コザクラ戦

 大和のコレクトにより、ゆずが正気を取り戻した。


「……ぁ。え、あれ。ここは……」

ゆずはきょろきょろあたりを見渡している。


俺と恭介はゆずが正気になったのを確認して人神一体を解除した。


恭介の狐のお面から凛が、俺の体から小太郎が飛び出してくる。

俺たちの姿は元通りになった。


ゆずは俺たちの方を向いた。

「え、なんで天音たちがいるんですか? それに随分と成長してる? あれ、早乙女さんに望月さんまで。え?」

相当困惑しているようだ。


「ゆず……やんな?」

日向がゆずに近づいて、確かめるように顔を覗き込んだ。


「え、はい。ん? えーっと。もしかして、日向ですか?」

「ッ!」

日向はゆずに抱きついた。


「わ! どうしたんですか?」

ゆずは訳が分からずあわあわしている。


天姉もそこに加わるようにゆずに抱きついた。

日向も天姉も泣いていた。

ゆずは困った顔をしながら二人の頭を撫でていた。



 ひとしきり泣いた後、二人はそっとゆずから離れた。

日向は大和の方に向き直った。


「ありがとな。大和のおかげでゆずとまた会えた」


「役に立てて良かったです。ちょっとでもあなたたちに恩返しできましたかね?」


「おう。もちろんや」

日向はニッと笑った。


「大和がいてくれて本当に良かった。私からもありがとう。いや~それにしてもちゃんと活躍できたね。やるじゃん」

天姉が大和の脇腹をつんつんと突いた。


「今までマジでいいとこなかったですからね。少しくらいは活躍しないと」


「またまた~謙遜しちゃって~。うりうり~」

今度は頬を突き始めた。


俺や恭介や早乙女さんや望月さんもみんなで大和に感謝を伝えた。


大和は視線を泳がせて頭を掻いた。


「あんまり感謝されまくるとなんだか照れくさいですね」


俺はそんな大和を見て微笑ましく思った。


「まぁ大人しく感謝されるが良いでゴザルよ。にしても天姉はいつまで大和の頬を突くつもりでゴザル?」

「飽きるまで」


ずっと頬を突くことを止めない天姉を無視して、大和が話を進めるべくゆずに訊いた。


「えーっと。ゆずさん? も混乱していると思うんですけど質問してもいいですか?」

「ええ。もちろん構いませんよ」


「ゆずさんはたった今正気を取り戻したわけですけど、その前の記憶はどこまでありますか?」


ゆずは記憶を探るように少し考え込んだ。

そして話し出した。


「確か……私は兵士の人に攫われて、それから桜澄さんたちが助けに来てくれたことに気がついて、えーっと。そうだ。魔法を使って居場所を知らせようとしたけど、それを兵士の人に邪魔されてしまって。それから多分兵士の人が私に向かって魔法を放ったんです」


そこまでは俺たちも知っているところだ。

ゆずは俺たちの知らないそれから先の話を始めた。


「私はその魔法を受けたことによって命を落としかけたんですけど、死んでしまう直前にどこか知らない場所にテレポートしたんです」

「テレポート、ですか?」


大和は日向の方を見たが、日向は首を横に振った。


「当然それは私の仕業じゃないで。そもそも当時はまだ空間魔法の研究が完成してないからな」


「そうですか。あ、すみません話を遮ってしまって」


「いえ。ん? 今の口ぶりからすると、空間魔法は完成したんですか?」


「ああ。私がゆずの研究を引き継いで完成させた」


「……日向は昔からすごいとは思っていましたけど、本当に天才ですね」


「すごいやろ。褒めたくなってきたんやないか? もうちょい頭撫でとくか?」


日向はゆずに向かって頭を突き出した。

ゆずは少し困ったように笑って、日向の頭を撫でた。


どうでもいいが、日向は結構ゆずに甘える。

俺たちにとって先生は父親でゆずが母親みたいなもんだったのだ。


「えーっと。それで話の続きは」

大和が遠慮がちにゆずに話の続きを促した。


「ああすみません。えーっと。テレポートした私の前には自らを天使だと名乗る方がいました。その方によると、私は桜澄さんの弱点になるから利用させてもらうとのことでした。具体的には、瀕死の状態を回復させてから過去の裏世界に魔王として召喚すると言っていました。その際に自我はなくなるとも言っていましたね」


恭介が苦虫を噛み潰したような顔をした。


「つまり、ゆずをお飾りの魔王の器として利用したのか。偶然大和に状態異常を治すっていう魔法があったからゆずを正気に戻す、っていうか失った自我を取り戻すことができたから良かったけど」


「しかもそこにはゆずの姿をしていれば先生が攻撃しにくいだろうからっていう外道な考えもあったんでゴザルな。この世界の神であるノケデライオも天使もつくづく性格が終わってるでゴザル」


俺たちの話を聞いて大和が慌てて言った。

「ちょっと待ってくださいよ。色々おかしいでしょ」


今回は珍しく天姉が大和側に立った。

「私も腑に落ちないところがあるんだけど」


日向は先読みするように言った。

「時系列がおかしくなるんやないかって話やろ?」


「そうです。だってコザクラさんは魔王が誕生した責任を負わされたことで英雄から一転、人類に目の敵にされたわけじゃないですか。え、本当に意味が分からないです。ゆずさんは過去に召喚された? あれ? 混乱してきました」


「多分あんまり理屈がどうこう考えても仕方ないんやと思う。天使とかが関わってるんやったら正直何でもありやからな」


「それにしたって。なんかパラドックス的なことになりません? 魔王が誕生したことでコザクラさんが英雄じゃなくなって戦わなくなって、戦わせるためにゆずさんが攫われて。でも魔王の正体は過去に召喚されたゆずさんで。ほら、なんかおかしくないですか?」


「もう考えない方がいいでゴザル。分かっておけばいいことは天使とかがクソだってことと、ゆずが今こうして生きてるってことだけでゴザル」


「まぁそれもそっか」

天姉は納得したようだ。


「んーまぁそうですね」

大和もなんとか受け入れたっぽい。


「あーそれにしても疲れちゃったね~。魔力も結構消耗しちゃったよ」

望月さんが腰に手を当てて息を大きく吐いた。


「あ、俺が回復させましょうか」

「そういえば大和君の魔法はそんなことができるって言ってたね。お願いできる?」


「いいですよ」


俺も回復してもらおう。

「俺もいいでゴザルか。人神一体って結構魔力消費するんでゴザルよ」


「いいですよ」

「私も」

「僕もいい?」


「はい。全員やりますからちょっと待ってください」


大和はみんなにコレクトして回った。


そして俺の番の時。


大和がコレクトしてくれた後にお礼を言おうとすると

「ありがとうでザル。……ん? ザル?」

俺のゴザル口調がなんとザル口調になってしまった。


「あれ、なんかおかしいでザル」

「あ、それ多分俺のせいです」

「どういうことでザル?」


「えーっと。けいって五感を強化する魔法を使ってるって言ってたじゃないですか。だからその効果を消さないようにしながら魔力を回復させられるように意図的に込める魔力の量を絞ってみたんですけど」


大和はコレクトの性質について説明した。


どうやら込める魔力が少ないと中途半端な効果になるらしい。


それを逆手にとってあえて魔力の量を少なくすることでバフを残しながらデバフを消す、みたいなことを試みたようだ。


「あーそういうことでザルか。なるほどでザル。そんなに魔力の扱いが上手になってたのに今まで俺たちに隠していたのが何故なのかは知らんでザルけど」


「ぎくっ!」

大和は露骨に目を逸らした。


「ま、まぁそんなことどうでもいいじゃないですか。とりあえずそのザル口調を消すためにもう一回やってみますね」


「っていうか俺は別に天姉みたいに常に魔法を発動してるわけじゃないでザルから普通にやっていいでザルよ」

「あ、そうなんですか。じゃあ普通にやります」


そう言って大和はもう一度俺にコレクトした。


「ありがとう。あ、とうとうゴザル口調が完全に消えちゃった。さらば俺のゴザル口調。フォーエバー」


「一人称は俺のまんまなんだね」

恭介がテンション高めな俺にちょっと引いた感じに言ってきた。


「なんかもう染みついちゃったみたいでゴザルな」

「おい。ゴザル口調も染みついちゃってるぞ」

「失礼。ミスった」


「大和ー。私にもいいかい? できればこの前みたいに身体強化が消えちゃわないように、さっき言ってた感じで魔力を絞ってくれるとありがたいんだけど」


「分かりました。でも今練習中なんで上手くいくか分からないですけど」


大和は天姉にコレクトした。


「どうです?」

「おー! 上手くいってる! ちゃんと魔力も回復してるし身体強化も消えてない!」


「ほー。良かったです。でもこれマジで集中してないとミスりそうですね」


大和はコレクトで消耗した魔力を回復させるために、この前買った水色ポーションを少し薄めたものを飲みながら言った。


覚えてないかもしれないけど、コレクトでは大和自身の怪我なんかは治せても魔力を回復させることはできない。


「それにしたってその能力は先生との戦いでも絶対役に立つだろうね。頼りにしてるぜい?」

俺が大和の肩に手を置くと大和はニコッと笑った。


段々成長している大和に対して師匠としてなんだか誇らしい気持ちになっていた俺にゆずが不安そうに訊いてきた。


「今、先生との戦いって言いましたよね? 桜澄さんと戦うんですか?」


そういえばゆずにはまだ話していなかった。

ゆずがいなくなってからのことを。


俺たちはゆずに今どういう状況なのかということや俺たちが今からしなければならないことを説明した。


ゆずは苦しそうに顔を歪めた。


「そんなことに、なっていただなんて……私の」

早乙女さんがゆずの言葉を遮って言った。


「勘違いしないように先に言っておくが、あなたのせいじゃない。自分を責める必要はないからな」


「……そうですね。自分を責めたところで状況は何も変わらない。私が今やらなければならないことは、みんなと一緒に桜澄さんを止めることです」


ゆずは顔を上げた。

大和がその様子を見て少し言いにくそうに言った。


「えーっと。早乙女さんとゆずさんは一体どういう関係なんですか? チェルボで話してた時もちょっと思ったんですけど」


早乙女さんは心底訳が分からないといった感じに首を傾げた。


「言わなかったか? ゆずさんは桜澄と一緒に島崎道場に加わってきた。それで知り合ったんだ。俺はゆずさんのことを桜澄の友人の優れた研究者だと認識していた。それだけだ。だからどういう関係かと言われてもな。同じ道場にいた、っていう関係だが」


「んー。多分大和君が言いたいのは、恋人だったりしなかったのかってことじゃないの?」


望月さんの言葉を聞いて早乙女さんは一瞬固まった後、寂しげに微笑んだ。


「それはないな。俺はゆずさんを尊敬はしていたが恋心を持ったことはない。それにな、ゆずさんは桜澄を誰よりも大切に思っていたし、桜澄もまたゆずさんのことを誰よりも大切に思っていた。だから桜澄はゆずさんを奪われた時にこれ以上ないくらい怒り狂ったんだ」


「なるほど。ゆずさんはコザクラさんのことが好きだったんですね」


「はい。大好きです。だから、止めないと」


ゆずは決意に満ちた目で夜空を見上げた。



 それから俺たちは魔王城の入口の付近まで戻った。


そこにはバランがいて、俺たちが戻ってきたことに気がつくと駆け寄ってきた。


「交渉は、上手くいったということでしょうか?」

バランがゆずを見て言った。


「まぁそんなとこやな。ところで、これまたすごい数集めたな」


日向が集結した魔物の大群を見て感心したように言った。


「はい。頑張りました」

「頑張りましたって……どのくらいいるんですか?」


大和の質問にバランは

「大体十万匹くらいいます」

とんでもないことを言った。


暗くて全体が見えているわけではないが、確かにずっと遠くの方にまで魔物が所狭しとひしめき合っている。


大和が魔物の大群から目を逸らして後ろを向いた。


「どうしたの?」

俺が声をかけると大和は

「いや、流石に怖いです。一匹にすら勝てない相手が十万もいるなんて正直怖すぎて見れないです」

と言って、魔物たちに背を向けたまま蹲った。


俺は大和を励まそうと隣にしゃがもうとした。


その瞬間。


寒気を感じて振り返った。


いる。

間違いない。


先生だ。


「来た」

恭介が呟くように言った。


大和以外はみんな魔物の大群の奥の方に視線を向けた。


「え、どうしたんですか?」


俺たちの異変に気がついた大和が立ち上がって首を傾げる。


「ラスボスのおでましや」

「え、それってもしかして。あ、空が……」


大和が呆然と夜空を見上げた。


先ほどまで雲一つなく晴れ渡っていたのに、どこからか雲が急速に集まってきた。


それは夜空に幾何学的な模様を描くように動いている。

まるで魔法陣のような。


……ちょっと待て。

夜空は黒く、雲は白い……。


いち早く気がついた日向が声を上げた。


「! 白黒魔法陣ッ!? みんな、衝撃に備え」


日向が言い終わるよりも早く、夜空に描かれた白黒魔法陣から雷魔法が放たれた。


空から雨のように絶え間なく雷が降ってくる。

凄まじい音が鳴り響く。

地面が大きく揺れ動いた。


雷が降り注いでいるのは、俺たちの遥か前方。

多分魔物の大群のちょうど中心くらいの場所だ。


しかし衝撃の余波だけでもとんでもない。


やっと音が止んだと思って前を確認してみると、さっきまでひしめき合っていた魔物の大半が雷に焼き払われていた。


空を見ると、魔法陣を表現していた雲はどこかへ去っているようだった。


遮るものがなくなったことにより月明りが地面を照らし出した。


それによりどうなったのかはっきり確認することができるようになった。


腐るほどいた魔物の大群はそのほとんどが消えている。


生き残った魔物もどこかへ逃げるように去っていった。


ふとバランの方を見てみると、目の前で起こったことが信じられないというように唖然としている。


俺は相変わらず化け物な先生に対して恐怖すると同時に、この場にはそぐわないかもしれないが、懐かしさを感じていた。


「変わらんな、桜澄さんは」

日向も俺と同じようなことを思っていたらしい。

遠くに見える人影を懐かしそうに見つめていた。


そして俺たちの方に振り返ると

「覚悟はええな。行くで。最終決戦や」

そう言って先生に向かって歩き出した。


俺たちはいつでも戦えるように気を引き締めて日向に続いた。


地面は先ほどの雷魔法によってボコボコになっている。

焼け焦げた臭いが鼻につく。


ほどなくして互いの顔が見えるくらいの距離にまで近づいた。


俺たちも先生もそこで立ち止まった。


先生はボロボロの服を着ていた。

いかにも旅人といった風貌だ。


俺たちは無言で見つめ合った。

多分それは一瞬のことだったんだろうが、俺には随分長い時間に思えた。


沈黙を破ったのは先生だった。


「久しぶりだな」

「ご無沙汰してます、先生」

恭介が一歩前に出て言った。


先生は目を伏せながら

「邪魔しないでくれ。俺にはやらなければならないことがある」

「知ってますよ。それを止めに来たんです」

今度は俺が先生に言った。


先生は何も答えなかった。


無表情な先生の前にゆずが立った。

先生はゆずのことを見ると、目を大きく見開いた。


「ゆず……? どうしてゆずが……」


「桜澄さん。私はあの時命を落としたわけじゃなくて、天使に魔王として過去に召喚されたんです。……ねぇ桜澄さん。こんなこと、やめませんか。もう苦しまなくていいんです。人類とも魔族とも敵対しなくていいんですよ。あなたは、楽になっていいんです」


先生は何かを噛み潰すように、押し殺すように顔を歪めた。

そして絞り出すように言った。


「……もう遅いんだ。俺は立ち止まるわけにはいかない。俺はゆずが目の前から消えたあの日、あの国を滅ぼした。大勢を殺した。俺が途中で投げ出してしまったら、その人たちの死は無駄だったことになってしまう。俺は殺した人々の死に意味を与えるために、止まるわけにはいかないんだ」


俺はその言葉に先生らしさを感じると同時に呆れた。


「先生は変なとこでクソ真面目だから困ったもんだ」


先生は迷いを断ち切るように背後に白黒魔法陣を二つ表示した。


「召喚魔法か!」


日向の言う通り、魔法陣が発動すると巨大な二体の龍が召喚された。


白い龍と黒い龍。

二体の龍は空に向かってそれぞれ自分の体と同じ色の炎を吐いた。


「こっちにも一応召喚魔法はあるんや!」


日向はエレジデンから貰った魔法書を取り出した。

これは精霊を召喚するものだ。


日向が魔法書に魔力を込めると、先生が召喚した龍には及ばないがそれでも中々の大きさで、さらには体に真っ赤な炎を帯びている鷹のような姿をした精霊が召喚された。


精霊は果敢に二体の龍に向かっていった。

しかし二体の龍と精霊の力の差は歴然で、放っておけばすぐに負けてしまうだろう。


だが安易に加勢に行くわけにもいかない。


目の前には世界のバグみたいな強さの化け物、小野寺桜澄がいる。


この人に対しては全員でかかっても勝てるか分からない。


一瞬どうしようかと思ったその時、遠くの方からなにやら音が聞こえてきた。


音のする方に目を向けてみると、俺は思わず頬を緩めてしまった。


俺が見たのは飛行戦艦。

あれはおっちゃん、シグロ・ゼラクのものだ。


以前、おっちゃんの別荘みたいなところに連れていかれた時

「これ、俺のもんなんだぜ。すげーだろ」

と自慢されたことがある。


流石、元国魔連事務総長だ。

個人で飛行戦艦を所有するなんて意味の分からないことをしている。


「ゼラクさんか……」

先生は飛行戦艦を軽く見上げた。


そして

「誰が来ても変わらない」

と言ってまた白黒魔法陣を空中に表示した。


ちくしょう。

当たり前のように白黒魔法陣を使いやがる。


俺と恭介と早乙女さんと望月さんの四人で先生を取り囲むようにして、魔法を阻止すべく先生に攻撃を仕掛けた。


先生は右から斬りかかる俺の刀の側面をデコピンで弾いて軌道を逸らし、左から殴りかかる恭介の拳を左の裏拳で砕き、正面から早乙女さんが振り下ろす斧を右のハイキックで側面を蹴って破壊し、背後の望月さんが振り下ろす斧を振り返りながら左手だけで白刃取りのように掴んだ。


一連の動作を事も無げにやってのけた先生は躊躇なく飛行戦艦に向かって魔法陣を発動した。


えげつない威力の火炎魔法が飛行戦艦に迫る。


しかし、魔法が当たる直前に飛行戦艦は俺たちの近くにテレポートした。


当然日向の空間魔法だ。

それを見ても先生に動揺した様子はなかった。


分かっていたとでもいうように視線を外すと、掴んだままだった望月さんの斧の刃をパキッと折った。


俺たちは一度先生から距離を取った。


着陸した飛行戦艦の中から、なにやらぞろぞろと人が降りてきた。


その様子を先生は黙ってみていた。


降りてきた人の中にはやっぱりおっちゃんがいた。


「よう」

おっちゃんは先生に向かって声をかけた。

先生は何も答えない。


「……はぁ。まぁいいか」

「どうしてここに?」

天姉がおっちゃんに訊いた。


おっちゃんは

「玄柊に頼まれたのは反魔の書をセノルカトルの大図書館から盗み出すことと、その後にお前らと協力して桜澄を止めるってことだったからな。こいつらはここに来る途中拾った」

と言って、後ろにいる飛行戦艦から降りてきた人たちを振り返ることなく親指で指差した。


よく見るとその中にはチェルボで最初に会った、俺たちを魔物だと勘違いして早乙女さんと一緒に斧を投げてきた人たちの姿があった。


さらにはさっき魔人の村で別れたフグニコもいる。


つまり、今飛行戦艦から降りてきたのは

「チェルボ国民と魔人の村の魔人たちか」

日向が嬉しそうに言った。


「事情を話したら協力するって言うもんだから連れてきたが、迷惑だったか?」


「いや、普通にありがたい。ありがとねおっちゃん」


俺が素直にお礼を言うと

「おう。んじゃ俺たちはあれをなんとかするか」

と言って日向が召喚した精霊が黒龍と白龍を相手に戦っている方に向かって行った。


見たところ大体五十人くらいいる。

強力な助っ人だ。


バランが

「私もあちらに加勢して来ます」

と言っておっちゃんたちを追いかけた。


「分かった」

恭介が短く返事した。


せっかく助っ人が来てくれて龍たちの方を対処してくれることになったのに、何故バランがあっちに行ったのかということについて説明しよう。


さっき魔物の大群が一瞬でやられたことを考えれば分かるのだが、数だけ集めても仕方がないのだ。


俺たちに勝機があるとすれば、それは先生を除く世界最高レベルの強さを持つ者たちが集まって上手く連携すること。


つまり俺たちだ。


バランは強さに関しては問題ないかもしれないが、今日会ったばかりだ。


連携という部分ではむしろ足を引っ張ることになりかねない。


その点、俺たちは家族だ。


連携は完璧、な、はず。

多分。


早乙女さんと望月さんに関しては会ったばかりではあるが、合わせやすい。


おそらくルーツが同じだからだろう。


二人はげんじーの弟子。

俺たちはげんじーの弟子の弟子。


なんか息が合うのだ。


だから俺たちは七人で戦うことに……。


あ、大和。

普通に忘れてた。


先生と対峙してから一言も発さないので気がつくのが遅れたが、大和は腰を抜かしたように座り込んでいた。


多分先生の研ぎ澄まされた殺気にあてられたんだろう。


可哀想だけどあんまり気にしてられない。

先生がまた白黒魔法陣で魔法を放とうとしている。



 俺は七人が戦っているのをただ馬鹿みたいに眺めていた。


また白黒魔法陣を使おうとするコザクラさんを前に恭介とけいは人神一体を行った。


二人が例の姿になる。


早乙女さんと望月さんはさっきコザクラさんに斧を破壊されてしまったので、魔法と格闘術で戦うことにしたようだ。


魔法陣の発動を阻止するように早乙女さんがコザクラさんに蹴りかかった。


速い。

俺には目で追うことすらできないほどの速さだ。


しかし、コザクラさんはそれ以上の速さで動く。

早乙女さんの蹴りを軽く受け流した。


間髪入れずに望月さんの氷結魔法がコザクラさんに迫る。


コザクラさんは隣にいる早乙女さんの腕を掴んで氷結魔法に向かって投げ飛ばした。


つららのような氷結魔法が早乙女さんに突き刺さる寸前で、早乙女さんは日向によってテレポートした。


早乙女さんを盾にすることができなかったため、そのまま氷結魔法はコザクラさんに迫る。


コザクラさんが目の前の氷結魔法に手を伸ばしたタイミングで、コザクラさんの背後から天音が襲い掛かる。


後頭部に殴りかかる天音の右拳を振り向くこともなく掴み、正面の氷結魔法をもう片方の手で殴って粉砕したコザクラさんは掴んだ天音の拳を手離すと同時に後ろ蹴りをした。


しかしそこに天音はいなかった。


また日向のテレポートだ。


どうやらコザクラさんは天音と同じように常に身体強化の魔法陣を発動しているらしい。


だがそれは天音のと違って白黒魔法陣だ。

だからあんなに異常な速さで動ける。


空を蹴ったコザクラさんに休む間を与えないようにけいが斬りかかる。


コザクラさんはすべて見切っているかのように最小限の動きでそれを躱す。


そこに恭介が幻惑魔法で作った大量の機関銃を一斉掃射した。


あの状態のけいには幻惑魔法が効かないから、コザクラさんだけを攻撃できるわけだ。


コザクラさんはそれをチラッと見ると、攻撃を続けているけいの手首を掴み刀を奪った。


そして銃弾をすべて叩き斬る。


コザクラさんは勢いのままけいのことも斬ろうとしたが、その時コザクラさんの手元から刀が消えた。


例によって日向のテレポートで、刀はけいの手元に戻ったのだ。


しかしけいは攻撃を再開せずにコザクラさんから距離を取った。


ゆずさんがコザクラさんに向かって三原色魔法陣で風魔法を放ったからだ。


コザクラさんはそれを見て、遂に白黒魔法陣を発動した。


コザクラさんが放ったのは火炎魔法。


それはゆずさんの風魔法を打ち消して余りある威力だった。


風魔法により少しだけ威力が弱まったが、それでもまだまだ凄まじい威力の火炎魔法がみんなに迫る。


日向はそれに杖を向けて水魔法を放った。


天音とけいもスマホを取り出して、画面に表示させたオレンジ色の魔法陣で日向に加勢するように水魔法を放つ。


それにより火炎魔法の大部分は打ち消すことができたが、俺の方にも少しだけ流れ弾のように炎が飛んできた。


俺は慌ててポケットからさっき天音が殴った時に拾った魔王城の門の破片を取り出してコレクトした。


目の前に門が現れる。

それはギリギリ魔法を防いでくれた。

門は燃え尽きて塵となり俺に降りかかった。


俺の方に来た流れ弾は残りカスみたいなものだったから助かった。


……次元が違う。


けいたちがコザクラさんを持ち上げていた理由が分かった。


あれはまったく誇張などではなかった。

コザクラさんは正真正銘の化け物だ。


けいたちは全力でコザクラさんを倒そうとしている。


連携も、少なくとも俺にはできているように見える。


しかしコザクラさんはそれをものともせず、軽くあしらうようにしている。


あんなレベルの戦いに俺なんかが混ざれるはずがない。


完全に蚊帳の外だ。


けいが日向に言った。

「駄目だ。全然勝てる気がしない。日向、時間魔法とかでどうにかなったりしない?」


「んー厳しいな。例えば時間魔法で桜澄さんの動きを止めてその間に攻撃しまくるみたいなことをやったとしても、防御力が高すぎて一回じゃ倒しきれん。そんで時間魔法って魔力の消費が激しいし、単純にムズいから集中力がごっそり持っていかれる。連発して何回も時間止めるんは無理やし、一回止めた後はしばらく空間魔法が使えんくなると思う」


けいは

「あーそりゃマズイな。日向のテレポートがなくなるのはキツい」

と言って苦い顔をした。


ふいに日向が俺の方を一瞬見たかと思うと、俺の隣に恭介と日向がテレポートしてきた。


「大和、コレクトしてくれ」

「……え、あ、はい。分かりました」


日向の言葉に一瞬遅れて反応する。

みんなの戦いを眺めているだけだったから忘れていたが、一応俺もこの戦いの当事者だったんだった。


「! 日向の魔力が回復した? それにさっき砕いた恭介の拳も治った。……なるほど。回復役がいるのか」


コザクラさんは俺の方を見てそう言った後、視線を二体の龍の方へと移した。


俺もつられて見てみると、少し様子がおかしいことに気がついた。


コザクラさんが召喚した黒龍と白龍は、日向が召喚した精霊やさっき加勢に来てくれた人たちと戦っているわけだが、なんだか見当違いな場所に向かって炎を吐いている。


コザクラさんはそれを見て

「まだ完成してないな」

何かを呟くと

「無駄に長引かせる必要もないだろう」

そう言って魔法書を取り出した。


日向がそれを見て絶望したように目を見開いた。

けいが日向に向かって叫ぶ。


「日向! 大和を守れ!」

コザクラさんの背後に白黒魔法陣が現れた。



 先生が取り出した魔法書は魔力を吸収するというものだ。


あれを使われた瞬間、俺たちはうまく魔法を使うことができなくなった。


魔法を使っても魔力があの魔法書に吸い取られて、魔法が消えてしまうのだ。


そんな状態の俺たちに先生は容赦なく白黒魔法陣を発動する。


魔法をぶつけて相殺することもできなければ逃げることもできない。


だが、まともに受ければ言うまでもなく怪我じゃ済まない。


俺に大和を守れと言われた日向は弾かれたように大和に杖を向けた。


日向の空間魔法はこんな状態で使えるほど簡単なものじゃない。

つまりテレポートで逃がすことはできない。


空間魔法だけでなく高度な魔法は基本的に使えない。


だから日向は大和の周囲に簡単な結界魔法を張って、それが吸収されて消える前に全魔力を注ぎ込んで強化した。


あの魔法書が魔力を吸収するスピードが追い付かないほどの魔力が込められた結界は素晴らしく頑丈になった。


きっとどんな魔法からでも大和を守ることができるはずだ。


大和は自分の周りに結界ができたことと日向が倒れたことから、自分が日向によって守られたことに気がついた。


内側から結界を叩いて泣きながら何かを叫んでいる。


魔法から守るために俺が倒れた日向に覆い被さったところで、先生の白黒魔法陣による雷魔法が俺たちに直撃した。



 俺は何をしにきたんだろう。


ヒーローになりたいとか無理を言ってみんなについてきて。


結局足を引っ張ることしかできなかった。


俺なんかを守るために日向は魔力を使い切って倒れた。


俺を守った日向の結界はコザクラさんの魔法に耐えた。


俺は助かった。

俺だけが守られて助かってしまった。


みんなはコザクラさんの雷魔法によって倒れた。


コザクラさんはそんな状態のみんなにとどめを刺すことにしたようだ。


俺はみんなの元に向かおうとして日向の結界を壊そうと内側から何度も殴る。


しかし拳から血が出るまで殴っても日向が全力で強化した結界にはひびすら入らない。

刀で斬りつけても同じだ。


俺はみんなにとどめを刺そうとしているコザクラさんのことを結界の中から指を咥えて見ることしかできない。


コザクラさんは例の二体の龍の方を見て

「完成したみたいだな」

と言った。


その時、なんとか体を起こした恭介が龍の方を見て顔をしかめた。


「あの龍たちは炎で地上に白黒魔法陣を描いてたんだな」


さっき見当違いな場所に炎を吐いていたのは、精霊や加勢に来てくれた人たちに対する攻撃ではなく魔法陣を描いていたからだったようだ。


炎によって地上に描かれた白黒魔法陣の数は七つ。


「四つが火炎魔法で、三つが風魔法か。ほんっと、容赦ないな……」


恭介と同じく苦しそうに顔を歪めながら体を起こしたけいが吐き捨てるように言った。


二人の人神一体はさっきの雷魔法のダメージによって解除されてしまったようだ。


凛も小太郎もボロボロになっている。


このままじゃみんな死んでしまう。


俺のことを助けてくれて、足手まといにしかならない俺をこんなところまで連れてきてくれた優しくて気の合う大切な友達が。


俺はその時、自分の中に怒りがふつふつと湧いてくるのを感じていた。


弱い自分が許せない。

俺は一体何をしに来たんだ。


覚悟を決めたじゃないか。

ヒーローになるって。


それなのに俺は今、何をしている?

目の前で友達が殺されるのを黙って見てるつもりか?


ふざけるな。

失ってたまるか。

殺させない。


コザクラさんがいくら強くても、そんなことはどうでもいい。


俺が絶対に守ってみせる。


小野寺桜澄に立ち向かう覚悟が決まった俺は自分の中から魔力が溢れ出てくるのを感じた。


そしてようやく自分の魔法の使い方を知った。


「そうか……この魔法は、そういうことだったのか」

俺は日向の結界に指先で触れ、魔力を込めた。


結界はパリンと音を立てて割れた。



 先生が七つの白黒魔法陣に魔力を込め始めた時、大和を囲っていた日向の結界が割れた。


俺の隣にうつ伏せで倒れたままだった日向が顔だけを上げてその光景を目にした。


「嘘やろ……なんで結界が壊れたんや……。いくら桜澄さんの魔法を食らって耐久削れてたとはいえ私が全魔力込めたんやぞ? 大和が壊せるわけが、え?」


結界の中から姿を現した大和は髪と目が燃えるように赤かった。


俺はそれが大和であると一瞬信じられなかった。


見たことがないほど鋭い目つきで、俺にはまるで別人に思えた。


大和はこちらに近づいてきて俺と日向の肩に手を触れた。


すると俺と日向の魔力は回復し、先生の魔法を受けたことによるダメージも消えた。


大和は先生の方に向き直ると、スタスタと歩きだした。


俺たちはあっけにとられてその姿をボーっと見つめていたが、ハッとした日向が慌てて大和を呼び止める。


「逃げろ大和! 桜澄さんは今から魔法を放つ気や!」


振り返った大和は

「大丈夫です」

と短く答えてまた先生に向かって歩き出した。


「なにしとるんや! 早く逃げろ!」

大和は今度は振り返りもしなかった。


日向は逃げない大和を無理やり逃がそうと指を鳴らした。

しかし大和をテレポートさせることはできなかった。


「なんで……桜澄さんがあの魔法書使ってるわけでもないのに……」


日向が不安そうに大和の背中を見つめる。

俺はなんだか今の大和の邪魔をしてはいけないような気がして動くことができなかった。


向かってくる大和を気にすることなく先生は七つの白黒魔法陣を発動した。


先生が放った魔法が大和に迫る。

大和は立ち止まった。


「大和!」

日向が叫ぶ。


大和は突っ立ったままだ。


とうとう炎が渦巻く竜巻のような魔法が大和に直撃した。


瞬間。

魔法が消失した。


「……は?」

先生が呆けた声を出した。


俺も意味が分からず口を開けたまま固まっていた。


大和は何も特別なことは起こらなかったとでもいうように、さっさと踵を返して俺たち以外のみんなにコレクトして回った。


俺たちが呆然とそれを眺めていると、向こうで龍と戦っていたおっちゃんたちがこっちに来た。


「おーい。あの龍なんか急に消えたぞ。精霊も消えたし。……ん? 何があった?」


おっちゃんがボケッとしている俺に話しかけてきた。


あの龍は魔法陣を描くためだけに召喚したものだったのだろう。


いや、今はそんなことどうでもいい。


「……今の、どういうことだ。魔法が消えた?」


日向の方を見てみると、難しい顔をして考えているようだった。

かと思ったら突然にやけるように頬を緩めた。


「どうしたの?」


俺が訊くと

「いや、なるほどなって」

よく分からない答え方をした。


そこへ大和にコレクトしてもらった恭介たちが来た。


大和は全員にコレクトし終えるとまた一人で先生の方に向かって行った。


「あ、大和一人で先生のとこ行っちゃった! 俺たちも行かないと!」


俺が大和のところに向かおうとするのを日向が止めた。


「ちょっと待て。今行ったらむしろ邪魔や」

「どういうこと?」


天姉が大和の背中と日向の顔を交互に見ながら不安そうに訊いた。


「いつか説明したやろ? 魔法って現象の正体」

俺たちは日向が何を言いたいのか分からずに首を傾げる。


「魔法ってのは、魔力を込めることでマナの性質を炎やったり水やったりに変えることや。マナは通常安定してる。魔力を込めた時にしか反応を起こさん。要するにマナにとっての正常な状態は、なんの反応も起こってない状態ってことなんや」


「……つまり、大和はマナに対してコレクトすることでマナの状態を正常にして魔法を消したってこと……?」

俺の言葉に日向は頷くことで答えた。


「……ハハ。なんだそれ。実質反魔法じゃん。ハハ……」


俺は泣いていた。

泣きながら笑っていた。

嬉し泣きってやつだ。


「……やっとヒーローになれたんだな、大和」

恭介が大和の背中に向かって呟くように言った。



 先生と向き合った大和は目を逸らすことなく正面から先生を見据えた。


「さっきのはどういうことだ」

先生が問い詰めるように大和に言った。


「俺に魔法は効きません」

大和は怯むことなく答えた。


先生は信用できないとでもいうように大和に雷魔法を放った。


それは大和の体に触れた瞬間、消えてなくなった。


「……魔法が効かないというのは、どうやら本当のことらしいな。だが」

先生は構えた。


「俺は別に殴り合いでもいいぞ」


先生が目にも止まらぬ速さで大和に距離を詰める。


先生は魔法で大和を攻撃することはできないが、身体強化の魔法はまだ生きている。


まずはそれをどうにかしないといけない。

しかし。


大和のコレクトは魔力を調整することで天姉の時とは逆にバフだけを消すということもできるはずだ。


日向が久しぶりに時間魔法を使って時間を止めた。

先生は大和の目の前で静止した。


「大和! 桜澄さんの身体強化をコレクトで消せ!」

「ありがとう日向」


大和が先生にコレクトした瞬間、先生が動き出した。

大和は先生に殴り飛ばされた。


「グッ!」


大和は上手く受け身をとってすぐさま体勢を立て直した。

殴られたところはもう治っている。


「嘘やろ。なんでこんなに早く静止が解除され、あ、コレクトか」


大和のコレクトが時間魔法も消してしまったようだ。


それはともかく、先生の身体強化を消すことはできた。


先生と大和がまた向かい合う。


その時突然小太郎が大和に向かって走って行き、体当たりするようにして大和の体に溶けるように消えた。


そういえば大和と小太郎は相性がいいんだったな。

ここまでとは知らなかったけど。


大和は小太郎と人神一体して、俺の時と同じように恰好が和服になったり狼の耳が生えてきたりした。


大和自身も土壇場で人神一体できたことに驚いていたが、すぐに切り替えて刀を構えた。


「こうなったらあの子に全てを託そう」

おっちゃんが俺の肩を叩いて言った。


俺は頷いてすぐさま恭介に言った。

「恭介の幻惑魔法で身体強化の白黒魔法陣を作ってくれ。ここにいる全員でそれに魔力を込めて大和にバフをかける」


「分かった。でも魔力足りるのか? 確かにここには魔力量が多い人ばっかりいるけど、それでも白黒魔法陣は厳しいかもしれないぞ」


「だろうな。先生がポンポン使うせいで感覚おかしくなりそうだけど、必要な魔力量が多すぎるから普通ならここにいる全員で魔力を込めても足りない。だからエレジデンさんから貰った魔法書を使う」


「魔法を使う時に魔力の消費を抑えるやつか。なるほどな。それなら足りるかも」

そう言って恭介は錫杖をじゃらじゃらと鳴らした。


俺たちの頭上に巨大な白黒魔法陣が現れる。

日向が魔法書を取り出して俺に向かって一度頷いた。


「全員であれに魔力を込めろ!」


俺が叫ぶとみんなは魔法陣に手のひらを向けるようにして魔力を込めた。


俺もこの前買ったポーションをがぶ飲みしながらひたすら魔力を込めた。


全員で体の中が空っぽになるくらい魔力を込めた甲斐あって魔法陣を発動させることができた。


大和は俺たちの方を向いて大声で

「みんなありがとう!」

と叫んだ。


本当に魔力を出し切ってしまったので、俺は地面にへたり込んだ。


そして俺の弟子と俺の師匠の戦いの結末を見届けることにした。


先生は土魔法で刀を作って構えた。


一切のバフが消えた先生とバフを盛りまくった大和。


先に動いたのは大和だった。

鋭く踏み込んで斬りかかる。


先生はそれを受け流し、刀の柄で大和の側頭部を突こうとする。


大和は人間離れした動きでそれを跳んで躱した。

着地したところに先生が迫る。


先生が振り下ろした刀を大和が受け止め、鍔迫り合いになる。


力は互角のようだ。

先生は素の状態なのになんで今の大和と力が互角なのかは分からない。


やっぱり先生は化け物だ。


一度距離を取った二人は一瞬の間があった後、凄まじい速さで斬り合いを始めた。


大和は今、常にコレクトを使っている。

そのため先生から斬られたところも一瞬で治る。


しかし、それは俺たちがかけた身体強化の効果が消えないように魔力を上手く調整しながらでなければならないので、凄まじい集中力が必要とされる行為だ。


大和はゾーンに入ったように淡々とそれをこなしている。


技術では先生に劣る大和は、時々先生からの攻撃を防ぎきれずに斬られている。


それをコレクトで治しながら必死に先生に食らいついている。


魔力を回復させるためにポーションを飲む暇もない。


大和は俺が渡しておいた三原色のポーションのガラス瓶を自分の腕に叩きつけて割り、中身を浴びるようにして魔力を回復させた。


身の丈に合っていない強さのポーションを使えば副作用に体が蝕まれる。


いくら強くなったといえど、流石に三原色のは大和には強すぎるものだ。


だから普通であれば副作用があるはずなのだが、大和はコレクトによって副作用を消すという強引な方法で副作用なく使用している。


そうして大和は何度斬られても先生に立ち向かった。


二人の戦いは少しずつ、だが確実に終わりに近づいていった。


もう一度鍔迫り合いになった時、若干先生が押し負けていたのだ。


大和は無我夢中で刀を振っている。

それに先生が段々と対応できなくなっていき、


パキンッ……。


遂に大和が先生の刀を叩き折り、そのまま先生の心臓を貫いた。


「はぁ、はぁ。……ぁ」


刀から手を離した大和は、胸から血を流しながらも穏やかな表情を浮かべる先生と目が合った。


「あ、俺、夢中になってて、あ、えっと」


気が抜けたのか人神一体が解除されて大和の姿が元に戻った。


そして混乱して思わず先生のことをコレクトで治そうとした大和に向かって先生は

「いいや。それをする必要はない」

と言って制した。


「これでいいんだ。……俺は多分、ずっと誰かにこうして止めて欲しかった。だから、これでいいんだ」

そう言って仰向けにバタンと倒れた。


「先生!」

俺たちは先生に駆け寄った。


先生は俺たちの顔を見て

「本当に……大きくなったな。それに、強くなった」

と言って微笑んだ。


「先生の弟子ですからね。これからもっと強くなって、いつか先生くらい強くなりますよ。でも、やっぱりもっと色々あなたから教わりたかったです……」

俺がそう言うと先生は

「もうお前たちに教えることなんてないさ。免許皆伝だ」

と言って目を細めた。


そして

「みんな、本当にすまない。迷惑をかけた」

と謝った。


「ほんとですよ」

恭介が苦笑する。


「風河も文弥も止めに来てくれたんだな」


「ああ。お前は相変わらずの強さだったな」

「本当にね。こんな世界でなければ桜澄君は間違いなく今でも英雄のはずなのに」


「俺は英雄って柄じゃないんだがな」

先生は冗談っぽく言った。


その時、ゆずが刀を避けるようにして先生を抱きしめた。


天姉と日向がそれを見て、滝のように涙を流していた。


「ゆず……悪かったな」

「桜澄さんが悪いわけじゃないですよ。私がいなくなったのが悪いんです」

「ゆずは悪くないさ」


ゆずは寂しそうに笑った。

そして名残惜しそうに先生から離れた。


先生は先ほどの魔法書を取り出して日向に手渡した。


そして

「それで、そこの子を元の世界に返してあげれないか?」

と言った。


そこの子、というのは当然大和のことだ。


「見たところ、君は魔力の性質が違うみたいだ。それは君がこの世界の人間じゃないからだと思ったんだが、違うか?」

「い、いえ。合ってます、けど」

大和はたどたどしく答えた。


「大方こっちの世界の都合で勝手に呼び出されたんだろう。だったら元の世界に帰るべきじゃないか?」


「えーっと。確かに帰れるのなら、帰った方がいいのかもしれませんけど。可能なんですか?」


「俺の魔力を利用して日向が空間魔法を使えば可能だと思うが、どうだ?」


先生の問いかけに日向は

「あーそれでこの魔法書か。これで桜澄さんの魔力を吸収してそれを使えってことな。んーそうやな。多分桜澄さんのとんでもない魔力量があれば大抵のことはできると思うし、大和を元の世界に返すくらいはできるやろな」


「じゃあ頼む。俺のことを止めてくれた恩人だからな」


日向は一瞬辛そうな顔をしたが

「分かった」

と言って魔法書を先生に向けた。


先生は最期にありがとうと言った。

日向が魔法書によって全ての魔力を吸収した後、しばらくして先生は息を引き取った。


先生を看取った後、涙を拭いてから日向が言った。


「大和、本当にすごく世話になった」

「いやいや、お世話してもらったのは俺の方ですよ」


「最後先生と戦ってる時、なんかすごく嬉しかった。お前はこの世界を救ったヒーローだよ」


俺が背中をバシッと叩くと大和は照れくさそうに頭を掻いた。


「本当に夢を叶えちゃうなんてね。大和は本当にすごい奴だよ」

天姉が大和の頭を撫でた。


「……お別れだね」

恭介が目を伏せながら寂しそうに言った。


「そうですね。……改めて、本当にありがとうございました。みんなのおかげで俺はすごく楽しかった。みんなに出会えて本当に良かった。みんなと冒険できて、俺は幸せだった」

大和は鼻をすすった。


「別れが辛くなるので、これ以上は止めときます。じゃあ……みんな、元気でね!」


大和らしい最後の言葉に俺たちは頬を緩めた。

日向が空間魔法を使った。


世界を救ったヒーローはとびきりの笑顔でこの世界を去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人類vs魔族vs先生の話 夜桜紅葉 @yozakuramomizi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ