくれ、パリス、魔法の研究が出来なくなるよ」

「大丈夫、マレは優秀だから、何とかして時間を作る奴さ」


「ばんざい、ばんざい、マレンツ迷宮伯! ばんざーい!!」

「「「ばんざーい、ばんざーい」」」


 みんなが万歳で喜んでくれた。

 とほほ。


「まあ、良いじゃないですか、デズモンド領に帰っていたら、二、三年は戻ってこれない所でしたよ」


 レイラさんがワインを飲みながらそう言った。


「どっちにしろ、デズモンド領を立て直すのに一年ぐらいは掛かりますよ」

「とりあえず、季節に一度は、こちらにも顔を出してください。御領主さま」

「はあ、とりあえず、迷宮都市周辺の村で開墾でもしますかね、ここの食糧は高いので」

「ああ、よろしいですね、冒険者ギルドでは出来ない施策ですよ」


 デズモンド領の農村の次男三男を迷宮都市の近くの村へ入植させようか。

 この街の行政はよく回っているから、領主としては、それ以外の政策で街を発展させないとね。


 その夜はみんなに乾杯で沢山酒を飲まされてベロベロになった。

 どうしてこうなったかなあ。

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