第五話 着火マンは実証実験をする

 レイラさんが案内してくれたのは、冒険者の戦闘訓練などをする場所だった。


「ここでなら八階層の魔法でも耐える障壁がありますので、心置きなく実験してください」

「ありがとうございます」


 というか八階層を使える魔術師がこの街にいるのか。

 相当な魔力量が無いと発動しない階層だぞ。


 ドアを開けて目の下にクマを作った妙齢の女性が入って来た。

 黒い三角帽子、大きな杖、絵に描いたような魔法使いだな。


「こここ、こんちは、ウジェニー、えええSクラス冒険者」

「ウジェニーさん悪いわね、呼びつけてしまって」

「ききき、気にしないでギルドマスター、マ、マレンツ博士の論文は全部読んでいるし、デズモンド領にも足を運んで農地の検証とか反射炉の解析とかをしていました、私はマレンツ博士の大ファンです。お目に掛かれて光栄なのです。あなたの小さい魔法を思いついたという誤動作アセット魔法が見れるのならばこの身の光栄という他はありませんっ」


 わ、会話に熱が入ると早口になる人だ。

 研究室にも沢山いたよ。


「よろしくお願いいたしますウジェニーさん」


 私が手を差し出すと、ウジェニーさんはうへへと嗤って手を取り勢い良く振った。


「うお、なんか気持ちわりー、こんなのがSクラスなのかよっ」

「フロル失礼だよ~、二属性七階層魔法使いの人だよ~」

「ウジェニーさんはいつもギルドでは眠そうにしているよ」

「いつもSランクパーティの『黄金の禿鷹』の仲間におぶわれて街で動いているよな」

「じ、地元っ子の噂、き、きつい……」


 ギルドの練習場には『銀のグリフォン』団のちびっ子たちもいてウジェニーさんと並んで客席で見ていた。

 私とレイナさんは練習場のリングのような石作りの台の上にいる。

 王都の武闘試合場を模しているようだ。


「というか、レイナさんギルドマスターだったんですか、お若いのに」

「ええ、まあ、成り行きでして」

「レ、レイナは、信じられないぐらい、ゆ、優秀」

「もー、褒めても何にも出ませんよウジェニーさん」


 レイナさんは苦笑して言った。

 さすがにSランクパーティメンバーともなるとギルドマスターと気安いようだね。


「それでは実証実験を始めます。皆様、ご存じの通りアセット魔法とは……」

「俺はあまりごぞんじじゃない」

「わかるようにやってください~」

「おっとそうだね、では子供にも解るようにアセット魔法とは何かから始めましょうか」

「マ、マレンツ博士の、な、生講演。す、すてき」


 ウジェニーさんは目をキラキラさせて頬を赤らめて私を見ている。

 Sクラス冒険者にこんなに好いて貰えるとは思わなかったな。

 学問とは偉いものだ。


「アセット魔法とは複数の魔術命令をセットにして著述し亜空間に貯蔵しておいて起動の時にそれを参照し発動する体系の魔法の事です」

「うむむ、どっかに書いて置いてあるってこと?」

「そうそう、たとえばファイヤーボールの場合を例に取ろうか、この炎一階層のアセット魔法では、『炎の弾を発生させる』『目標を狙う』『目標まで炎の弾を動かす』の三単位でできているわけさ。もちろん炎の発生、弾への変換、火炎の保持と、『炎の弾を発生させる』単位の中でも複数の魔法が動いている。ここまでは良いかね?」

「あ、うん、剣で言うと、剣を抜く、構える、狙って振るみたいな段階があるってわけか」

「そうそう、良いとらえ方だよフロル。魔法とは何かするたびに魔力に命令をしなくてはいけないんだ。ファイヤーボールが初歩魔法と言われているけど、その命令セットは推定三千行と言われている。これらの命令を暗記して一文字違わず詠唱する、などという事はあまりにも煩雑で人間にはできない、だから命令式を先に著述して亜空間に保持するという魔法体系が生まれた、と言われているんだ」


 ウジェニーさんとレイラさんはうなずいているが、ちびっ子四人は難しい顔だ。

 エリシアがちょっと解ってる感じかな。


「とりあえず、魔法の空間に魔法の元をぎゅっと押し込んで、必要な時に魔力をいれると魔法が出てくる、みたいな感じかな」

「「「おーおー」」」


 子供達はうなずいた。


「アセット魔法の利点は三つ、魔法が覚えやすい事、色々な人が出す魔法が定格……、同じ威力で同じ速度で使える事、発動が早い事の三点だね」

「あー、確かに【着火】なんて俺でも使えるしなあ」

「【水出】も無いと困るわね、お風呂とか大変になっちゃうし」

「えー、俺風呂に魔法で水入れるの大変だから嫌いだ~」

「何言ってるの【水出】が無かったら小川から毎日水を汲んで来ないといけないのよっ」

「うう、それも嫌だなあ」


 生活魔法は世間で便利に使われているみたいだな。

 零階層は魔力消費量も少ないし、便利だから良いね。


「って、事はだ、つまりー、えーと、アセット魔法ってのは、わざと出力を絞ってあるのかな?」

「そう、チョリソーの言うとおりだ。アセット魔法は魔力の投入量に比べて、作用の方が遙かに小さいんだ」

「でも、それは、魔法にアクセスする為とか、定格にするためのロスじゃないの?」

「魔法を定格として使う為に絞ってあるとしては威力の減衰が大きすぎると思うんだ、同じ魔力で小さい魔法なら、もっともっと威力が出せるんだね」

「ど、どれくらい違うと思われますか?」

「推定ですが、十分の一程度に威力が絞られていると思われます」

「つつつ、つまり、本来のファイヤーボールは、じゅじゅ十倍の威力が出せるはずだと?」

「その通りですね」


 もっともこれは理論値なので、どの魔法も十倍の威力になる、とは限らないだろうが、効率よくチューニングすれば、相当に威力は上がるはずだ。

 これが、最近の魔法学者がアセット魔法を覚えたがらない理由でもある。

 膨大な魔力持ち以外はアセット魔法はとても非効率なんだね。


 みな腕を組んで考え込んでしまった。


「どうして博士は最初に【着火】の魔法を間違えたの?」

「子供の頃にね、乳母に【着火】の魔法を教わったんだ、なんだかとてもワクワクして裏山で【着火】して遊んでいたんだよ」

「お前、ハカセ、それ危ないやつ」

「山火事になるから駄目だよう」

「まあ、子供の頃はやんちゃだったからね。それで一度、言い間違いをしたら、もの凄い炎の柱が上がって、僕はびっくりしたんだ」

「子供の頃のマレンツ博士、素敵……」

「ウジェニーはキモイ」

「うう、子供が虐めるぅ」


 何と言うか、フロルはS級冒険者相手に遠慮と言う物が無いな。


「その日から何度も何度も検証して、なんとかたまに発動する事が出来て、今では自由自在に異常な威力の【着火】が出来るようになったんだ」

【着火】ティソダー

【着火】ティソダー

【着火】ティソダー

【着火】ティソダー


 子供達とウジェニーさんが私の真似をしたが、当然魔法は発動しなかった。


「なんでー?」

「大学でも再現実験したんだけど、どうも魔力の波長と声の質の関係なのか、誰も僕のような【着火】はできなかったんだよ」


 レイラさんが額に手を当てて困っていた。


「それで、マレンツ博士、このゼラビス大迷宮にいらっしゃった目的はなんなんですか?」

「古文書に ”ゼラビスの奥底に魔法のタブレットあり、これを使えば魔法の根源を書き換える事がかなうであろう” とありまして、これを手に入れるためにダンジョンアタックをしようかなと思うのです」

「そ、そそそそ、そんな物があったら、か、書き換えられますか、ファイヤーボールをバグ威力とかに?」

「ええ、可能だと思います。今現在、アセット魔法の原典が納められた亜空間にアクセスする方法が無いんです。そのタブレットの噂だけが唯一の手がかりなんですね」

「夢が広がります~~、是非ともSランクパーティの『黄金の禿鷹』もお手伝いさせてください~~」

「こちらの方こそよろしくお願いします」


 私はウジェニーさんと手を握った。

 Sランクパーティの人と繋がりが出来たのは大きいね。

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