第37話 さすがに恥ずかしいです

「君たち、盛り上がっているところ申し訳ないが、そろそろ仕事をしたいのだが、いいだろうか?」


何と咳ばらいをしたのは、医務室の先生だ。いつの間にか戻って来ていたらしい。


「先生、ごめんなさい。あの、その…違うんです。これには色々と事情がありまして」


先生がいない間に、グラディオンと密会していたと勘違いされたらどうしよう。そう思って必死に弁明しようとしたのだが。


「ジャンヌ殿、そんなに必死に説明しようとしなくても大丈夫ですよ。それにしても、若いと情熱的でいいですな」


そう言って笑っている先生。


「あの…先生。いつからあの場所にいらしたのですか?」


「グラディオン隊長が医務室に入って行って、すぐぐらいからですよ。グラディオン隊長が医務室に入っていく姿を見て、私も慌てて部屋に入ったのだが…まさかあんな情熱的は告白を、この目で見られるだなんて」


という事は、私たちのやり取りを全て見られていたという事なの?さすがに恥ずかしいわ。


グラディオンも頭をかいて、ばつの悪そうな顔をしている。


「おい、ジャンヌが照れているぞ。珍しいな」


「本当だ。まさかグラディオン隊長とジャンヌがくっつくだなんてな」


「何言ってんだよ。俺は最初っから、2人がくっつく事を分かっていたぞ」


「俺もだ、どう見ても2人とも、お互い好き合っていたじゃないか。気づいていないのなんて、お前と当人同士ぐらいだよ」


ん?この声達は…


入り口の方を見ると、何と同じ隊の隊員たちが集まっていた。どうしてみんながここにいるのよ!


「お前たち、なんでここに?」


グラディオンも同じことを思ったのか、皆に問いかけている。


「俺たちはグラディオン隊長が中々戻って来ないから、心配で見に来たんだ。まさかグラディオン隊長とジャンヌの、生チューが見られるだなんてな」


「ちょっと、下品な言い方をしないでよ。せめてその…あの…」


とっさに反論したのだが、これ以上何も言えない。さらに隊員同士が、口づけの真似事までしている。この人たち、私たちをからかって!


「お前たち、いい加減にしろ。まさかお前たちも、先生と同じタイミングで?」


「いや、俺たちが来た時は、ちょうどグラディオン隊長とジャンヌがチューしているところだったよ。ジャンヌの初チューはグラディオン隊長という事も聞いたぞ」


「ちょっと、そんな話はしなくてもいいわよ。お願い、恥ずかしいからやめて」


まさか仲間たちに、グラディオンと口づけをしている姿を見られるだなんて…さすがに恥ずかしくて、倒れそうだ。


「ジャンヌがショックを受けているじゃないか!お前たち、いい加減にしろ。先生、ジャンヌはどうやら寝不足で体調が悪いそうなので、しばらく休ませてやってください。ジャンヌ、ゆっくり休んでくれ。それじゃあ、俺たちはもう行くから」


グラディオンがまだニヤ付いている隊員たちを連れて、医務室から出て行った。


「あの…先生…」


「もう何を言わなくてもいいですよ。ただ、グラディオン隊長は本当にジャンヌ殿の事を思っているのですね。あなたも貴族世界では色々と苦労したと聞きます。どうか今度こそ、幸せになってください。それではゆっくり休んでくださいね」


そう言うと、先生も医務室へと戻って行った。1人ベッドに取り残された私。


せっかくグラディオンがゆっくり休める様にと、気を使ってくれたのだ。少し休んで、早く元気になって皆の元に戻らないと。


そう思い、ベッドに横になり目をつぶる。でも、さっきの出来事が脳裏によみがえり、とてもじゃないが眠る事なんて出来ない。


ダメだわ、興奮して眠れない。それに、なんだか落ち着かない。そもそもあんな光景を皆に見られるだなんて、この後皆にどんな顔をして会ったらいいのかしら?


…て、別に悪い事をしている訳ではないのだから、いつも通り会えばいいのよね。


ふと自分の唇に触れた。この唇に、グラディオンの唇が…そう考えると、また体中が熱くなった。もう、何なのよ、私ったら一体どうしちゃったの?


1人興奮していると…


「ジャンヌ殿、今日はもう屋敷に戻られた方がいいのではないですか?あなたのその興奮状態では、眠る事はもちろん、稽古にも身が入らないでしょう。一度自宅でリセットしてから、明日また新たな気持ちで稽古に参加されてはいかがですか?」


いつの間にか休憩スペースに来ていた先生に、そう言われた。やだ、また先生に変な姿を見られてしまったわ。


「でも、私…」


「今のあなたには、一度冷静になる時間が必要なのですよ。グラディオン隊長には私から話しをしておきますので、今日はもう帰りなさい。これは医者の指示です。私が馬車まで送って行きましょう」


えっ、ちょっと待って。混乱する私を他所に、さっさと馬車まで連れて行ってくれた先生。


「あの、先生。色々とありがとうございました。それから、お見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございません」


「私は何も見ていませんよ。ジャンヌ殿、今日はゆっくり休んで…と言っても、今の興奮状態の君では無理かもしれないが。とにかく一度心を落ち着かせてください。それでは、お気をつけて」


先生が笑顔で手を振ってくれる。さすがに帰らない訳にはいかないわね。仕方なく馬車に乗り込み、先生に見送られながら家路についたのだった。

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