第四話 風邪の引き始めは片想いの終わり
4-1
自分で認めるのもアレだが、俺は結構面倒なやつだと思う。
「ゴホッ、ゴホッ……。ヒロ兄、絶対に絶対にばったり逢っても言わないでよ」
「はいはい。大丈夫だ、ちゆりには内緒にしとくから。智也が風邪で寝込んでるってことは」
「……っ」
情けない。本当に情けないと思う。
ちゆりさんとデートの翌日、俺は見事に風邪を引いた。無論、原因は昨日の水遊びによるものだと思う。顔が火を帯びているように熱い。頭痛も少々、身体もダルいと訴える始末。
「ほーら、強がらないで寝なされ。辛いって、顔に書いてあるぞ」
「……うん」
反論を申し上げたいが、そこまでの気力がないのも確かであって。素直に頷くことしか出来なかった。
ただ、もしヒロ兄がちゆりさんに風邪のことを話してしまったら……彼女は落ち込むというか、自分を責めそうで兄に口止めを申し込んだはいいものの、不安が頭の中をぐるぐると混ざる。それを察してか、ヒロ兄は俺の頭を軽く撫でた。
「いい子だ。じゃ、オレは大学行くからな。熱が下がるまではとりあえず安静にしておくこと」
「はい」
「あ、そうそう。母さんが仕事に行く前に軽食作ってくれたらしいから、腹に入りそうだったら食べて、と」
「わかった。……いってらしゃい」
行ってきます、と返答のあと部屋が静寂に包まれる。
時刻は午前九時。
月曜日の学校はもう始まってる。今日は確か、直前まで控えた体育祭の練習があった気が。まあ、サボる口実が出来てラッキーと前向きに捉えるか。
「……ちゆりさん」
彼女は、どうだろう。
大丈夫のだっただろうか。直積的な被害は防げたとはいえ、その……っ、抱擁を。
「あぁ、ダメだ、ダメ! 思い出したら今更急に恥ずかしくなってきた」
羞恥心に溺れる。
気晴らしにスリープ状態のスマホに電源を入れると、普段から使ってるチャットアプリの通知画面がちゆりさんの名前と共に目に入った。
「『また今度、どこか行きたいね』……か。あ、そういえば昨日、返信途中で」
いつの間にか力尽きて寝落ちを、してしまったのだった。返信はしたいのは山々だが、この時間に送るわけにはいかないので一旦我慢を試みる。
昨日、帰宅は何とか遂げられたものの空気感とやらは行きとは明らかに違う。
別れるまで最低限の言葉しか交わさなく、バス停までは手を繋いでいたが以降は人目を気にして離した。嫌われたのではないか、と不安でいっぱいだったがメッセージは通常通りで安心して、そして寝落ち。
「ふぁー、眠くなってきた……」
欠伸が容赦なく遅い、瞼も重い。
想起はここまで、かな。本当は昨日について反省とか、今後のプランとかを練りたかったけど……眠気の、本能には抗えないってやつに。
あぁ、もう睡魔に――意識が遠退く。
ふと、額にひやりとした柔らかな何かが触れる。優しい手付きで冷えたタオルに交換されて、あれ、もう帰ってきて?
「かあ、さん……」
その答えを確かめるように、ゆっくりと瞼を開ける。ぼんやりと視野から鮮明になるまで、そう時間は要しなかった。だって。
「おはよう、智也くん。ごめんね、お母様ではなくて」
「…………ちゆりさん⁉」
飛び跳ねる。
如く、物理的にも内面の心臓的にも。
裏返った声音に、ちゆりさんの双眸が心配という表情で埋まる。というか、どうして彼女が俺の部屋に……?
「驚かせてしまって、本当にごめんね。実は長谷川くんから智也くんが風邪になってしまったと聞いて、もしかしなくても昨日のことが原因かなって思いまして」
ヒロ兄め……。
あれだけ言うなって釘を刺したのに。
「それで、今日は午前の授業だけだったから様子を見に……。あ、鍵のことは長谷川くんから信頼を得て貸してもらったから不法侵入とかではないよ⁉ 決してね!」
「そ、そうですか」
そこは疑ってすらいないけれど。
……そういえば、朝に比べて頭痛とかダルさは引いた気がする。ほんの気休めでも。
熱は、彼女の唐突な訪問でまた急上昇しそうではあるけども。
「そうだ、お腹減ってない? 食べたいものがあるなら何か買ってくるよ」
「……いえ」
と、咄嗟に口に出してしまったものの腹に右手を当てると、空腹の虫が無音で鳴いたような気がした。
「あの、たぶんキッチンに母が作り置きしてくれた軽食があるらしいので、それを頂けると」
「わかった。ついでにお水も持ってくるから、ちょっと待っててね」
彼女は素早く立ち上がり、すぐに行動へと実行を移す。
ちゆりさんが去ると、改めてこの状況を整理すること余儀なくされる。
風邪を引き、好きな異性が自分の家に。しかも自室に来た、と。
「や、やば……っ」
著しく語彙力の低下を確認する。
不可抗力とはいえ、これは色々とマズいのでは……。ってか、ヒロ兄の嘘つき。気遣いありがとう、バカ!
「平常心、平常心を維持せよ」
唐突に溢れる、あらゆる感情に深呼吸を何度も繰り返して迎え撃つ。
果たして健全な男子中学生は邪心の気持ちを隠すことが依然として可能なのか――?
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