第499話 借金の清算

*****



半日ほど戻ったベップ王国 王都ザスパ シャングリラ亭。


カインはBS商会の集金人と会っている。

「今回はエストスマ王国国王様は同席されないんですか?」

「ええ、今回はいない方が、お互いの為だと思いまして、席を外してもらいました。」

「結構です。それでは、お支払いについてのご意見を伺いましょう。今年の利子を払っていただけますか?」

「いいえ。考えは変わっていません。払うつもりはありません。このまま契約を解除してください。」

「そう言われましても、私としても簡単には頷けないんですよ。」

「それはそうでしょうが、私も依頼人の為に努力をしないわけにもいきません。それでは、もう少し状況を分かりやすくしたいと思います。」

カインはお茶を一口含んでから、

「ちょっと話に聞いたんですが、BS商会はユリーザ大国にある大きな商会に同じようなことをしていますね。あそこはまだ40年しか払ってないようですが、商会の方はどう考えているのでしょうか?」

「何の話ですか?」

「何か大層なことをもみ消すためにBS商会が手を貸してくれたことに対するお礼という形らしいですが、流石に40年は長くないですか?」

「何処でそんな噂を?」

「何処ではあまり重要じゃないと思います。こういうことがユリーザ大国王家に漏れると困るんじゃないかと…この商会は年間金貨75000枚払っているそうですけど、よほど稼いでいる商会なんでしょうね。私はとてもこんな金額を40年も払えませんよ。恐喝で訴える訳にもいかないんでしょうね。」

「…」

「しかし、最近はユリーザ大国にはいろいろ起きてますね。ロストチャイルド商会の破綻から、エリザベス様誘拐ゲームだとか、内乱未遂事件、今は魔獣に侵攻されている。王家もイライラしているから、八つ当たりもしたくなりますよ。そう思いませんか?

ちょっとでも犯罪の匂いがしたら、真実かどうかはさておき、復興にかかる金をその商会から出させることが出来るとか考えそうな気がします。」

「BS商会さんにとって、金貨の100万、200万枚などは端金でしょう。あのロストチャイルド商会でさえ、手玉に取るBS商会ですから…私はエストスマ王国の過払い金は最後の20年間分でいいと思っています。年金貨6万枚で20年ですから、金貨120万枚です。これで事を収めませんか?痛くない腹を探られない為にも。」カインは優しく微笑む。

「先ほどから全く訳の分からない犯罪臭いお話でしたが、今のユリーザ大国に精神的余裕がなく、誰が的にされてもおかしくないことは理解します。また、我々BS商会程の巨大商会ともなれば、痛くもない腹を探られ、濡れ衣でも、努力の結晶の利益を押収されることも考えられます。火が無くとも煙を立てられることはよくある事。BS商会も誣告されて困ることはあります。

その問題を避けられるならば避けたいと思いますが、金貨120万枚は大金です。とても簡単に納得できる額ではありません。私の裁量を越えています。」

「そんなことは無いと思います。貴方は王家を相手にするように選ばれた、エリート中のエリート。その貴方に金貨120万枚の判断を下す権限がないとは思えません。何か欲しいものでも?」

「正直に言いましょう。私の裁量権は金貨80万枚までです。ですから、120万枚は勘弁していただきたい。」と頭を下げる。

「…そうですか。分かりました。BS商会さんとは将来商売の話が生まれるかもしれません。無理強いは止めておきます。切りが良い所で、金貨100万枚で手を打ちます。では、この契約書にサインをお願いします。」

「100万枚ですか?もう少し何とかなりませんか?」

「そうですねぇ。90万枚に一つ貸しはいかがでしょう?」

「…分かりました。貸しは怖いですがカインさんの常識を信じましょう。」

カインは金額の所に90万枚と書き込み、もう一枚にはエストスマ王国の借金は全額返済され、以後これに関しての問題には拘わらない、一切の情報は秘匿の旨の書類を渡した。男は2つの書類に署名し、BS商会の換金証に金貨90万枚と書き込んで、カインに返した。

カインは確認して、

「確かに受け取りました。本日はありがとうございました。他に何かありますか?」

「先週、私の部下の護衛の男が死体で発見されたんですが、何か知りませんか?」

「?あのご一緒にいた男性ですか?」

「はい、そうです。」

「いいえ、全く知りません。知らなかったこととは言え、ご愁傷さまです。」

(本当に知らなさそうだな。)

「そうですか。あの日の晩の事だったので、何か知っていたら教えて欲しかったんです。それと、貴方の護衛の男性は白いお面を付けていますが、何か理由があるんですか?」

「いいえ。ただのファッションだそうですよ。私も最初に見た時は驚きました。取って差し上げなさい。普通の顔なんだから隠す必要はないと言っているんですけどね。」

モーガンは白い面を外して、お辞儀をする。

「何故君はその面を付けることにしたんですか?」

「童顔なので、お面を付けた方が迫力が出るかと思ったんです。」

「確かに、その効果はありましたよ。ふふふ。」

「それでは、今回は商談がまとまり、ホッとしています。ありがとうございました。お先に失礼します。」

カインは2人を連れて、部屋を出て行った。


あの男はスミスではなかった。のか?

2日前に届けられた手紙では、スミスは今白い仮面を常用している。そして、ドジャースが消えてから、スミスは行方不明になっている。BS商会の探索網から消えている。そして、王都ユリザエールのドジャースの魔道具を通して、『遊びに行きたいんだが、何処にいますか?』と送り付けてきた。BS商会としては、一切連絡は取っていない。

魔道具を取られたと同時に、多くの書類と金が盗まれた。BS商会の対応は損切だった。下手に傷を広げるべきではない。他にも捕捉の情報として、エリザベス様誘拐ゲームの優勝者、40人の護衛を一人で殺した男、ロストチャイルド商会消滅事件の首謀者の可能性。悪逆非道の行いも必要ならば躊躇が無い。手を出すべきではない相手。

そのスミスは何故だかカインとは仲が良い。ベップ王国で一緒に飯も食べ、宴会にも参加している。いつカインの護衛に来てもおかしくはない…。

これを見せられれば、確かに金貨90万枚など安いものだ。あのロストチャイルド商会は勿論金貨90万枚よりもよっぽど金を持っていたが、今は四分五裂、潰れたも同然だ。BS商会は同じ轍は踏まない。


俺の今回の仕事は終わった。ゆっくり温泉で疲れを解いてから、次の任務に就こう。裏方の奴等も今日は宴会に誘ってやろう。


その日の夜。


BS商会の男は急遽この町にいる社員を呼んで宴会をすることにした。総勢20名で、半分は護衛と暗部だ。初めて彼らの顔をまともに見たと男は思った。


「えー、急な呼び出しで申し訳ないが、今回の仕事は今日の昼に完了したので、せっかく温泉で有名なベップ王国にいるし、皆にも苦労してもらったので、今日は皆を労いたく、この宴会を開くことにした。一緒に働いていても、顔を知らない場合も多々ある我々の仕事ではあるが、今日はそう言うことは忘れて、交流を深め、英気を養って欲しいと思う。ご苦労様。いつもありがとう。」

頭を下げる。

皆は拍手をしてくれた。嬉しい。


それからは、美味しい料理とお酒で、とても盛り上がった。どの部署で働く者にも、苦労と達成感があり、お互いを知ることで、お互いに感謝することが出来て、本当にやって良かったと思う。


そして大分酔いが回った頃、一人の暗部が、

「今日来ていたのは、スミスではなかったですね。」

「そのようだな。」

「今なら全員消して、埋めてしまえば、分からないですよ。絶対ばれません。」

「おい。仕事は終わったんだから、物騒な話はやめておけ。」

「実際、情報では知ってますが、スミスが戦ったことを証明できている人は少ないんですよ。そんなに強いんでしょうか?」

「じゃあ、俺の護衛が殺されていて、俺の隣の布団に入れられていたのはどう説明する?」

「本当にスミスだったかは謎ですよ。今は行方不明ですけど。」

「確かにわからないが、スミスがBS商会に敵対する様な事はやめてくれよ。」

「でも、それがすでにスミスの功績を認めていることになるんで、あれ、どうなってるんだ?」

「皆酔ってるから物騒な話になるけど、明日からは堅実にな。」

皆を見回した。

その時、男は一番奥で静かに飲んでる見慣れない男に気が付いた。彼とはまだ話していないな。男は廊下の方を向いているので、顔は分からないが、背中に雰囲気がある。隣の奴に、

「あの隅で飲んでいる奴を知っているか?」

「?いいえ、知りません。あんな男は最初からいたかな?1、2,3、…、21。やっぱり一人多い。」

その時その男がスッと立ち上があり、振り向いた。顔は白い仮面で隠されている。

「何だお前は?」

「止めておけ。敵対するつもりはない。手紙を出したが、返事が無いので聞きに来た。お前の上司は何処にいる?何て名前だ?」

護衛の一人が剣を抜いた瞬間、剣が切り落とされた。仮面の男の剣は早すぎて全く見えない。護衛の男は剣が切られた事に気が付いていない。横から見ていた男は剣が切られ、落ちて、床に刺さるのを、スローモーションのように見ていた。

白い仮面が周りの全員を見回してから、

「宴会の邪魔をして申し訳ない。いつか出直すとする。」

お辞儀をして出て行った。全く足音も戸を開けて閉める音もしなかった。


「「「ぶはーーーー。」」」皆が一斉に息を吐いた。

「あれがスミスに違いない。」

「あれか。」

「スミスだ!絶対スミスだ!」

「納得がいった。」

「うう、気持ち悪い。」


コンコン。

ビクッ。

コンコン。


「はい、何でしょうか。」と男は答える。

戸が静に開いて、男が廊下に座っている。

「先ほど帰られたお面を付けたお客様が、粗相をしたので、この部屋の宴会代を前払いするからとお支払いを頂いたんですが、多すぎますので、どうしようかと確認に来たしだいです。」

「いくら払っていったんだ?」

「金貨で20枚です。」

「「「多い!!!」」」

「そうか…それで上手い酒と肴、今夜は全員で泊めてもらう。まだ余るか?」

「はい、それでも金貨4枚にもなりません。じゃあ、どの位泊まれる?」

「最高級の料理と酒と宿泊ならば3日は泊まれます。」

「じゃあ、3日泊まらせてもらうよ。全員でだ。」

「分かりました。失礼します。」


男は勝ち目がないと感じた。

そして、確信した。この20名の中に、カインに何かしようと考えている者はもういないと。

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