第57話 フォーメン村

次の日。


馬車に揺られて行く。穀倉地帯を抜けて行く。サシントン領はやはり平和なのかもな。盗賊がいない。


ネリーはかなり前からソワソワしていた。

「おじさんの屋台と同じ匂いがする。屋台があるのかな?」

「屋台もあるかもしれないな。この村であの屋台で使っている魚醬を作っているんだよ。」

「見たい、見たい。」

「もうすぐ目的地だ。」

フォーメン村に着けば魚醬の村だとすぐわかる。独特な匂いがするのだ。臭みのある、それでいて食欲をそそる匂いだ。御者の親父さんに小銀貨2枚をチップとして渡して、どこに冒険者ギルドがあるか教えてもらった。もうそろそろ冒険者ギルドで依頼を受けないと、身分証を剥奪されてしまうので、宿屋のお薦めを訊くついでに、どんな依頼があるのか調べたかった。冒険者ギルドは村に入ってすぐにあった。かなりシンプルで小さなギルドで、宿屋と兼業であった。便利だな。受付に行くと恰幅のいい綺麗な女性がニコニコしながら出てきてたので、

「お薦めの宿屋とどんな依頼がるか教えてほしい。」

「宿はどこも同じぐらいだけど、あたしはあたしの宿を薦めるよ。ここ。依頼はあそこに張り出してある。ギルドカードを見せて。」

「どうぞ。」

「ギルド会員だから、宿の割引が利くよ。2人部屋で小銀貨4枚。ご飯は1食一人小銀貨1枚。」

「では、1週間で朝食をつけてくれ。他の食事はここで食べたり他で食べたりになると思う。」

「分かったよ。だと、小銀貨42枚だね。」

「はいどうぞ。それと魚醬の村の事はスポケーンの屋台の親父に聞いてきたんだ。美味しかったのでどうしても買いたくなって。どこに行けば買えるんだい?」

「この村では昔はそれぞれの家で作っていたんだけど、今はそれぞれの家で準備したものを裏山にある洞窟に貯蔵するか、レセピを村に提供して委託して作ってもらっているかだ。大抵の魚醬は村役場の隣にある店で買えるよ。種類もいろいろあるから、買って試したらいいよ。」

「この宿で使う魚醬はお姉さんが作ったやつか?」

「そうだよ。毎年作るんだ。村の風物詩みたいなもんだね。魚醬になるのに1年かかる。」

「今夜はここで晩御飯を食べるよ。予約はいるか?」

「いらないよ。部屋は2階に上がって左に曲がって、一番奥だ。この表の道に面している部屋だよ。はい、鍵。」

「ありがとう。」

鍵をもらって部屋に入ると綺麗に片付いた部屋だ。クリーンをかけて、また部屋を出て、依頼を見に行った。Eランクが受けられる仕事だと、井戸の掃除と薬草採取と教会の掃除だ。カウンターで訊いてみた。

「俺はEランクだから、これしか受けられる依頼がないが、薬草はこの辺りに生えているのか?山や森があるように見えないんだが。それとも群生地があるとか?」

「このタケンコという薬草は地面に埋まっているんだよ。この辺りにも生えているとは思うけど、特に道の畔によく生えている。ただ掘らないとどこにあるか分からないから、簡単な割に面倒で人気が無い。滋養強壮剤に使われるし、魚醬に入れる好き物もいるから、需要はあるからいつでも受け付けてるよ。後教会の掃除はボランティア活動的な依頼。安いからなかなか受けてもらえない。あんたが受けてくれるなら嬉しいよ。冒険者に強制できないしね。悪い事でもしない限り。」

「タケンコはどんな見た目なんだ。」

「これだね。ひげ根はいらないけど、それ以外は必要だから傷つけないように掘り出しておくれ。」

「分かった。ネリーも分かった?」ネリーが匂いを嗅いでいる。

「うん。」

「出来る依頼は片付けちゃおう。」

「おう。」

タケンコは日本ではおなじみの筍そっくりだ。絶対日本人が昔広めたんだろう。この世界日本語っぽいのがかなり多い。タケンコを魚醬で煮たら美味いだろうな。多めにタケンコを採ってきて、受付の女性に煮てもらおう。


先ずは井戸の清掃にした。俺にとっては瞬間に終わる。井戸に行って、クリーンをかけ、底にたまっている砂を収納して、念のためもう一度クリーンをかけて終わり。村役場に行って係の人と一緒に井戸に戻り、確認印を貰って終わり。

次はタケンコ狩り。先ず、俺の探索を使う。鑑定と感知を利用した探索は探している物が分かっていれば非常に有効だ。確かに畔にかなりある。鍬を2本取り出して、一本はネリーにと思ったが長すぎるか。しまって、シャベルを渡した。俺は鍬を地面に打ち込む。土魔法でせり上げてもいいけど、タケンコを堀った感じが欲しいし、ネリーは土魔法が使えない。くいって鍬を押して、土をめくりあげると、タケンコも土ごと出てくる。その土を払ってお終いだ。クリーンは最後にまとめてでいいだろう。ネリーにシャベルの使い方を教えて、

「ネリー、タケンコはこんな匂いだよ。見つけられるか?」

「分かると思うよ。」

「よーし、頑張って集めよう。この袋に入れてね。」


俺はそこから少し移動した場所でタケンコ狩りを始めた。俺の嗅覚でも大体見つけられるから、ネリーには簡単だろう。いろいろ試した。土魔法、シャベル、鍬、こっそり触手、ナイフ、水魔法等。土魔法が一番楽。次が鍬と触手。俺を見張ってるやつがいるので、基本鍬でやった。面白いように集まるので1時間近くやってしまった。袋2つが一杯で、ネリーの所へ戻ると、袋に入らないタケンコが山済みだ。俺はクリーンをかけて、全部を袋に入れて担いでギルドに戻って、受付に置いた。

「これが井戸の清掃の完了確認とタケンコだ。10本ぐらいこのタケンコを今夜調理して貰えないか?魚醬で煮るとか。」

「速かったね。また、凄い量採ってきたね。このタケンコ何本あるんだい?」

「数えてないからわからないな。」

彼女が数えると、タケンコは208本だった。

「切りのいいところで、200本を買取で、8本を調理してくれないか?」

「いいよ。他のお客にもだしていいかい?」

「ああ。それなら8本では足りないんじゃないか?もっとどうだ?」

「そうだね。では、18本を使わしてもらうよ。代金はタケンコは綺麗で傷が無いから1本が銅貨8枚だから、190本分が小銀貨152枚。井戸の清掃が銀貨2枚。合わせて、銀貨17枚と小銀貨2枚だね。」

「確かに。今のうちに晩飯代の小銀貨2枚を払っておくよ。」

「まいどあり。いつもなら傷がついているかどうか調べるにも時間がかかるし、土を落としてこない冒険者もいるしで、困るんだけど、あんたのは楽でいいよ。この依頼は常設だからいつでも買い取るよ。」

「悪くなったりしないのか?」

「タケンコは凄い強い魔獣植物らしくて、暗くて涼しくして、ある程度湿度があるところだと、安心して眠るらしい。そして、状態が維持されるんだよ。」

「面白い性質だな。魔獣植物か。そうだ。ダンジョンについても教えてもらおうと思ったんだ。この先にダンジョンがあるって聞いたんだが、どうやって行けばいいんだ?」

「ダンジョンはプラハ街の中にある。プラハはダンジョンを中心に発達した街だからね。冒険者も多く住んでいるよ。プラハはこの村から馬車で1週間ぐらいかかる。国境とゲイツ伯爵領境の近くだ。割と近くにアマゾーイ鉱山もあるので武器の制作でも有名だね。」

「最近スタンピードがあったようなことは?」

「それは、プラハダンジョンではなく、ゲイツ伯爵領のサバゲダンジョンだろう。そこまで大きなスタンピードではなかったらしいが、それなりの被害が出た様だよ。今も復興作業中だろうね。」

「プラハダンジョンでは、どんなものが取れるんだ?」

「あそこは鉱山に近いからか、ゴブリンに始まって、各種ゴーレムが出る。金属をドロップすることが多いかな。」

「サバゲダンジョンは?」

「あそこは魔獣系のダンジョンだ。スライム、ゴブリン、ウルフ、コボルト、オーク、オーガ、大物だとトロール等だね。武器をドロップする洞窟タイプのダンジョンだよ。どちらも踏破されていないから、まだ発展中のダンジョンかもしれないねぇ。」

「ありがとう。次の目的地はダンジョンにするつもりなんだ。」

「晩飯はあと2時間位だね。水とお湯はサービスだから、言ってくれたら持っていくよ。」

「ありがとう。まだいいや。村を見てくる。」

「ネリー、魚醬を売っているところを見に行こうか。」

「うん。」

村役場の隣の店には多くの魚醬が試せて、購入できた。ここでも、1年物より、2,3年物の方が若干安い。理由の一つは毎年作るので、わざわざ古いものを買わない。味がまろやかになると感じる者もいるが、逆に新しい鮮烈な味が好みの者が多いためだ。無駄にはしたくないので、村の人はバランスよく使ったり、混ぜて使ている。其処で俺は2,3年物を大量に買うから安くしてくれと頼んだら、かなり安くしてくれた。向こうも場所を取っていたものが片付いて助かったという。この手でムラサキ村のムラサキも大量購入できるな。分身にあとで買ってきてもらおう。ミソス村も同様だろう。そっちも回ってきてくれと言おうと思ったがネリーが行ってないところの調味料を使うのも引っかかるものがあるので、ミソス村は保留にした。2人で手を繋いでゆっくりと村を回る。此処も長閑で綺麗な村だ。宿に帰ると早速食事だ。受付嬢がやってきて、

「お帰り。直ぐに持ってくるからこれでも飲んでいておくれ。」

俺は一口飲んで、少し甘い炭酸系の飲み物を飲んでびっくりしていると、彼女が

「これはね。山で沸いている水なんだけど、こうはじけるんだよ。これを瓶に詰めて持って帰ってきて、井戸で冷やして、果物の汁を足して飲むとこんな感じになるんだよ。美味しいかい?」

「美味しい。こんな飲み物初めてだ。冷えててまたいい。」

「美味しいよ、お姉さん。」

「よしよし。びっくりさせてみたかったんだ。」

彼女は嬉しそうに料理を取りに行った。料理は魚醬を味付けにした肉や野菜炒め、それと今日は特別にタケンコの煮つけが出た。美味しいよ。これにコブを足したら、もっと美味いのでは、と思うが今はその時ではないので黙っておいた。自分のせこさが嫌になる。しかし、俺の頭の中では、コブを紹介するときはうどんを紹介するときで、ムラサキ村、フォーメン村、ミソス村ほぼ同時にしたいと思っているのだ。よーいドンではじめて、それぞれどう進化するか。ミソス村は名古屋の味噌煮込みの様な進化をするのか?ムラサキ村は小豆島うどんになるか讃岐うどん?この村はベトナムのフォーか沖縄ソーキそば?美味しければいいのだが、それにも関わりたいと思うとせこくなってしまうのだ。まだけち臭い考えが抜けてない。まあ、一週間いるんだし、気分が変われば教えよう。


「今日も美味しかったな。来てよかった。」

「うん。あのショワショワする飲み物も美味しかった。」

「じゃあ、最後に、絵本を少し読んで寝よう。」

ネリーと一緒に絵本を読む。彼女がもうこの絵本の大体の文字は読めるようになっていた。そろそろ他の絵本を買うかな。

一人で俺たちを監視している奴も大変だね。少しづつ俺の情報が収集されている。これが俺が去った後でされたならば、まだ気にならないが、ここでどの位魚醬を買っただとか、受付嬢に質問したことも筒抜けになると考えると、ほっとけと言いたくもなる。領の安全と経済の為なのだろうが、ストーカーされるというのはこういう感覚か。一般人なら怖くてたまらないだろう。怖くなくてもイライラするだろう…といって、振り切ることは簡単だが、仕事を失敗させるのも忍びない。いっそのこと尾行者育成ゲームとして楽しむ方法は無いだろうか。そして、ダンジョンに放り込んで実力もアップさせてやるとか。でも、俺の正体をばらせないから疲れるぞ。自由に生きる予定なんだがなー。まあ、ばれてもいい程度の魔法や能力が知られても、心配する必要はない。いざというときの広域殲滅魔法も練習してある。放っておこう。

今夜はタケンコのせいか、ハッスルしているお客さんが多いようだ。こんなに滋養強壮に効くんだな。持って帰ってうちの畑でも育ててみよう。


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