もう、すぐそこに

もう、すぐそこに

「お腹空いた……」

　昼休み。朝寝坊をしたせいで何も食べられなかった私のお腹は、いつもより少し早めのタイミングで既に限界を迎えていた。デスクの引き出しの中に“非常食”という名目のお菓子を仕込んでいるからそれを食べて凌いでいたけれど、結局その場凌ぎの方法でしかない。時計とずっとにらめっこして、ようやくお昼休憩の時間になったので、財布とスマホだけを手に持ち、コートを羽織って早々に会社の外へと抜けだした。

　最近この時間の外出には、そこまで防寒具の必要性を感じなくなった。現に今も会社にマフラーと手袋はおきっぱで、だけど風の強い中歩いていようとも寒いとは思わない。北風の厳しい冷たさは無くなって、だんだんと暖かい風になってきているのだと感じる。……まぁ同時に、風の強さは厄介に感じているんだけど。

「今日は何食べようかなー」

　少し前までは寒い日が続いていたせいで、身体がひたすらに温かい物を求めていた。だけど今日はなんだか久しぶりに違うものが食べたい、なんて考えが浮かぶ。ふと通りかかったお店のメニュー表、本日のおすすめ！を背負っているパスタが目に入った。

「お。パスタ、久しぶりかも」

　独り言を呟きながら、今日はここにしようと思い扉を開ける。こじんまりとしたお店の中は既に賑わっていて、だけど運良くカウンター席は空いていた。『空いてる席、お好きにどうぞー』と言われて、カウンターの端の方へと腰掛ける。そうしてメニューを手に取って少し眺めて、“やっぱり外で見たあれにしよう”と思って、注文をした。

「はい、お待たせしました」

　少し待った後に出てきたのは、先ほど注文した本日のおすすめ！を背負っているメニュー“菜の花のパスタ”。

「いただきます」

　そう言ってパスタをクルクル巻いて一口。塩味ベースのそのパスタは、菜の花が良い感じに食感にアクセントを加えていて、ほろ苦い風味に春を感じる。カリカリのベーコンとの相性も申し分なかった。美味しいそのパスタで満たされて、幸せな気持ちを抱えてお店から出る。

　戻り途中、午後のエネルギー補給、と言い訳をしながらコンビニに寄る。紙パックなどが陳列されているドリンクコーナーを眺めながら、『カフェオレでも買おうかなー』なんて考えているとピンク色に染まったパッケージが目に入る。“期間限定・さくら風味”。……おぉ、もうそんな時期か。

　さくらの風味や味の物が好きで、だから毎年それを謳っている商品を見るとついつい買ってしまうのだけど、今回も例に漏れずやっぱり手に取ってしまう。コンビニから出て会社への戻り、道中の名前の知らない木には、既に薄ピンク色の花が咲き誇っていたりして。

　――……あぁ、そうか

　もう、すぐそこに春がやってきているのだ。