第25話 好き勝手言って

2人並んでベンチに座った。もちろん、少し距離を置いてだ。


「ジャンヌ、まずは謝罪させてくれ。あの写真の件だが、令嬢たちに無理やりされたものだったのだよ。決して僕が望んでした訳ではない。それから、君に冷たくしていたのも、その…僕の嫉妬心からだったんだ。騎士団時代、君はずっと男たちと楽しそうに過ごしていただろう。僕はずっと寂しくて、それで君にも、僕の気持ちを少しでも分かって欲しくて…」


「それで私に冷たくしていたのですか?申し訳ございませんが、全く理解できません。ですが、過ぎた事ですので、もう結構ですわ」


騎士団時代に私が男性と話をしていた事と、シャーロン様と婚約してからシャーロン様が不貞を働いた事が、どう繋がるのか全く理解できない。


「ジャンヌ、僕は初めて君に会った時から、ずっと君に事が好きだったんだ。僕の愛情表現は少し間違っていたかもしれない。ジャンヌに嫉妬して欲しくて、わざと令嬢たちと仲良くしたりした事とか…よくなかったなって思っている。ただ、これだけは信じて欲しい。あの頃からずっと、君を心から愛している。もちろん、今もだ。だからどうか、僕にやり直すチャンスが欲しい。これからはジャンヌの傍にずっといるし、令嬢たちにも近づかない。だから、お願いします」


すっと立ち上がり、私に頭を下げるシャーロン様。


「申し訳ございませんが、私はシャーロン様を愛しておりません。それに私は今、既に前を向いて歩き始めております。私、騎士団に戻ったのです。騎士団に戻って、改めて私の居場所はここなのだと実感しました。きっと私たちは、ご縁がなかったのですわ。シャーロン様は非常におモテになるのですもの。きっと私以上に素敵な令嬢が現れるはずです。ですので、これからは別々の未来を歩んでいきましょう」


シャーロン様との婚約期間は、私にとって辛いものだった。自分を見失い、常に不安で、私が私ではないみたいだった。でもやっと私は、自分らしさを取り戻したのだ。


もう過去を振り返りたくはない。前を向いて歩いていきたいのだ。シャーロン様にも、私の事を忘れて、前を向いて歩いて行って欲しい。


「…どうしてそんな酷い事を言うの?僕は君をこんなに愛しているのに。ジャンヌを諦める事なんて出来ない。ねえ、知ってる?ジャンヌの無実を証明し、汚名を返上するために僕がどれだけ頑張ったか…君は恩を仇で返すつもりかい?そんな薄情な人間だったのかい?」


「恩を仇で返すだなんて…確かにあの時の件は、今でも感謝しておりますわ。でも、それとこれとは話は別です。そもそも、シャーロン様が不貞を働いたことが原因で、婚約破棄をする事になったのでしょう?」


「僕は不貞を働いたつもりはないよ。ジャンヌは恩人を見捨てたりしないよね…」


シャーロン様が不適な笑みを浮かべ、ゆっくりこちらに近づいて来た。その瞬間、背筋がゾクッとしたのだ。


何なの…この人のこのオーラは…


全身から血の気が引き、その場を動く事が出来ない。


「いや…来ないで…」


怖い!助けて…誰か…


その時だった。


「ジャンヌ、シャーロンも。こんなところで何をしているのだい?」


この声は。


「グラディオン!」


無意識にグラディオンに飛びついた。グラディオンの温もりを感じた瞬間、体中から力が抜けそうになるのを必死に耐える。


「どうしたんだ?ジャンヌ。大丈夫か?」


「ええ、私は大丈夫よ…」


「グラディオン、どうして君がここにいるのだい?君は一切夜会には参加しないのではないのかい?ジャンヌ、グラディオンから離れるんだ」


何を思ったのか、私の腕を掴み、グラディオンから引き離そうとするシャーロン様。この人、一体何なの?


「止めろ、シャーロン。ジャンヌが嫌がっているだろう。俺だって侯爵家の嫡男なのだから、夜会くらいは出るよ」


「グラディオン、言っておくが僕とジャンヌはちょっとした手違いで婚約破棄をしてしまったが、すぐに結び直す予定でいる。だから、気安くジャンヌに近づかないでくれ。ジャンヌも他の男に抱き着くだなんて、一体どういう…」


「いい加減にしてくださいませ。何度も申し上げているでしょう。私はあなたとはもう婚約を結び直しません。そもそも、あなたの不貞で婚約破棄をしたのでしょう?私は、他の令嬢にうつつを抜かす様な殿方は嫌いなのです」


本当に何度言ったらわかるのかしら?この人…


「だからあれは誤解なんだよ。グラディオン、今ジャンヌと大切な話をしているのだよ。悪いが席を外してくれるかい?」


何が大切な話よ。もうあなたとの話は終わったわ。そう言おうとした時だった。


「ジャンヌはもう話が終わっているという顔をしているぞ。シャーロン、ジャンヌはもうシャーロンには興味がないと言っている。男らしく諦めろ。あまりしつこく付きまとう様なら、容赦しないぞ。それとも俺と剣で勝負するか?」


グラディオンがニヤリと笑った。剣の腕は騎士団でも一目置かれているグラディオンに、シャーロン様が勝てる訳がない。本人もその事を自覚しているのか


「今日のところはこのまま引き下がるよ。でも、僕は絶対にジャンヌを諦めないからね」


そう叫んで、シャーロン様が急ぎ足で去って行ったのだった。

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