第四話 着火マンは【着火】する

 子供たちは全力で街に向かって逃げ出した。

 私も逃げようと思ったが、フロルが居ない。

 振り返ると彼は短剣を抜いていた。


「フロル、逃げるんだ」

「だ、だめだ、俺は団長だから、あいつらを逃がす時間を稼ぐんだっ!! ハカセこそ逃げろっ!!」


 私はフロルの言葉に胸が熱くなった。


 なんというか。

 うん、なんというか、漢だなあ。

 冒険者だなあ。

 子供の頃からリーダー的な人間はリーダーなんだろうな。


「わかった、あの熊は私が倒す」

「何を言ってんだっ!! 【着火】ティンダーで倒せる相手じゃないぞっ!! 早く逃げろよっ!!」


 フロルが私に向かって怒鳴る。

 私は安心しろと笑顔を向ける。


 熊はこちらに向けて全力で近寄って来ている。

 ものすごい大きさの熊だ。

 うわ、胸がドキドキする。

 仕留めきれなかったらフロルと共に熊の昼食になってしまうな。


 私はタイミングを計る。

 巨大な熊だ、大きさは成人男性の二倍ぐらいはあるだろう。

 体重も牛の二倍ぐらいか。

 このサイズのハンターベアだと、ファイヤーボールを当てても魔力でレジストされ、分厚い毛皮に阻まれてほとんど効果が無いだろう。


「ハカセッ!! フロルッ!! にげてーっ!!」


 エリシアの悲鳴が聞こえた。


 熊が目の前に来た。

 立ち上がり吠え声を上げて腕を振りかざす。


「おおおおおおっ!!」


 フロルが気合いを入れて短剣を両手で構えた。



【着火】ティソダー


 ズガアアアアン!!!


 爆音と共に真っ青な炎の柱が地面から突き上がった。

 炎の柱は突き出したハンターベアの頭部に当たって、青空に向けて吹き飛ばした。

 しばらくするとバラバラバラと熊の頭部だった灰が空から落ちてきた。


「あっ、あっ、あっ、あっ」


 フロルの肩がガクガクと震えていた。

 ぐらりと頭を失ったハンターベアの巨体がゆっくりと倒れた。

 ずずんという音と共に振動が足に伝わった。

 焼け焦げた首の付け根から煙が立ち上っている。


「なんだよ」

「ん、何が?」

「なんだよなんだよなんだよっ!! 何だよっ! 今の魔法はっ!!」

【着火】ティンダー

「嘘だっ!! こんな威力の【着火】ティンダーなんか聞いた事ねえよっ!!」


 私はフロルの肩に手を置いた。


「アセット魔法には秘密があるんだ。私はそれを解き明かしたい」

「そ、それで、それでハカセは迷宮都市に来たのかっ!! 魔法の秘密を研究するためにかっ!!」

「そうだよ」


 ぎゃー、フロルー! ハカセー! と絶叫しながら子供達が駆けよって来た。


 フロルは顔をくしゃくしゃにして涙を流しながら笑っていた。


「かっけー、かっけーよ、ハカセっ!! よし、俺がハカセに格好いい二つ名を与えてやるっ!! 今日からハカセの二つ名は、【着火マン】だっ!!」

「え、え、ちょっとダサくない?」

「ダサくないっ!! 格好いい!! 着火マンのハカセだっ!!」

「着火マン!! 着火マン!!」

「ハカセ~、ありがと~、フロルを助けてくれて~」

「着火マン万歳っ!!」

「「「着火マンばんざ~いっ!!」」」


 い、いや、その二つ名、とても微妙なんですけれども……。



 首無しのハンターベアの死骸をみんなで街まで引いていく事にした。

 フロルの持っていたロープで死骸をがんじがらめにして引く。


 ちびっ子四人と非力インテリの力を合わせて引く。

 すんごい重い。


「うおーん、重いねえ」

「でも、これギルドに売ったら凄いよ」

「ハカセが倒したから、ハカセが全部取るべきだよな」

「ええ~、ちょっとは下さいよう」

「だまれ、チョリソ、それでは筋が通らねえ」

「あはは、いいよいいよ、みんなで分けよう」

「「「「いいのっ!」」」」

「銀のグリフォン団で倒したんだから、みんなの手柄だよ」

「うぉーんっ、ハカセ、お前良い奴だなあ~」

「着火マンは筋を通す漢だぜっ」


 と、楽しくワイワイと引っ張るが、なかなか門までも着かない。

 牛二頭分ぐらいの重さは凄いなあ。


 必死になって熊を引っ張っていると門番さんたちが見かねて手伝ってくれた。

 大人三人で引っ張ればなんとかっ。


 街の外の屋台のおばちゃんが引き車を持って来てくれて、熊をそこに載せ替えて、やっと普通に運べるようになった。


「しかし、でかい熊だなあ、おまえらが倒したのか」

「そう、俺たちの仲間、着火マンが魔法で倒したんだっ」

「すげえんだ、青い【炎柱】ファイヤーピラーの魔法だった」

「へえ、この人がねえ」


 門番さんがいぶかしげな目でこちらを見てきたので、愛想笑いとかをしてみました。


「というか、ぽかぽか草原にハンターベアが出たのか、子供が薬草摘みに行く所なのに物騒だな」

「いつもはスライムしか出ないし、出ても狼ぐらいなのに、なんでこんな凄い魔物が?」

「あ、隷属の首輪が……、テイマーの仕業か……、ああアルモンド侯爵の……」

「ちっ、子供たちを狙うとは、せこいまねするな……」


 なにか迷宮都市とトラブルのある貴族がいるようだな。

 そんな事より、あそこはぽかぽか草原というのか、とてもらしい地名だと思う。


 そんなこんなで引き車をみんなでごろごろ引いて、やってきました冒険者ギルド。


「またきたぜー、レイナねえちゃん、熊買って~」


 フロルがなんだか雑な挨拶をしてギルドに入っていった。

 大丈夫なのかその挨拶で。


 レイラさんは受付から立ち上がり、こちらに来た。


「こ、これは……?」

「ポカポカ草原で出た、ハンターベア。死ぬかと思ったけど、着火マンの魔法で倒せたんだ」

「着火マン……、とは?」

「ハカセのことさ~」

「マレンツさんの事ですか……、攻撃魔法使えたんですね。魔法深度八階層の【地獄炎】インフェルノですか?」

「零階層の【着火】ティンダーだってさ」

「ありえません」


 私はレイラさんに事の顛末を話した。


「イレギュラーな【着火】ティンダーを使える、という訳ですか」

「そうですね」

「……、よろしければ魔術の専門家と一緒に再現実験をさせて頂いてもよろしいでしょうか」

「ええ、かまいませんよ」

「早速手配します」


 というか、レイラさんは普通の受付嬢じゃないみたいだな。

 受付主任なのかな。


「レイラねえちゃん、先に熊を買い取ってよっ」

「そうだそうだー」

「あ、ごめんね、査定をするわね。頭部が無いから少々値段が落ちるけど、魔石と毛皮で八十万ロクスぐらいにはなりそうよ」

「うぉーうぉー、一人頭、ええとええと」

「一人十六万ロクスね」

「すっげえすっげえっ!」

「薬草も採ってきたよ~」

「はいはい」


 私も薬草をカウンターに出した。


「綺麗に採れてますね、錬金経験者ですか?」

「大学の実習でやりましたよ」

「マレンツさんはポーション作成も可能でしょうか」

「ええ、錬金釜があればできますよ」

「それは助かります。今、錬金術師の人手が足りませんので」


 レイラさんは、いったい何者なのだろうか。

 うむむ。

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