第35話 塩
俺は一度、国境の近くまで集合転移した。今回一度サシントン領まで戻らなければならなくなったため、全ての分身がマイクロフ聖王国からいなくなってしまう。逃走する可能性があるのはアブデインだが、こいつは証人として残しておく可能性もある。アブデインの魔力パターンも記憶しているので、探す気になれば見つけられるだろう。現在は家にいるようだ。家族に説明もしなくてはならないだろうしな。家族には申し訳ないが汚い金で生活していたわけだから全く無関係とは言えないんだよ。こいつらの陰謀で奴隷商に売られた子供たちもいたんだから。
まだ夜は開けてないが、門番に精神制御魔法をかけた。今日午前中は誰でも通してよし。後は平常業務。俺は一番に40頭ほどの馬を連れて通った。ユリーザ大国側でもちょっと魔法を使って通り抜けた。後はゆっくり進もう。分身に国境を監視してもらっている。
夜が明けた頃、スレイニー司祭一行は国境に着いた。何も聞かれることもなく通れてしまって狐につままれたような顔をしている。それで十分だ。それからも、スレイニー司祭一行は飛ばして、帰っていった。速くあの俺からの手紙を国王に見せてください。
その日は野宿をし、2日目の昼過ぎに俺はスポケーンに着いた。馬には大量の塩を乗せてある。俺は先ずは商業ギルドに来ると、塩はいくらで買ってもらえるかと訊いた。塩は専売で誰でも売ってよいものでは無いと教えられた。仕方がないので領主の城の前に行って直接領主に会わせてくれないかと頼んでみた。此処の領主なら何とかなりそうだと思った通り、許可が下りたので、陳情してみた。
「お目通りをお許しいただき、ありがとございます。私は冒険者のスマイルと申します。」
「私はサシントン領の領主のノーフォークです。今日は買ってもらいたいものがあるとか?」
「はい。お庭に置いておりますが、塩を買っていただきたいのです。」
「塩は専売で誰でも売ってよいものではないぞ。」
「はい、商業ギルドでも言われました。誰でも売ってよくないならば、サシントン領の領主様ならばよいのではないかと思いお願いに来たのです。」
「不思議な理論よ。私も勝手には売れないぞ。」
「勝手に売らなければいいのではないかと思うのです。この勝手に売るということは、勝手に作って、勝手に民衆に売って、儲けを上げながら税を払わないことが問題の一つ。また、作って売れる人が決まっているのでその人達の儲けを他者が侵害してはいけないという、いわゆる既得権益を守ろうとして起こる対立が問題のもう一つ、だと思うのです。ここまではあってますか?」
「その通りだな。」
「問題1は税金を払えば問題が無い。問題2は最初は効果的だったでしょうが、今は弊害の方が多いのではないでしょうか?ユリーザ大国にはドミル領にしか海が無いですから、塩が少ししか取れない。だから高くて仕方がないという理論になっていると思うのですが、間違っていますか?」
「その通りだ。」
「本当に少ししか取れないのでしょうか?薪が高いからなのでしょうか?確認が必要ですが、この際それは置いておきましょう。ここに私が馬40頭分の塩を持っています。これは私が友人から手に入れた物ですが、また友人に頼むことが出来ます。私が直接領主様に売ります。領主様はドミル領が国に売る金額と同じ額で国に売ります。国は今までは高くてもマイクロフ聖王国から塩を買っていました。絶対量が足りないのだから仕方がないということで。実際私の友達の農家では塩が高くてスープにあまり塩を使えません。おかしいですよ。基本の調味料が高くて買えないなんて。ですから、領主様が塩を売ることによって、国はかえって安く塩が手に入り、塩は少し安くなって民衆は喜ぶことになるはずです。そして、領主様も私も国も適度に儲かる訳ですね。どう思われますか?」
「面白い考えだが、国が許可してくれないだろう。」
「何故ですか。」
「それは君の実績が無いからだ。今回塩があるが、この次無くなりましたなんてことになった時に、直ぐマイクロフ聖王国から買えるわけではないだろう。」
「確かに実績と信用がありません。どうしたら信用を得られるでしょうか?」
「そうだな、これと同じ量をあと2回届けてくれたら信用しよう。その間にこの持ってきた塩をもって、国王様に陳情してくる。私も塩が高くて困っておるのだ。」
「わかりました。そうします。」
俺は塩を倉庫に置かしてもらい、馬を連れて外に出た。さて、さすがに直ぐうまくはいかなかった。兎に角一端この町から出ないといけない。領主はすぐに国王に連絡するはず、そして塩の値段等の情報を手に入れるだろう。誰も後をつけていない事を確認して、林の中へ。そこで今日は野宿。馬に水と飼い葉を与え休ませてやる。俺は飛んでジョージの町へ。謝らなくては。凄い遅刻だ。夕方だから、畑に行くと、次の作物を植えるための天地起こしをしていた。
「おーい、ジョージ、ネリー、皆さん遅くなってすいません。」と頭を思いっきり下げた。謝る時は勢いが大切だ。
「おー、お帰り。スマイル。」
「お父さん。お帰りー。」
「ただいま。今から手伝うよ。後、どこをやればいいんだ?」
「これ以外の畑全部。あっちも開墾したんだ。」
「凄いな。よっしゃ、ちょっとやってくる。」走って行って、パっとやって、すぐ帰ってきた。
「終わり。ここは手でやるか。魔法ばかりはよくないよな。」
「そうそう。基本が大事。」
俺も鍬をもって手伝って1時間ぐらいで終わった。
「そうだ、藁をジャーモの上にかぶせたか?」
「おお、やったぞ。見に行こうぜ。」
「よし。行こう。今年は豊作だったか?」
「ああ、凄かったな。」
「他の人達はどうだった?」
「前より大分ましだが、うちが凄かっただろう。だから皆少しやっかんでるみたいだ。」
「まあ、読み通りだな。これからお前がその人達に教えていけばいいんだよ。そうしたら、凄く感謝されるぞ。ジャーモはまだ教えるなよ。成功してないからな。まだ実験中だ。」
「分かった。お前の仕事はどうだった?終わったのか?」
「予想以上に時間がかかったな。いろいろな兼ね合いで。また今夜もでなくちゃならない。もしネリーがどうしても行きたいとごねても今回も危険だ。だからまた預かってくれないか?」
「それは全然かまわないが、ちゃんとネリーに説明しろよ。危険というだけで納得しないかもしれないぞ。子供はよく見てるからな。」
「そうだな。そう言えば、ジョージは結婚しないのか?」
「いきなりだな。まだだな。今畑が面白くてな。」
「そういう時はあるが、タイミングも大事だから、周りを見ておけよ。気が付いたら遅すぎたなんてつまらないぜ。」
「そうだな。しかしスライムに語られるか。」
「まあ、外から見てると、言い易いもんだ。連れてきた馬どうしてる?」
「馬を借りて耕そうとしているんだが難しいらしい。一度見てやってほしいんだが。」
「分かった。ただ今の仕事にまた1週間ぐらいかかる。これで上手くいくはずなんだけどな。読みが狂わなければ…。」
「まあ、いつも思ったようにはいかないぜ。これが人生だ。」
「だよなー。」
「さあ、戻って風呂入ろう。入れるぜ。」
「うちの奴ら風呂好きになったから喜ぶぞ。」
「いいね。」
俺はネリーと一緒に風呂に入った。洗ってあげて、最近のことを訊いた。ネリーは寂しさを見せないようしてくれている。
「ネリー、俺は今夜また仕事に戻らなければならないんだ。済まないと思ているがこれを終わらさないと、後々困ることになる。だから、また一週間程いなくなる。凄く景色の良い所を見つけたから、今度ネリーを連れていきたいと思う。前回は5日位と言っていたのが伸びてしまってごめん。本当にごめんな。」
「大丈夫。この家の人は親切だし、お手伝いも楽しいよ。もうちょっと我慢できる。」
「ありがとう。そうだ、お風呂から出たらおいしいお土産あるから、皆で焼いて食べよう。」
「うん。」
ゆっくり温まって出てきたら、夕食だ。もう大体できていたが、俺が似非マジックバッグから魚を出したので皆びっくりした。それを外に作った竈に、三枚におろして、串に刺して焼いた。大きいので一人半身で十分だろう。油が滴ってうまそうに焼けてきた。塩も振った。焼き上がた串をもって皆の皿に置いていく。
「熱いから気をつけて。かぶりついてもいいし、フォークで身をほぐしてもいいし。」
俺はかぶりついた。旨い。新鮮だし脂がのっていてなんとも自然に旨い。皆もネリーもかぶりついて、嬉しそうだ。獲ってきてよかったと心底感じる。
ジェーンさんに塩の袋をお土産として渡した。またびっくりしていたね。本当に塩が高すぎるんだよ。ジョージにも大きな塩袋を渡して、町長に町の人に分けてくださいっておいてくるように言っておいた。
夕飯が終わり、ネリーを家に連れて行って寝かしつけた。俺の仕事については訊かないが、他の話を聞いてきたので、日本昔話シリーズで桃太郎から始めた。夜中に飛んで林に戻ってきた。あと少しで自由になれる。あと少しで…。
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