第17話・勇者のウソ
Side:天橋翔
下着専門店の後も、いくつかの店を回った。フィーリアが望んだ衣類の生地などが売っている店も。フィーリアは既製品の安さと生地などの高さに驚いていたなぁ。
オレたちは今、お昼なのでファーストフード店に入った。ハンバーガーがメインの日本中どこにでもある店だ。
「豪快なものですわね」
ハンバーガーにかぶりつくんだと食べて見せると、プリーチァが少し驚いた顔をした。
あっちの世界でも、肉料理なんかはかぶりつくのはある。ただ、やっぱり高貴な人の食事ではそういう作法はない。
とはいえ、プリーチァもそんな食べ方をする人がいるということくらいは知っていて、見よう見まねでハンバーガーにかぶりついた。
「あら、美味しいですわね」
ちょっと驚いた顔をした。何故だろう? 高貴な生まれだけど、軍に所属していたからそこまで抵抗がなかったのは察するが。
一方、同じ高貴な身分と思われるノクティアは、普通に食べている。なにをやっても慣れているような雰囲気にするのは上手いなと思う。さすがに食べたことないと思うんだけど?
全体として周囲のお客さんたちは楽しげな様子で食べているからね。その雰囲気にみんなも悪い気分ではないように見える。
ただ、二口目を食べたプリーチァが、なにかを思い出したような顔をした。
「そういえば、カケル。せっかくの休みなのに婚約者には会わなくていいの? 私たちならもう大丈夫よ」
唐突なプリーチァの言葉にノクティアが初めて驚いた顔をした。
実は……、オレもすっかり忘れていたことだ。
「ああ、あれね。……嘘なんだ」
もう隠す必要もないので真実を打ち明けるも、フィーリアはなんとなく察していたらしく、プリーチァとサンクティーナとノクティアが驚いている。
初耳であろうノクティアもいるので簡単に説明するか。
異世界に召喚された日の夜、オレが休む部屋に女性がやって来た。夜の相手をするというものだ。少し古い言葉を使うと夜伽になるのだろう。
同年代か少し年上か。綺麗な人だったというのは覚えている。ただ、右も左も分からないところに呼び出されて、勇者として魔王と戦って欲しいと言われて戸惑っていた日の夜のことだ。
いろいろと葛藤はあったが、それでも断ろうとした時、彼女に困ったような悲しそうな顔をされたので、とっさに婚約者がいるという嘘を吐いたんだ。
案の定、彼女はそれに納得をして部屋を出ていった。
「嘘だったなんて……」
「ごめん。この国の言葉に、ただより高い物はないってあるんだ。あの時は役目を担えるなんて思いもしなかったしさ。こっちはそういう習慣がなかったし、後が怖かったんだよ」
プリーチァは真面目な人だ。オレを元の世界に帰してやりたいと親身になってくれた。だからこそ嘘を吐いたことが申し訳ない。
正直、もう少し落ち着いた頃だったら受け入れたかもしれない。
無論、そのあとも何度かそんな話はあったが、すべて断った。帰ろうと決めた後だったからな。
「意外に策士なんですね」
「策士というか臆病なだけだと思うわ」
サンクティーナのなんとも言えない言葉にフィーリアがオレの心情を察して語ってくれた。臆病、まさにその通りだと思う。
「あなたのような役目になった人に女をあてがうのは昔からあるのよね。昔はこっちの陣営でも正体を隠してやっていたから。それの教訓で、そっちの陣営では女をあてがい、聖戦士となるのは異性を中心にしたのよ」
ノクティアが何気ない様子で語ったことに、プリーチァとサンクティーナの表情が強張っている。そこまで詳しく知らなかったのだろう。
「本当にあの人たちは……」
「プリーチァ、綺麗事じゃすまされないのよ。カケルに役目をまっとうする理由がなかったのは分かるでしょ? 歴代の役目の者には、異性で立場を変えた者が何人かいたと聞いているわ」
プリーチァは真面目なこともあって、戦争の裏側に怒りすら見せている。ただ、フィーリアが諭すように語ると怒りを鎮めて表情を隠した。
まあ、気持ちは理解する。まともな人間なら、縁もない世界の平和のためという理由では戦えないだろう。だからこそ、帰還や富や名声や女で釣ったというところか。
「帰りたかったのは事実だから。とまあ、その話はこれくらいにして買い物を再開しようか」
正直、向こうのすべてが打算でもない。勇者を戦わせる罪悪感がある人もいた。女性を寄越したのも、そんな罪悪感を薄めたりする意味もあったんだと思う。
勇者の相手をすること自体、選ばれた女性らしく名誉なことだと喜んでいたと聞くしね。
初期の頃に訓練を指導してくれた近衛兵の人は、あまり考えすぎず楽しんだほうがいいと助言をくれた人もいたし、城の女が気になるなら密かに町の娼館に行くかと誘ってくれたこともあった。
百パーセント善意でもないし、百パーセント悪意でもない。そう今では受け取っている。
さて、あとは靴とスマホを少し見に行くか。
電車にも乗せてみないとなぁ。
Side:フィーリア
勇者に絡む複雑な状況は十代の人族にはあまりに難しすぎるわ。そういう意味では、カケルはギリギリのところを上手く渡り歩いた。
ノクティアは知っているのでしょうが、人族、魔族共に一番困るのは勇者と魔王が手を組むこと。それ故、それだけは起きないようにと徹底されていた。
個人が世界を揺るがす力を持つ。その危険な存在の管理が、あの世界の支配者たちの課題になるわ。
「そういえば、化粧品もいるよな。すっかり忘れてた」
食後もいくつかの店を回りましたが、カケルが思い出したように声を上げた。
あっちではあまり自発的な行動はなかったとは思えないほど、こちらに戻ってからは積極的に動いている。それが必要なのも事実だけど、楽しそうなのよね。
「口紅くらいは欲しいわね」
「そうですね。どんなものがあるか、見てみたいです」
やはりノクティアは興味を示しませんね。もともと魔族とエルフ族は化粧などしないので当然ですが。人族のプリーチァとサンクティーナは欲しいようです。
神々はなぜ、勇者を異世界から召喚する術を人に残したのでしょう? 私利私欲で使うことなど分かっていたはず。
長老様は、神々は人の営みなど興味がないと言っていましたが。
本当にそうなのでしょうか? エルフ族や魔族すら知らない思惑があるのでは?
楽しげなカケルとプリーチァとサンクティーナを見ていて、なぜかそんなことを考えてしまいます。
まあ、今はいいでしょう。
いずれ……分かる気がします。
理由などありませんが。
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