第15話・臨時休校

Side:天橋翔


 目が覚めたのは、学校からのSNS一斉送信での連絡だった。


「臨時休校?」


 地震による安全点検のため臨時休校になるというお知らせだった。十中八九、ダンジョンのことだろう。あの後どうなったんだろうか?


 大騒ぎになっていないということは、魔物は発見されていないのか? それともなにかあったから臨時休校なのか?


 考えてみると、疑問がいくつも出てくる。


 まあ、いいか。今、オレが考えることじゃない。とりあえず顔を洗うかと部屋を出ると、キッチンからいい匂いがする。


「カケルさん、おはようございます!」


「ああ、おはよう」


 誰かと思ったらサンクティーナだった。朝ご飯の支度をしてくれていたらしい。


「今日は学校休みになったから急がなくていいよ。ダンジョンの影響だと思う」


「えっ、はい。お休みになったんですか」


 サンクティーナも少し気にする素振りを見せた。ダンジョンのことは彼女たちに聞いたほうがいいな。オレも正直、そこまでダンジョンを知らないし。


 とりあえず顔を洗うか。


「あら、カケル。おはよう」


「おは……よう? ごめん!!」


 寝ぼけていた頭が一気に覚めた。シャワーから出たばかりのフィーリアと出くわしてしまったんだ。


 なんというか、見られてもあまり気にする様子がない。すぐに隠していたが、むしろエチケットとして隠したような印象だ。


 オレより長生きしているっぽいしなぁ。大人の対応だ。正直、いろいろと見てしまい申し訳ない。


「ごねんね。朝に体を清めるのが日課なの」


 洗面所に入る前にノックくらい必要だな。迂闊だった。


 気を取り直して顔を洗って歯を磨く。ちょうどいいからふと思ったことをフィーリアに相談してみるか。


「今日さ、学校が休みになったんだ。少し出掛けようか。服とか見たいだろ?」


「いいわね。いろいろと見たいところがあるわ」


 意外に素直な反応が返ってきた。


 なんというか、あれがしたい。これがほしいと言われると少しホッとする自分がいる。我慢されるよりは、ある程度求められたほうが気楽なのかもしれない。


 こっちに戻って数日だが、一緒に暮らして徐々に本音が言えるようになってきたのだろうか。昨日のファミレスもそうだったし。


 それは本当に嬉しい。


 ただ、すでに早く帰りたいという感じじゃないことには驚いた。


 オレはあっちに帰してやりたいと真剣に考えていたのに、プリーチァですら、別に急いで帰りたいわけじゃないって言うからなぁ。


 まあ、自由がないからな。プリーチァもサンクティーナも。フィーリアは未だによく分からないけど。


「いただきます!」


 サンクティーナが作ってくれた朝食は洋風だ。ソーセージを焼いたものと野菜スープとゆで卵がある。焼いたトーストと頂こう。


 料理など出来ないと思っていたが、サンクティーナとフィーリアは出来るらしいんだ。なんというか、サンクティーナはお付きの神官とかいなくなってイキイキし始めたようにも見える。


 気のせいだろうか?


 うん、野菜スープはシンプルな味付けだけど美味しい。調味料をまだすべて把握していないからね。あまり複雑な味付けを避けたのだろう。朝にピッタリの優しい味だ。


 バターを塗った少し焦げ目のついたトーストによく合う。


 ゆで卵は半熟で卵を食べる文化が向こうになかったからだろうなぁ。これはこれで美味しいが、卵かけご飯とか食べさせたらどう反応するのか見てみたいかもしれない。




 食後、みんなで買い物に行くことになった。


 ほんと最低限の服しかないからなぁ。申し訳なかったし、ちょうどいいだろう。


「立派な店ね」


 とりあえず前回購入した量販店に来た。プリーチァが店内の広さに少し驚いた顔をした。


 工場で大量生産した衣類とか、あっちの世界だとなかったしなぁ。基本、貴人向けの店はどこもオーダーメイドだった。庶民の服は簡単に作った既製品もあったが、あれも店で作っていたみたいだし。


「なるほど、服も同じものを量産しているのね」


 うーん。ノクティアが一番、理解度が高い。並んである服を見て即理解したか。


 おっと、今は買い物の仕組みを教えて、みんなにはそれぞれ好きな服を選んでもらう。


 プリーチァは店内を見渡すように歩き出した。向こうの世界のお城のように広いからなぁ。案外落ち着くのかもしれない。


 サンクティーナはさっそく服を選び始めている。割とシンプルなものを見ているな。


 フィーリアはいくつか手に取りつつ、サイズを確認して縫製を確かめている。自分で作りたいのだろうか。あとで生地とか売っている店に行けるようにスマホで店を探しておくか。


 あれ? ノクティアの姿が見えない。と思ったら店内の椅子に座っていた。買い物かごにはすでに衣類がある。


「もう選んだのか?」


「ええ、私、着るものにこだわりとかないから。あっちでも用意されていたものを着ていただけよ」


 女性とは思えない発言だ。もともと変わった人というか魔族だったからなぁ。前線に出てくる他の魔族と明らかに違った。


「貴方とこうして落ち着いて話せる日が来るなんてね」


 まだお客さんもまばらな店内を眺めつつ、どこか遠くを見ていそうなノクティアの言葉にあっちの世界でのことが思い出される。


 オレの周囲には多くの人がいて、ノクティアの周囲にも多くの魔族がいた。刃を交えながら会話をすることはあったが、それすら激怒して止める者がいたくらいだ。


「なあ、プリーチァたちのことどう思う? 本当に早く帰りたいとかないのか?」


「フィーリアはどっちでもいいという感じかしらね。エルフは寿命も長いわ。こちらで貴方を看取ってから戻るのでもいいと思うくらいに。プリーチァとサンクティーナはまだ迷いがあるとは思うけど、帰りたいという強い意志は揺らぎつつあるわ」


 さすがは元魔王。周囲をよく見ているな。とすると、本当にこっちで長期滞在する方向も考えたほうがいいか。


「それとね。帰るのと元の暮らしに戻るのは別の話よ。ふたりは戻ると自由がなくなるわ。その分、相応の暮らしが約束されて飢えることもないけど……、魔王を倒した英雄の仲間。その名声が彼女たちを苦しめることだってある」


 いろいろと考えていると、ノクティアにそんなことを言われた。


「それも過去の記録にあったのか?」


「ええ、いろいろとね」


 戻ったとしても、別人として静かに暮らすかもしれないのか。ほんと、生きるって難しいなぁ。


「カケル、巻き込んでごめんなさいね。でも……、私は助けられたわ。貴方に」


 その言葉に横にいるノクティアを見ると、あっちの世界では見たことがないような自然な笑みを浮かべていた。


「こんな結末を迎えることがあってもいい気がする。少しは頭が冷えるだろ。あっちのお偉いさんたちも」


「うふふ、そうかもね」


 似た者同士だったのかもしれない。今にして思う。


 使命とも運命ともいえることから解放されたんだ。オレとノクティアは。




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