第16話・女性との買い物は難しい

Side:ダンジョン探索チーム


 この日、臨時休校となった翔たちの学校には教師陣すらおらず、理事長と校長など僅かな者だけが出勤していて、超常現象対策室の面々と話し合いが行われている。


 そんな中、朝一から来て突如出現した地下の調査をしているのは五人の男たちになる。


 こちらも超常現象対策室に出向中の自衛隊員四名と警察官一名だ。超常空間調査チームという名称があるが、対策室内ではダンジョン探索組という呼ばれ方もしている。


 装備は自衛隊の迷彩服と戦闘防弾チョッキ二型。八十九式自動小銃がメインの武器となる。


 各地にあるダンジョンの巡回と、今回のように新しく発見されたダンジョンの調査が主な任務で、ダンジョン内に限定されているが独自の判断での銃器の使用許可もある。


 五人は周囲を警戒しつつダンジョン内を慎重に進んでいたが、その時、銃声が響いた。


「決まりだな」


 薬莢が転がる音が響く中、チームのリーダーが険しい表情で呟いた。


 一発の銃弾で倒したのは、先日、翔が戦ったのと同じレッサーゴブリンだ。眉間を一発で撃ち抜かれて絶命している。


 四名の自衛隊員が周囲を警戒する中、ひとりの男がレッサーゴブリンの調査を始めた。ビデオカメラで撮影しつつ、身長などの身体的特徴から持ち物など細かく記録していく。


「九番目か。どうするんだろうな。こんな町中で」


「密かに管理するしかないだろう」


 男たちの顔つきは険しいものの、絶望をしてはいない。厄介ではあるが、管理出来ないほどではないのだ。難しいのはダンジョンの秘匿になる。


 無論、楽観出来るほどではない。男たちもダンジョンの上層の見回りが主で、下層まで潜ったことは今のところは数えるほどしかない。


 日本の各地に点在する八つのダンジョンをローテーションするように潜り、調査と監視を続けているのだ。下層に潜る暇がないというほうが適切だろう。


「そういえば、こいつらしき魔物を撃退したのは高校一年生だとか。たいしたものだな。初見で動けたなんて」


「喧嘩慣れでもしている奴じゃないのか?」


「それが違うらしい。護身術を学んでいたと証言しているが、学校でも大人しい生徒だったそうだ」


「今時の子にしては胆が据わっているな」


 調査と雑談を終えた男たちはレッサーゴブリンの冥福を祈り、先に進む。今日中に危険度を定めるための情報を収集しないと駄目なのだ。


 私立高校を何日も閉鎖するわけにはいかず、また迷彩服を着た彼らが頻繁に出入りするのも難しい。


 彼らの探索は始まったばかりだ。




Side:天橋翔


 二軒目も、それなりに知られた衣料品店に来ている。あと数軒回って好きな服を買うように話してある。


 オレは荷物持ちをしつつ待機中だ。こういう経験はあまりないから、少し新鮮だ。じいちゃんとばあちゃんと買い物に来ることはあったが、ファッションを選ぶようなことはほとんどなかったからなぁ。


「それ、男物よ?」


「いいんじゃない。胸の部分が苦しいよりは着やすそうだし」


 店内をぶらぶらしていると、困った顔のフィーリアがノクティアと話をしていた。


 ああ、着るものにこだわりがない様子のノクティアに、フィーリアは口を出すか迷っているようだ。


 ふたりともスタイルが良すぎて選べる服が少ないらしい。フィーリアはやはり自作したいらしく、このあと生地などを売っている店に行く予定だ。ただ、ノクティアはなんでもいいからと機能性重視で選んでいるからなぁ。


「なら、私が選ぶわ。別に見た目を気にしろとは言わないけど、変に目立つよりはいいでしょ」


 己の中で悩み葛藤があったようなフィーリアだが、最終的には口を出すことにしたらしい。まあ、マジックアイテムも疑われないだけで認識は普通にされるらしいし、そのほうがいいのかもしれない。


 魔族の価値観とはあんなものなのだろうか? 多分、違うだろうな。


 フィーリアがノクティアの服も選び始めた頃、プリーチァとサンクティーナがオレを探しに来た。


「ああ、いたわね。カケル。ちょっとアドバイスほしいんだけど」


「うん。いいよ」


 こちらの服のことは最低限教えたんだけどね。ただ、やはり迷うんだろう。


 プリーチァは動きやすい服が、サンクティーナは割とゆったりとした服が好みらしいが……。


「ブラジャーって、どんなのがいいの? あっちにはなかったのよ」


 どんな顔をしていいか分からない。


 ふたりに連れて来られたのは下着売り場だ。小声で囁くようにプリーチァにそんなことを言われるとは思わなかった。


「胸の大きさに合わせて買うんだと思う。分かるか?」


 ふたりとも自分の胸を見つつ、首を横に振った。オーダーメイドしか経験がないしスリーサイズも知らないらしい。


 ちなみにフィーリアとノクティアは、一見して自分たちのサイズがなさそうなので他の服を探しに行ってしまったらしい。


「分かった。次は下着専門店に行こう。測定してくれて着方とかも教えてくれると思う」


 フィーリアにも今朝言ったけど、さすがにノーブラで出歩かれると困る。フィーリアはなんとかすると言っていたけど。ブラジャーも自作する気なんだろうか?


「カケルさん、ごめんなさい。正直、どんなものがいいか分からなくて……」


 うん、それはオレも同じだ。よく見るとデザインもいろいろとあるしなぁ。機能性重視っぽいやつから、可愛いやつとかセクシーなやつとか。


 謝るサンクティーナを励ましつつ、とりあえずここで気に入った服を買ってもらう。




 次は下着専門店だ。オレは店の休憩場所で待機している。おかしなことを言わないか不安だけど、男のオレがいると店員も彼女たちも選びにくいだろう。


 なんか雰囲気が男厳禁に見える。気にせいだろうけど。ショッピングする女性と待つ男性。休日のお父さんにでもなった気分だ。


 最初に買い物が終わったのは、やはり彼女か。


「ノクティア、選んだのか?」


「ええ、私はなんでもいいから」


 サイズの測定と勧められるままに数点の下着を選んだらしい。会計が少し怖いが、ここでケチるのは論外だ。


 ここでノクティアが耳打ちするように近寄ってきた。


「適切な下着を付けないと垂れるとか言われたわ。ただ、私とフィーリアは人族のように老化しないから無縁なのよね」


 甘いと感じるような小声でそう教えられたが、なんとも答えにくい話だ。


「人族の王侯貴族の中には魔族やエルフ族の女を好んだ人もいるわ」


 裏と表は違うか。まあ、そうなんだろうな。向こうでそういうのを嫌というほど理解した。


「何者にも縛られず自由に生きる。難しいことよ」


 楽しそうなノクティア。その横顔に、彼女のあちらの世界での半生がいかに厳しかったのかと察する。


「ここは、あっちよりは自由に生きられると思う。いや、自由に生きていいよ。守らなきゃならない法はあるけど」


 社会が違うが、それでも、魔王としてあっちにいた頃よりは望む暮らしが出来るだろう。価値観が違うので、ちょっと心配ではあるけど。


 そうそう迂闊なことをする人じゃないしね。大丈夫だと思う。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る