20

 阿須賀神社は、田圃の海に浮かぶ孤島だった。

 駅前で借りたレンタカーを走らせると、田園風景の中にこんもりとした森が現れる。水入れを待つ黒土の田の中から、突然深緑の島が出現したようで驚く。

 まるで奥の麻生山から朝比町を守るかのような位置、偶然であろうがどうも勘ぐってしまう。

 到着したのは十四時過ぎだった。春の神祭は午後一に終わるので、この時間で問題ないはずだ。狭い畦道沿いに駐車して、日置と共に鬱蒼と茂る森の中に入っていく。

 昼の眩しい日差しが和らぎ、清らかな木の香りに包まれた。

 玉砂利が敷かれた参道はまっすぐと奥へ伸びている。

 外が煩い訳ではなかったが、この神域はしんと静まり返っていた。

 少し歩くと、向こうから何人かの中年男性達が談笑しながらやってくるのが見える。皆しっかりとスーツを着込んでおり、高価そうな時計が木漏れ日で一瞬きらりと光る。

 その中に見知った大柄なシルエットを見つけた。

「田牧町長、どうもお世話になります」

「あっ、谷原さん。こちらこそ先週はお世話になりました。奥さんの妹さんでしたっけ? どうも田牧と申します」

 日置が慌てて頭を下げるのを横目に、お礼を言う。

「今日は神主さんに繋いでいただきありがとうございます」

「いえいえ、神社にご興味があると知っていれば先週ご案内したんですが。宮司には伝えてあるのでこのまま社務所へどうぞ。私はこれから氏子連中と飲みに行くので、失礼します」

 我々に礼儀正しく一礼して、田牧はスーツ姿の氏子達と並んで境内から出ていった。

 後ろ姿を見送ると、日置が呟く。

「私は奥さんの妹なんですね」

「実の兄妹だと顔が似てないからね」

「……確かに。あちらの連れは皆、朝比町の有力者でした。田牧町長の横にいたのは町会議長のご子息です。田牧家の分家の当主の顔も見えました」

「えっ、何で知ってるの?」

「この一週間で調べました。阿須賀神社の氏子達は名家ばかりです。以前お話したこと覚えていますか? この村に亡者が降ってくるということは生贄を捧げている可能性があるのです。言うなれば全員容疑者なんです」

「容疑者……、警察が言うと迫力ある言葉だね」

「そして最も怪しい人物はこの奥にいます」

「えっ、神主?」

「鈴木雅也、六十歳。今年で定年ですが高校の社会教師をしていました。休みの日は少年野球のコーチもやりながら、阿須賀神社の宮司を務めていたようです」

「ずいぶん精力的な」

「朝比町の神事に一番詳しい人物です。更に言えば、宮司の職は鈴木家が代々世襲しています。何も知らないとは言わせません」

 日置の眉間がきゅっと引き締まり、顔が険しくなる。

 ここの神主は色々知っていると思っていたが、悪人の可能性は露ほども想像しなかった。だが確かに彼女の言う通りだ。もし生贄説が正しかったら、何かしら関わりがあるはずだ。

 参道の突き当りにある朱色の鳥居を潜ると、正面に賽銭箱と本殿、左手に社務所があった。足を左に向け、簡素な瓦屋根の建物のインターフォンを鳴らす。

 ピンポーン、と間抜けな音が微かに聞こえた。

「……はい」

「田牧町長にお願いした者です。色々お聞きしたいことがあって来ました」

「開いてるからそのまま入っていいぞ」

 機器越しでも分かる擦れた声に、日置と顔を見合わせる。

 桟の入った昔風の引き戸をガラリと開けると、内装は昔の民家といった風だった。カビと防虫剤の混じったような、つんとした匂いがする。

 肌色のざらざらとした砂壁に手を付き、三和土で靴を脱ぐ。

「ちょっと手が塞がってるから手伝ってくれ、すまんな」

 奥から現れた老神主は、白装束のままだった。

 六十にしては背筋がしゅっと伸びており、顔は黒く日焼けしていた。烏帽子は脱いでいたが、急須と湯呑の乗ったトレーで両手が塞がっている。

 そのアンバランスな光景に少し親近感が湧いた。

「田牧から話は聞いてる。神社のことが知りたいそうで」

「谷原と言います。お忙しいところありがとうございます」

「日置です」

「俺は鈴木だ。ここの宮司を務めている。ここじゃなんだから奥の部屋に」

 日置にトレーを渡すと、鈴木神主は黒く精悍な顔を縁側廊下の奥に向けた。

 深い彫りの下には狼のような鋭い目。

 社会の先生というよりは体育教師の風格がある。

 だが全体的な雰囲気は清廉でさっぱりとしており、意外と生徒に好かれるタイプかも知れない。そしてガラガラ声の原因は一発で分かった、酒焼けだ。玄関にぷんと日本酒の匂いが漂っている。

 鈴木の先導で、日当たりの良い縁側を進み突き当りの和室に入った。八畳ほどの畳敷きには床の間もあり、何やら親戚の家へ遊びに来た気持ちとなる。

 一枚板の立派なテーブルの上には、封を切られた一升瓶と空いたグラスが転がっており、酒の匂いがむわっと襲い掛かってきた。

「さっきまで氏子達に飲まされていて。毎年神祭終わりはこうなんだ」

「田牧さんとはさっきすれ違いました」

「あいつ人には飲ませるくせに自分は飲まないんだよ、ああ座って座って」

 擦れているが歯切れの良い声で着席を促すと、鈴木は皆に緑茶を注いで自分の分をずずっと啜った。生贄を捧げる悪神官というより、落語に出てくるしゃっきりとした町人のように見える。

 しばらく世間話でもした後に本題へ入ろうかと考えていると、ふと鈴木が真剣な顔でこちらを見ていることに気付いた。

「……谷原さん、あんたの方だな」

「えっ、何がですか?」

「その右耳の痣、齧られてる。『かのし』の仕業だ、知っててうちに来たんじゃないのか?」

「かのし」――あの老夫婦の会話に出てきた言葉。

 あれは亡者ではなく動物達のことだったのか。

 ちらりと日置を見ると、もっと聞くようにと目で促してくる。

「確かに先週ここに来てから、毎晩動物に食べられる夢を見ています。これがその『かのし』の仕業なんでしょうか?」

「知らないのか、てっきりお祓いしに来たのかと思ってた」

「何とかなるんですか?」

「うん、なる。最近やたらとお祓いが多くてなあ。昨日もやったばっかりだよ」

 まるで毛虫を駆除するかのように鈴木が言い放つ。悩んでいた問題が一瞬で解決に向かって行き、何だか現実感がない。掴みかけた答えが逃げないように、恐る恐る疑問を挟んだ。

「失礼を承知で言うんですが、そのお祓いっていうのは効果あるんでしょうか?」

「当たり前だよ、何回やってると思ってるんだ。昨日は前田んとこの嬢ちゃんを祓ったばっかりだし、ああ、もう嬢ちゃんって歳じゃないか、あははは」

 鈴木はからっと笑って、二杯目のお茶を湯呑に注ぐ。言葉の端々がさらりとしており、湿度の低い人柄なのが分かった。そして、彼の言葉にあった前田という名字にどこか聞き覚えがあった。

「前田さんって役場に務めてらっしゃる、あの前田さんですか?」

「そうだよ、会ったことあるのか。俺は小さい時から知ってるからね、今でも十歳くらいだと思っていた」

 棚田を案内し、その後飲み会にも同席した前田係長。

 健康的な雰囲気の割に目の下にはくまがあり、何故か気になっていた。彼女も自分と同じ目に遭っていたのだ、しかも昨日お祓いを受けたという。

「ちょっと待って下さい。前田さんのことは一旦置いておいて、その『かのし』について教えてください」

 痺れを切らしたように日置が割り込むと、特に気を悪くした様子もなく答えた。

「読んで字のごとくさ。『かのし』っていうのは訛った言い方で、元々は『かのしし』って言ってたらしい。要するに『鹿』のことだよ。年寄りなんかは様付けで呼ぶけど、そんな大層なものじゃない」

 昔は獣のことを総じて「しし」と呼んでいた。

のしし」や「鹿のしし」といったように。

 こつこつという硬い足音、ベッドの周りに広がるV字状の蹄、全ての特徴が符号する。

 確かにあれは鹿、つまり鹿のししだ。

 だが、他にもたくさんの動物達がいた。

「この痣を付けたのは鹿だけじゃなかったです。白い犬や猫とか色々いました」

「そうだろうな、あれは鹿を中心とした動物霊の集合体だ」

「……集合体?」

「今まで余所様に憑くことはなかったな。大抵は麻生山にいるが年に数回ふいっと降りてくるんだ。近頃は多くて困ってるよ」

「確かに麻生山の道で犬を見かけました。目が白く濁っている犬です」

「大抵は鹿の姿で現れるんだが、白内障の犬か。……確か一昨年くらいのやつかな」

「どういうことですか?」

「まあここまで来たら説明してもいいか、他所で言うなよ」

 鈴木は、急須ではなく一升瓶の中身を湯呑に注ぐ。

 よっぽど好きなのか、三杯目は酒に戻るようだ。

「……あの動物達はな、麻生山に捧げられた言わば、生贄達なんだ」

「「生贄!?」」

 思わず日置と言葉が重なる。

 そうか、生贄と言っても人の命とは限らない。動物や物で代用することもある。

 我々の反応が面白かったのか、愉快そうに鈴木が続ける。

「そう生贄。あそこは不思議な山でな。雷の話知ってるか?」

「麻生山の神が降らせているというあれですか」

「ああ、土地を豊かにするためやってたんだが、神様へお願いするのに手ぶらって訳にもいかんだろ。だから捧げてるんだよ、迷信深い年寄りが中心だが、一部は姥捨て山よろしく要らなくなったペットを寄越すんだ、年取ってたりするやつを」

 あの盲いた大型犬も生贄だったのだろうか。

 目は白く濁っていたが、老犬特有の弱々しさは無かった気がする。

 口を止め考えていると、すかさず日置が疑問を差し込んだ。

「先週我々は大きな雷を目撃しました。あれは動物を捧げたから起こったものですか?」

「……いや、今年は何も捧げてないぞ。そもそも動物じゃ雷は落ちん」

『大きな雷』という言葉を耳にした途端、鈴木は苦々しい顔付きに変わった。

 これは何か事情を知っている顔だ。

「生贄ってのはな、元々人間を捧げてたんだ」

「えっ」

「田舎の怖ろしい風習だろう。恐らく戦後くらいまで人間でやっていたんだが、流石に野蛮だというので、うちの親父が当時の町長と相談して止めた」

 ぴくりと日置の身体が動く。

 当時の町長、つまり田牧正吉氏のことだ。

「人の生贄ばかり来てたのに急に動物へ変わったから、神様も持て余したんじゃないか? 雷も落ちなくなった」

 錠と鍵が合わなければ扉は開かない。

 合わない鍵穴へ無理矢理差し込んだ結果、壊れてしまったのだ。そして、そのごみがおりのように積み重なり、あの動物霊の集合体となり果てたということか。

「生贄を切り替えたのは、昭和二十五年くらいの話ではないでしょうか? 町長は田牧正吉という方では?」

 身体をむずむずとさせていた日置が、我慢できないとばかりに突っ込む。

「ああそうだ、今の田牧町長のじいさんだ。よく知ってるな」

「谷原さんと、いえ義兄と色々調べまして……、異常な死に方をされたとか」

「あれはかのしの仕業だ。放っておけばああなるぞ」

 こちらを見て鈴木が告げる。

 どきり、と心臓が鳴った。

 彼らに啄まれた果てがどうなるか想像できなくはない。

 早くお祓いをして欲しいと、気が焦る。

 しかし、田牧正吉氏が亡者に喰われたという予想は外れていた。

 かのしは一旦置いて、亡者についても聞かなかければならない。

 同じことを考えたのか、日置が核心に迫る質問を放った。

「私達は町長の死因が別のものだと考えていました。この朝比町には『かのし』以外に何かいないんですか?」

「……うーん。他にか」

「単刀直入に申し上げます。田圃へ御幣を刺しているのはあなたですか? あれを封じているんですか?」

 神主は目を丸くしている。

 白装束とは対照的な黒く日焼けした顔。

 その表情は驚きに満ちていた。

 どうなんだ、この男は亡者を知っているのか。それとも何も分からないのか。次の反応によって取るべき行動が変わる、そう思うと握った手に汗が滲んだ。

 鈴木はおもむろに湯呑を机へ置いて呟く。

「そうだ、俺が御幣を刺している。……あんたら、あれが見えるのか」

 安堵の息が自分の口から洩れるのが分かった。

 強張った身体が緩んでいく。

 良かった、亡者の存在を認知していた。

 行き止まりは回避できた。

 だが、日置はまだ油断していないとばかりに続ける。

「まだ人の生贄を続けていますよね、正直に言ってください」

 覗き込むように問いかける。

 上手い、と思わず零しそうになった。

 これはハッタリだ、鈴木が気圧されている内にこけ脅しで情報を取ろうという試みだ。

「待て待て、本当にもうやっとらんぞ」

「じゃあ何故あんな雷が降ってくるんですか?」

「それはこっちが知りたいくらいだ、というかあんたら何者だ」

「私はこういうものです。あくまで任意に基づいてですがお話を聞かせてください」

 日置は警察手帳を取り出し、印籠のように見せつけた。どこかで見た光景だが、鈴木の反応は概ね自分と同じだった。目まぐるしく顔色が変わり、驚愕しているのが見て取れる。

 しかしひたすら困惑しているだけで、不安や焦りといった色はなかった。

「それで、どうなんですか?」

「本当にやってない、こんな狭い村だぞ。誰か失踪したらすぐ話題になる」

「……確かに」思わず相槌を打った。

「こんな迷信じみたことを警察が捜査するなんて、どういう風の吹き回しだ?」

「――人が死んでいるんです。夜須川の下流であれに襲われて」

 鈴木の動きが止まった。

 表情から一切の感情が抜け落ち、凍っている。

 それを見た日置は一転して穏やかな口調で続けた。

「なので知っていることを教えてください」

 鈴木の中で感情が巡っていることが分かる。

 酒を一口含み、頭を整理するようにぎゅっと目を瞑った。

 そして弱々しく言葉を搾り出す。

「本当に分からんのだ。この一年で大きな雷が落ちるようになった。恐らく昔、朝比に落ちていたとされる雷だ。だがあんな恐ろしいものまで降ってくるなんて聞いたことがない」

「……この一年」

 嚙み締めるように繰り返す日置に対して、目を閉じたまま鈴木はぽつりと呟く。

「昔から言われているのは、雷には捧げた人が乗ってくると。だから見てはいかんのだと言われ続けてきた」

 捧げた人が降ってくる――冷たく青い顔をした死人が雷に乗ってくるのだ。見知った顔を目にしないよう、雷を見ない因習が広まったのかもしれない。目が潰れるから見るなと言っているうちに、村人達でさえもその理由を忘れてしまった。あり得る話だ。

「だがあれは何だ、人ではない、まるで――」

「死そのものですよね」

 鈴木の言葉を遮ると、彼は再び目を開いて額を縦に振る。

「何故あれが降ってくるのか、昔と条件が変わっているのだと我々は考えていますが心当たりは?」

 鈴木は無言で首を振る。

「では質問を変えます。生贄はどのようにして麻生山の神に捧げるのでしょうか? あなた以外の誰か、例えば朝比の誰かがやっている可能性はありますか?」

 まるで法廷に立つ弁護士の様に日置が問う。

「いや、それはない」

「動機はあります、あの落雷でアサヒカリの味が良くなっているんです」

「誰でも勝手に生贄を捧げられる訳ではないんだ」

「……どういうことでしょうか?」

「麻生山との間を取り次ぐのは神主の役目、ここの宮司しかできないことだ」

「しかしあなたは阿須賀神社の宮司のはず、ここは事代主神が祭神では?」

「よく調べてるな」

 少し落ち着いたのか、鈴木はふふと笑った。

 こう見ると、日置が祖父に質問する孫娘のように見えてくる。

「あんなものを麻生山に置いて無事で済むと思うか? 可能性はほぼ無いが、もし登山客が上に迷いこんだら大事になる」

「上……? 麻生山の頂上ということですか」

「そうだ、普通の奴は行けん。行けないようにうちの神様が守ってくれてる」

「つまり山の一番上に麻生山の神がいて、阿須賀神社がそこを封じているので、行けるのは宮司だけということですね」

「大体そんなとこだ、理解の早いお嬢ちゃんで助かるよ」

 ふう、と鈴木が息を吐く。アルコールの匂いがふっと届いた。よく考えてみれば、酒を飲んでもすぐに声は枯れたりしない。恐らくこの人は昨日も飲んでいるはずだ。赤黒い顔は野球コーチとしての日焼けとばかり思っていたが、もしかしたら肝臓が悪いのかもしれない。

 つまり毎日の酒量が夥しいのだ。

「あそこは有名な迷い山でな、登山しても頂上には辿りつけんようになってる。ところが不思議と鈴木家の人間だけは行ける。だから、今でも雷を信じてるじいさんばあさんがお供えを持ってくると、毎度山登りせにゃいかんのだ」

 お供え、動物達のことだ。

 効果のない生贄のために捧げられる動物達が、急に気の毒になった。

「もしかして麻生山の頂上には社があるのでしょうか?」

「そうだ、古い社がある。ちなみに『かのし』を祓う時も使うから、この後行くことになるぞ」

「えっ、麻生山の社に!? ちょっと待ってください、さっき登山客が迷い込んだら大変なことになるって」

 思わず叫んだ。

 昨日あったお祓いはこの阿須賀神社で行われたものではないのか。

「俺がいるから大丈夫だ、昨日も前田の嬢ちゃんが行ってるから安心しろ」

「私も行きたいです」

「あんたは憑りつかれてないから駄目だ、それに泊まりがけだぞ」

 日置はにべもなく拒絶された。

 泊まりがけ……、今日は帰って沙耶とカレーを作る約束をしていたのだが。だがこればかりは仕方ない、田牧の祖父の末路を思うと行かない訳にはいかない。

 またぴりっと胸が痛んだ

「見つかってる奴は一晩隔離しなければならん。上まで行くのに三時間はかかるから、もう出発せんと間に合わんぞ」

 時刻は十五時になろうとしていた。

 四月になったとはいえ日は長くない、暗い山道を登るのはごめんだ。ぱんと机を叩いて立ち上がった鈴木に従って、我々も慌てて立つ。元教師だけあって何か従わなければならないような圧を感じる。

 ちょっと着替えてくる、と廊下に出た鈴木を見送った。

 社務所全体に妙な生活感があり、もしかしたら住まいも兼ねているのかもしれない。

「大事なところは概ね聞けました、嘘もついてなさそうです」

「そうなの?」

「ええ、谷原さんと一緒で相当顔に出るタイプですね」

 そうかも知れない。

 旅館で警察手帳を見た時の自分の言動を思い出すと恥ずかしくなった。あれも焦っているのが丸わかりだったのだろう。照れ隠しに、ざらざらと青い畳を撫でた。

「昔は捧げた人が降ってきたということは、やはり何かが違うんでしょうか」

「うん。鈴木さんは何もやってないと言ってたけどね。彼が信用できるかは別にして」

「直接、頂上に行ければ何か分かるかも知れないのに」

 悔しそうに唇を噛む。

 自分が行ったところで、何か分かるだろうか。

 ただかのしを祓えるということは唯一の前進だ。

「おーい、行くぞ!」

 玄関から聞こえてきた鈴木の声を耳にして、慌ててぬるくなった緑茶を飲み干した。


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