第七話

 セシウム原子時計が発明される三世紀も前、水の都の古びた時計屋に素晴らしい腕を持つ職人がいた。彼は現代のものにも負けず劣らずな精度の時計を作り上げることができたが、寄る年波には勝てない。目は霞み手は震え、何でもない故障を修復するのにもずいぶん体力を使うようになってしまった。

 いよいよ先が長くないと察した職人は弟子を呼び、残りの命をかけて最高の時計を造ると告げた。そして店は彼に全て任せ、自分は工房にこもってしまった。

 一カ月も経っただろうか、弟子がいつものように工房の前にパンと水を置きそっと離れようとすると、興奮した職人が飛び出してきた。

「出来た! 出来たぞ! 全ての時を刻む完璧な時計が……!」

 叫び終わると彼はそのままばったり倒れた。弟子が助け起こす前に彼の寿命は尽きていた。

 葬儀の後、弟子は工房に残されていた小さな懐中時計を手に取って眺めてみた。

 重さも装飾も、音も仕掛けも特別なものはなかったがただ一つ、針が左回りに動いている。つまりは逆向きに時を刻んでいる。刻一刻と、刻一刻と……。

 弟子はなにか得体の知れない不気味さを感じ、ひどく酔った晩に時計を運河に投げ込んでしまった。以来、その時計が今でも動いているのか、何を刻んでいたのか、 わからずじまいであるということだ。

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