幕間:ざまぁ④

「旦那さま、旦那様~~!!」


 デズモンド伯の執務室に家令のセバスチャンが駆け込んで来た。


「なんだ、うるさい、静かにしろ」

「たたた、大変でございます、我がデズモンド家宛てに王都から請求書が」

「この前のビオランテの武具であろう、払ってやれ」

「そうではありません、とんでもない金額でございます」

「ぬう、奴め、久々の王都で散財しおったか、いかほどだ?」

「デ、デズモンド領の年間利益分ほどでございますっ」

「は?」


 デズモンド伯は動きを止めた。

 領の年間利益といえば、数千万ロクスである。

 無駄遣いの水準では無い。


「馬鹿な、見せてみろ」

「は、宝石店が五軒、高級料亭からが三件、ドレスメイカーから二件、仕立屋から三件、武具防具店から五件、一流ホテルから一件でございます」


 請求書を見てデズモンド伯爵はしかめっ面をしました。


「ビオランテを呼べ」

「はい、ただいま」


 セバスチャンは急いで退出した。

 デズモンド伯爵は頭を振った。


「何をしているのだ、あいつは」


 しばらくしてセバスチャンが走り込んできた。


「旦那さま、大変でございます、ビオランテさまがおりませぬっ! 荷物もございませんっ!」


 そしてメイドのステイシーが走って来た。


「旦那さま、宝物庫の宝物が無くなっておりますっ」

「なんだと!!」


 デズモンド伯爵とセバスチャンは目を見あわせた。


「セ、セバスチャン、被害を調べろっ!」

「はっ、ただいま」


 デズモンド伯爵も立ち上がりセバスチャンと一緒に宝物庫に走った。

 ステイシーも後を追う。


 宝物庫をステイシーが鍵で開けると中身は空っぽであった。


「せ、先祖伝来の宝剣が、甲冑が、宝珠が、何も無い、だ、誰だ、誰がこんな事を……」

「ビ、ビオランテ様でしょうか」

「ば、馬鹿な、十年もすれば正式に奴の物になるというのに、何故そんな……」


 ステイシーが迷いながらも前に出た。


「あ、あの、分家筋のメイドから、その、ビオランテさまの悪評を、聞きまして」

「な、なんだ?」

「その、女癖が悪く、浪費癖があると、噂が……」

「な、なんだと!」

「地元やくざと繋がっていて、あちこちに借金があるとも、あと、魔法ですが、三属性四階層は無いとも……」

「なぜそれを早く報告しないっ!!」

「昨晩聞いたばかりでございまして……」


 デズモンド伯爵はがっくりと膝を付いた。


「ば、馬鹿な、そんな、詐欺師は奴の方だったのか……」

「旦那様、ビオランテめがマレンツ坊ちゃまの悪い噂を流していたらしいのです」

「ば、馬鹿な、あの役立たずが、そんなっ」

「旦那様、マレンツ坊ちゃまは素晴らしい方ですぞ、デズモンド領を立て直したのはタバサ様とマレンツ様ですぞ」

「そ、そんな馬鹿な、そんな……」


 セバスチャンは胸を張った。


「旦那さま、先代様のデズモンド領を思いだしてくださいませ。食うや食わずの貧乏領だったではありませんか」

「あ、ああ」

「それを立て直したのがタバサ様です」

「りょ、領に豊作が続いたからでは、無いのか……」

「馬鹿な、何十年も続く豊作がございますか、タバサ様がずっと内政を見ていらっしゃったから、嵐の年も、大雪の年もやり過ごしていたのでございますぞ」

「な、なぜそんな、タバサは何も言っておらんぞ、誇る事も、自慢する事もなく、ただただワシのやりたい事を禁止するばかりで……」

「あのお方は奥ゆかしい方でございましたから。旦那さまが萎縮してはいけないから教えないでねと頼まれておりました。旦那様が気持ちよく軍事の仕事が出来るように家の中の事は知らせないのですよと、笑っておっしゃっていました。マレンツ様も、そのお気持ちを解っていらっしゃったからこそ、あのような大成果を誇る事も無く、自慢する事も無く、民と一緒に働いていたのでございます」

「馬鹿な、そんな馬鹿な……」


 デズモンド伯爵は打ちひしがれて宝物庫の床に膝を付いた。

 自分が何も見えていなかった事、亡き妻に愛され保護されていた事などを思い知らされ、自分が恥ずかしくなった。


「軍に伝えよ、ビオランテを捕縛せよと、家宝を取り返さなければならない、デズモンド家の名誉を回復するのだ」


 その言葉にセバスチャンもステイシーも動かない。


「デズモンド家の名誉を守りたいならば、マレンツ坊ちゃまをお呼び戻しください」

「伯爵閣下、この領の窮状を訴えれば、必ずマレンツさまは帰って来てくれます。どうか、ご自身で、迷宮都市にお迎えに行ってください」


 デズモンド伯爵は歯をかみしめた。

 役立たずに頭を下げろと言うのか、どうしてあんな奴に謝罪して戻ってくるように言わなければならないのか。

 どうしてと自問自答したが、答えはわかっていた、ビオランテが詐欺師ならば、マレンツの評判の方は正しかったのだ。

 王女も、王子も、領民も、領城の使用人も、全ての人間がマレンツの価値を解っていたというのに、実の親である自分だけが、攻撃魔法が得意で無いだけでマレンツを遠ざけ、価値が無いと思い込もうとしていたのだと、理解できた。


 デズモンド伯爵は自分が情けなくて涙を流した。

 自分を軽んじていたと思っていた亡き妻が、自分を愛してくれて、自分を支えてくれていたこと、それに気が付かず、ただただ軍用魔法の訓練だけをして立派な人間だと思い込んでいた自分が恥ずかしかった。

 マレンツが素晴らしい業績を残したというのに、一度も褒めてやらなかった事が悲しく、切なかった。


 ああ、あいつはそんな扱いをされていたのに、領民のため、私のためにずっと頑張っていたのか、辛かっただろうなあ。


 すまなかった。


 心から、そう思って、デズモンド伯爵はからっぽになった宝物庫の中で泣いた。

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