第38話 グラディオンが我が心配して我が家に来てくれました

「あら、ジャンヌ。今日は随分と早かったのね。顔も赤いし、もしかして熱があるのではなくって?すぐにお医者様を…」


「いいえ、熱などありませんわ。昨日ちょっと夜更かしをして、それで寝不足なのです。医務室の先生にも、今日は帰ってゆっくり休む様に言われましたので、帰って来ただけですわ。とにかく私は、部屋で休みますね」


「待って、ジャンヌ…」


顔が赤いだなんて、恥ずかしいわ。きっと馬車の中で、今日の出来事を色々と考えていて、また興奮してしまったからね。


部屋に戻ると、すぐに火照った顔を冷やした。


「お嬢様、大丈夫ですか?今朝も顔色が悪かったですし。どうかゆっくり休んでください」


「ええ、そうね。少し休むわ」


そう言ってベッドに入ったものの、やはり興奮して眠れない。私、どうしちゃったのかしら?シャーロン様と婚約した時ですら、こんな事はなかったのに。


…シャーロン様…あの男、グラディオンが命がけで手に入れた証拠を横取りしたあげく、私に“恩を仇で返すのか”とか言っていたわね。何が恩を仇で返すよ!


あなたはただ、手柄を横取りしただけじゃない!


急にシャーロン様が憎らしくなってきた。今度夜会に参加した時、また私に絡んで来たら、思いっきり文句を言ってやるのだから!あなたはグラディオンの手柄を横取りしただけでしょうって…


そんな無意味な事をするのは止めよう。相手にするだけ無駄だわ。それにグラディオンだって、私がシャーロン様と話をする姿を見たくないだろうし。


そうよ、過去をいくら悔やんでも仕方がない。過去は変えられないのだから。だからこそ、これからの未来を大切にしないと。


そう、グラディオンと歩む未来を…


きゃぁぁ、なんだか恥ずかしいわ。


「お嬢様、大丈夫ですか?何をベッドでもがいていらっしゃるのですか?何か悪いものでも召し上がりましたか?一度お医者様に診てもらった方がよろしいですわね」


しまった、また興奮してしまったわ。


「待って、大丈夫よ。ちょっとベッドの中で、運動をしていただけだから。もう私は休むから、あなた達も席を外しても大丈夫よ」


「…分かりました。それでは私共は部屋の外で待機しておりますので、何かありましたらお声がけください」


なぜか残念な者を見る様な目でメイドたちが私を見つめ、去っていく。彼女たちなりに思う事があっただろう。でもそれをあえて口にしないのは、彼女たちなりの優しさだ。そう思っておくことにした。


とにかく一度落ち着きましょう。そうよ、今日は騎士団を早退してきたのだから、ゆっくり休まないと。


ゆっくり目を閉じる。


ダメだわ、目を閉じるとグラディオンの顔を思い出して、どうしても興奮してしまう。私ったら、いつからこんな人間になったのかしら?でも、寝ないと。寝ないと…寝ないと…



***

「お嬢様、起きて下さい。お嬢様!」


うるさいわね、やっと寝付いたところなのに。


「私、今お腹が空いていないから、食事は後でいいわ…」


「お嬢様、食事の時間ではありません!ガルディス侯爵令息様がいらっしゃっているのです。とにかく起きて下さい」


「えっ、グラディオンが?」


グラディオンの名前を聞いた瞬間、一気に目が覚めた。どうしよう、私、寝間着姿だわ。


「とにかくお着替えを」


「そうね、あの赤いドレスがいいわ。いいえ…グラディオンの瞳をイメージして、エメラルドグリーンのドレス…がないわ。やっぱり赤がいいわ。赤にしましょう」


急いで赤いドレスに着替えると、グラディオンの待つ客間へと向かった。


「お待たせしてごめんなさい」


客間に着くと、お父様とディーノ、グラディオンが楽しそうに話しをしていた。


「ジャンヌ、もう体調は大丈夫かい?医務室の先生から、ジャンヌが早退したと聞いて、心配で見に来たんだよ。顔色も戻ったし、元気そうでよかった。これ、ジャンヌが好きな真っ赤なバラだ」


「まあ、私の為にバラを買ってきてくれたの?ありがとう、グラディオン。さっきまでゆっくり休んでいたから、もう大丈夫よ。それよりも、お父様やディーノと何を話していたの?」


もしかしてもう、お父様とディーノに私たちの事を!そう思ったのだが


「たわいもない話だよ。それじゃあ俺は、もう帰るよ」


“まだ俺たちの事は話していないから、安心してくれ。また後日、両親と一緒に挨拶に来るから、その時に話そう。それから、隊員たちにも話を付けておいたから、今後は俺たちをからかうものはいないから、安心して騎士団にこいよ”


耳元でそう呟いたグラディオン。さすがグラディオンだわ、色々と考えてくれているのね。


「ありがとう、グラディオン。せっかく来たのだから、夕食くらいは食べていったら?」


「ジャンヌの言う通りだ。グラディオン、よかったら夕食を一緒に食べていかないかい?」


「ありがとうございます。でも、今日は帰ります。両親に話したいことがありますので。それじゃあ、また明日」


きっとグラディオンは、私と婚約したい事をご両親に話すのだろう。なんだか恥ずかしいわ。でも今は、恥ずかしがっている場合じゃない。


玄関に出て、グラディオンを笑顔で見送る。


「グラディオン、今日は来てくれてありがとう」


「ああ、それじゃあ明日な」


そう言うとグラディオンは、馬車に乗り込んでいった。私の様子を見に来てくれるだなんて、優しいわね。


私はグラディオンの馬車が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けたのだった。





※次回、グラディオン視点です。

よろしくお願いします。

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