この町

七三公平

第1話 ホラー

プロローグ

(あらすじ)

 アパートの一室にいると、扉を叩く音が聞こえてくる。自分の部屋の扉ではない。何だろうと、主人公はその音が気になってしまう。扉を叩く音と関係あるのか無いのか、夜だったはずが、急に昼間のように外が明るくなる。主人公は、驚いて外へと飛び出す。音が鳴るたびに、明るくなったり暗くなったり、町は見慣れたものなのに状況が呑み込めない主人公。そこに足音のような音が聞こえてくる。暗くて何も見えない。女の子の声、男たちの声、それぞれに何か言っている。だが、主人公には何のことだか分からない。そして、目の前にガイコツが現れる。主人公は、驚き怖くなって逃げ出す。

 また、男たちの声がしていた。男たちは誰かを探している。何かヤバいことが、この町で起こっているらしい。主人公は、ガイコツの姿が見えなくなっていたので、アパートに戻ることにする。そこで、またあの音が聞こえてきた。扉を叩く音である。主人公の部屋の扉を叩いている。扉の外では、女の子の声がしていて、部屋に入れてと言っている。そのうちに、男たちの声も聞こえてきた。

 男たちは、ガイコツを探しているようである。そして、ガイコツを無毒化すると言っている。無毒化する方法は、無毒化できる男が、ガイコツに触れるだけのようである。扉の向こうから、叫び声が聞こえた。さらに聞いていると、ガイコツに触られた人は、毒に侵されてガイコツになってしまうらしい。主人公は、ガイコツに触られていた。こうして、どちらが鬼だか分からない鬼ごっこが始まる。


(導入)

 これは、とある町で起こっている出来事。その町とは、この町かもしれないし、別の町かもしれない。耳を澄ましてみてください。何か音が聞こえませんか? ほら、そこに迷い込んでしまっている人がいます。



本編

 どこからか、扉を叩く音が聞こえる。コン、コン、コン。その音は、どこで鳴っているのか分からないが、耳の奥に響いてくる。コン、コン、コン。誰かが、誰かを訪ねているが――応答がないのか、少しの間があって、また叩いている。コン、コン、……。二度あることは三度ある――とは、どんな時に使う言葉だっただろうか。


 日が落ち、夜になったはずだった。


 コン、コン、コン。また、さっきのように扉を叩く音が聞こえた。コン、コン、コン。その音は、どこで鳴っているのか分からないが、耳の奥に響いてくる。あれ、でも……自分が向いている方向が変わったのだろうか、夕方に聞いたのとは、別の方向から音が聞こえている気がする。コン、コン……。


 窓の外の空が、昼間のように明るくなった。急に、時間が飛んでしまった感覚である。今は、果たして昼なのか夜なのか――。


 サンダルを履き、外へと飛び出した。自分が住んでいる町、見慣れた建物が目の前にはある。右も、左も、見知った道。人の姿もある。


 雨が降ってきた。手のひらを見ると、濡れてはいない。だけど、雨が降っていると、思った。雨音が、微かに聞こえている。


 コン、コン、コン。……どこの扉なのか分からない音が、耳に届いてくる。辺りを見ると、気が付かないうちに空は暗くなっていて、辺りは真っ暗で、人の姿が見えなくなった。


 コツ、コツ、コツ。今度は、扉を叩く音ではない。靴音だ。コツ、コツ……。誰かが、立ち止った。近いような、遠いような……音は辺りに響いていたので、距離感が分からない。コツ、コツ……コツコツコツコツ、コツコツっ! 急に靴音が早くなった。その見えない誰かは、離れて行ったようである。


 部屋に戻ろうか……。でも、足元は暗く、どことなく足が重くなっている。まだ、ここから動いてはいけない。確信があるわけではないが、そう心の声が言っていた。


 どこか遠くで、騒がしい声がしている。耳を澄ますと、段々と聞こえてくる。自分の心臓が鼓動する音が、ドクッ、ドクッと胸の中でしていて、男たちの声が聞き分けられるようになってくる。一人ではない。二人、三人、いや四人はいる。

「探せ!」とか、「早く見つけろッ。」とか、「俺は、あっちに行ってみる!」とか、「ヤバい。」とか、言っている。


 その言葉が聞き取れているのが不思議なくらい、小さな声だった。不意に、すごく近くで、女の子の声がした。


「ねえ、お姉ちゃんがいないの。どうしたらいい? 私が扉を叩いても、返事がないの。出てこないの。ねえ、どうしたらいいと思う? ねえ、聞いてる? ねえ、どうしたらいいと思う?」


 声がする位置が低いから、小学生かそれくらいの女の子だ。真っ暗で見えないから、誰に向かって話し掛けているのかが分からなかったが――その問い掛けに対して、答えていいのかどうしようか……と迷った末に、試しに言ってみた。


「そのお姉ちゃんって、何歳なの?」


 扉を叩いたという話を女の子はしているから、さっきまで聞こえていた扉を叩く音は、この子だったのかもしれない。近所に、幼い姉妹が住んでいたかどうかなんて、覚えてはいない。女の子からの答えが、返ってきた。


「お姉ちゃんは、八十歳。」


 女の子の声は、確かにそう言った。聞き間違いかと一瞬思ったが、お婆さんのことをお姉ちゃんと、言っているだけの可能性もある。


「ねえ、どうしたらいいと思う?」


 なおも、女の子は聞いてくる。どうしたらいいか……なんて聞かれても、警察に知らせるようなことでもないだろうし、相手が部屋から出てこないのは、どうにも出来ない。


「お姉ちゃんは、部屋で寝ていて、気が付かないだけかも。それか、たまたまどこかに出掛けているのかもしれないよ。」


 それくらいしか、思い付く答えがなかった。女の子は黙っている。


 コン、コン、コン。その時、また扉を叩く音が聞こえた。コン、コン、コン。今回は、少し遠くに聞こえる。部屋でお婆さんは寝ているかもしれないと思って、女の子が起こしに行ったのかもしれない。コン、コン……。


 再び明るくなった空を、見上げた。いったい、どうなっているんだ? でも、これでやっと部屋に戻れる。そう思って、空に向けた視線を、前に戻すと、そこには小学生くらいの背丈のガイコツが立っていた。ガイコツだから目はないが、こっちを見ている。


「わあっ!」


 驚いて、声が出た。ガイコツが手を掴んできて、咄嗟に身を引いた。そのまま、気付くと走り出していた。


 空が暗くなる前は、人の姿があったように思ったが、今は誰ともすれ違わない。コツ、コツ、コツ。靴音が聞こえる。いや、それは靴音ではないかもしれない。後ろを振り返れば確かめられるが、怖くて振り返ることが出来なかった。


 コツ、コツ……コツコツコツコツ、コツコツっ! 急に足音が早くなった。後ろから追いかけてきているのが、分かる。さっきのガイコツだったらどうしよう……。そんな悪い想像だけが、頭に浮かんできた。コツ、コツ……。足音が、立ち止った。


 しばらく走り続けた後、肩で息をしながら胸に手を当て、ようやく立ち止まった。後ろを振り返るが、ガイコツの姿はなく、誰もいない。


 誰もいないと思ったが、視線が勝手に……道の端にある一本の電柱の方へと動いた。目が、こっちを見ている。


 電柱の後ろに誰かが隠れていて、こっちの様子を窺っていた。――笑みを浮かべている。


 髪型とか、服装とか、どこがオカシイということではない。しかし、何かオカシイと感じた。この男の相手をしてはいけない。この男と関わってはいけない。直感的に、そう思った。


 顔は、優しそうに見えなくもない。でも、騙されてはいけない。一歩、また一歩と後ずさりながら、少しずつ距離を取り、息が整ったところで、また走り出した。


 道の先に目をやると、数人の男たちが横道から姿を現した。男たちは、三人いる。


「こっちにも、いないな。どうする?」


 そんなことを言って、男たちは周囲をきょろきょろと見回している。さっき、遠くで声がしていた男たちかもしれない。どうやら、誰かを探している様子だ。男たちは、ちょっと殺気立っている様で、異様な雰囲気がした。


 さっきのガイコツといい、何かおかしな事が起こっている。空が、急に明るくなったり暗くなったりするのも、やっぱり変だ。果たして、今は昼なのか夜なのか――。そんなことを考えていると、男たちがこっちを見た。


 どこからか、扉を叩く音が聞こえる。コン、コン、コン。その音は、どこで鳴っているのか分からないが、また耳の奥に響いてくる。


 もしかしたら、ガイコツが現れる前兆かもしれない。そう思って、周りに注意を払った。コン、コン、コン。男たちにも、この扉を叩く音が聞こえるのか、きょろきょろしている。


 コン、コン……。辺りが、一瞬のうちに暗くなる。


 雨だ……。雨が降っているような音と、感触がする気がする。真っ暗で、何も見えない。目を瞑ってみても、同じだった。


 さっきの男たちの声がする。しかも、凄く近くで――。男たちは、この暗い中でも移動していた。「今が、チャンスだ。」とか、「今しかない。」とか、「あそこを見ろ。」とか、言っている。


 最後に、「いたぞッ!」と言うと、男たちは走り出した。真っ暗だから、男たちが誰を探していたのかは分からない。今がチャンスだとか、今しかないと言っていたのは、この暗闇のことを言っているのか、どうなのか――。とにかく、男たちはこの暗闇の中でも、動けていた。


 この暗い中で、むやみに動くのは危ない。そのうちに、また明るくなるだろうと思って、しばらくその場でじっとしていると、気配がした。


「ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。」


 ぶつぶつ言いながら、歩いて行く男がいた。その姿は見えず、声だけがしていて、そばを通り過ぎて行く。


 コン、コン、コン。また、あの扉を叩く音が聞こえてきた。コン、コン、コン。明るくなるのを待ちながら、何がヤバいと言っていたのだろうと、男が繰り返していた言葉のことを考えた。


 コン、コン……。最後の音が鳴り、場面が切り替わるように周囲が明るくなった。


 パアーッと辺りが見渡せるようになったが、声がしていたはずの男の姿は、どこにも見えなかった。見える範囲には、ガイコツの姿もない。もう一人の怪しい男も、どうやらいないようだった。


 少し、遠くまで来てしまった。今なら自分の部屋に戻っても、大丈夫だろうか? 


 雨が降っているような音は、今はしていない。ただ……何が起こるか分からない、そう思って注意を払いながら、棒のようになっている足を、前へ前へと運び、来た道を引き返した。


 夜の町みたいに静かで、自分の息遣いだけが聞こえる。周囲は、普段見ている町と違わない雰囲気に見えるが、僅かに……どこか……違和感を覚えた。


 そうして歩いているうちに、アパートまで戻って来れた。――扉を開けて、一階の自分の部屋に入る。外は明るいはずなのに、なぜか窓からの光はなく、部屋の中は薄暗かった。


 電気のスイッチに手を伸ばすが、カチカチと小さな音が鳴るだけで、電気が点かない。サンダルを脱いで、とりあえず部屋に上がろうかどうしようかと迷っていると、背後で扉が鳴った。


 コン、コン、コン。鳴っているのは、隣の部屋の扉ではない。すぐ背後の扉からの音だった。コン、コン、コン。それに合わせて、空気も振動している。この後、最後の音が鳴ると、夜が昼に、昼が夜に切り替わるはずだった。


「ねえ、入れて。私を、お部屋の中に入れて。お姉ちゃんがいないの。」


 扉のすぐ向こうから女の子の声がして、ハッキリと耳にその言葉が届いてくる。女の子……声は女の子でも、その正体はガイコツのはずだ。


 頭の中に、その姿が蘇ってきた。扉の向こうにガイコツがいて、部屋の中に入れろと言ってきている。


 思わず、一歩……後ずさった。しかし、玄関の段差に足が引っ掛かり、床に尻もちを着くことになる。ドスンッ! 部屋の中で音がした。


「やっぱり、いるんだ。もしかして、お姉ちゃんもそこにいるの? ねえ、私をお部屋の中に入れて。」


 床に尻もちを着いた今の音で、部屋の中にいることが、あのガイコツにバレてしまった。もう居留守は使えない……。ドン、ドン、ドンッ。さっきまでよりも、強めに扉を叩いてくる。


「開けて。開けて。開けて。」


 言いながら、ガイコツは扉を叩き続ける。ドン、ドン、ドン、ドン、ドンッ! 


 扉の外からは、男たちの声も聞こえていた。

「こっちだッ。ここにも、いたぞ! 早く、その男にタッチさせろッ。無毒化させるんだ!」


 男たちが、焦ったように叫んでいる。この部屋に戻って来るまでの間は、あんなにも静かだったのに、今は騒がしい。


 タッチさせる? 無毒化? いったい、この町で何が起こっているというんだ……。


「ヤバい、見つかった。早く、扉を開けて……私を中に入れて……。」

 ガイコツが、弱々しい女の子の声で、扉の向こうで独り言を呟くように言っている。その直後だった。


「やめてーッ! 私に、触らないでーッ!」


 ガイコツの、悲痛な叫び声が聞こえた。カランコロン、カランコロン。そんなような音が扉の向こうの、地面の近くで響いていた。


「次に行くぞ。他にも、ガイコツどもに触られた奴が、どこかに隠れているはずだ。」


 男たちは、扉のすぐ向こうで話している。玄関の扉の覗き穴から覗いて見ると、電柱の後ろにいたあの怪しい男が、男たちに腕を引っ張られて、連れて行かれるところだった。ガイコツどもに触られた奴? それを、男たちは探して回っている。


 そして、ガイコツを見つけると、あの怪しい男に触れさせて、無毒化している。無毒化されたガイコツは、どうなってしまうのか? 


 カランコロン、カランコロン、と響いたさっきの音が、耳に残っていた。


 部屋の中のほうに視線を戻すと、そこには一人のお婆さんが立っていた。その体は透けているように見える。恨みがましい目で、こっちを見ている。


「だから、早く私をお部屋の中に入れてって、言ったでしょう。どうして、扉を開けてくれなかったの? あなたも、同じなのに。ねえ、お姉ちゃん。」


 お婆さんから言われて自分の手を見たが、ガイコツにはなっていなかった。だが、透けている。部屋の奥に目をやると、ガイコツが床に横たわっていた。


 お婆さんが、急に手を引っ張ってくる! 次の瞬間、気付くと私は天井を見上げて、床に横たわっていた。


 もう一度、自分の手を見ると、白い骨だけのガイコツになっている。まさか、男たちが話していた毒に私も侵されてしまっていたというの!?


 ――これから、鬼ごっこが始まる。私か、あの男たちか、どちらが鬼か分からない鬼ごっこ。あなたは、どちら側に今いますか? 今、昼ですか? 夜ですか?


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