第2話 再配達

 妻は早速ネットで検索して緘黙に関する書籍類を探し、取り寄せる。

 幸之介が緘黙だと決まったわけではないが、もしそうなら、早めに普通の子とは違った対応をする必要があるからだ。

 幸之介は幼児期は元気で天真爛漫な子だった。小学校へ入った頃から回りの子供達の動いたり喋ったりするペースが幸之介にとっては速く感じられたようで、ついて行けなくなっているようなところがあった。

 気持ちに余裕がなくなってくると同時に、徐々に言葉も出なくなってきたように思う。

 幸之介は部屋にいる。

「今日、学校どうだった?」と聞いてみる。「うん、まあ…楽しかった」とうつむき加減に言葉を濁す。

 最近、親から聞かれることに対して歯切れが悪くなった。親の聞き方に圧迫感を感じているのだろうか。

 自分の子供の頃を思い出して、その場を立ち去る。

 小学校五年生の頃だったと思うが、家庭訪問の後、担任の先生を次の子の家まで送って行った時、

「大平は消極的で元気がないから、もっと積極的に友達と遊べよ」

と言われて、思わず黙ってしまった記憶がある。

 そんなことを言われて、すぐその通りにできれば、苦労はない。


 毎日配達をしていると、日に日に季節が春から初夏へ変わって行くのが分かる。

 やがて空気中の湿気が少しずつ増え、梅雨へと移って行くことが肌で感じられる。

 同じ地域、同じ家を配達していても、毎日微妙に少しずつ、取り巻く空気が変化している。

 ゴールデンウィーク明けのこの時期は、連休中に留守で不在者通知票を入れた家々への再配達が続くが、荷物の内容で多いのはネット通販で注文した物で、特に感染症流行を経たここ数年で全荷物に占める割合がぐんぐん増えている。

 不在だった場合に時間指定で届けて欲しいとの希望も多い。

 さっきの奥様宅の荷物も、通販で注文した化粧水だった。次の配達先の荷物は充電用アダプター、これもある時はありがたみを感じないが、ないと切実に困る物だ。午前中指定の再配達だ。

 チャイムの音に出て来た男性は到着を待ちわびていたようで、玄関から門扉まで駆け出して来て、真剣そのものの表情でアダプターの入った小ぶりな箱を凝視している。

 配達人である僕の存在は忘れられたようになっていたが、次の瞬間、

「どうもありがとうございます。何回も来てもらって」

と丁重に感謝の言葉を述べられる。

 それほど感謝されるまでに切実に必要な物を届けることは僕にとっても身の引き締まる思いで、荷物を待つ人達の役に立っているのかな、と思える瞬間でもある。

 同時に、再配達のうち何軒かが終わった、と内心ほっとしている。

 頭の片隅で気になっているのは連休中に届けようと訪ねた中で再配達の連絡が来ない人達で、この近辺にもいる。

 連絡が入っていなくても再度訪ねてみるが、その場合の不在、または出て来ない確率は高いので、気持ち的に二の足を踏む。連絡して来ない人達にとってはどうでも良い荷物なのだろうか、と思う。


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