第14話・ファミレスでのひと時

Side:天橋翔


 今時、地方都市でも外国人は珍しくないとはいえ、仲間たちとノクティアは目立っている。


 プリーチァとサンクティーナとフィーリアは、あちらでもその容姿からして評判だったんだ。昼間、北村が騒いだように男たちの視線を集めることがよくあった。ノクティアは魔族なのでどういう扱いだったのかは知らないが。


 当然、ここに来るまでも視線を集めていたが、特にきにしていない。


 ファミレスは食事時だからか、それなりに混んでいる。それでも十分ほど待って五人で座れるテーブルに案内された。


 ただ、さすがだなと思ったのは、四人ともキョロキョロとしないし慣れているような雰囲気を出していることだ。


「好きなものを頼んでいいよ。こっちがお酒で、こっちが甘味だな」


 彼女たちはマジックアイテムの効果で日本語も読めるようだが、読めても意味が理解出来ないものも多いと言っていた。その点、ファミレスのメニューは写真ありなので分かりやすくていい。


 あっちの世界で一番の大国の姫君と聖女、それとエルフと魔王がファミレスのメニューを見ている姿は少しシュールかもしれないけど。


 無論、今の格好はラフな服装をした外国人なので特に違和感はないが。


 彼女たちはワインを、オレはドリンクバーを注文して、デザートと酒のつまみになりそうなものをいくつか頼むことにしたようだ。


「なかなか悪くない店ですわね」


「そうですね。この時間に子供も来られる店なんて……」


 プリーチァとサンクティーナが店内を少し見渡して感想を口にした。


 あっちの世界だと、日が暮れてから子供が外を出歩くということはあまりない。酒場などはあるが、子供が出入りすることはないらしいんだよね。


 すぐにお酒が届くと、オレもドリンクバーから飲み物を持ってきてみんなで飲み始める。


「美味しいわね」


「そうね」


 ノクティアとフィーリアはワインを一口飲むと僅かに驚いた顔をした。上物のお酒と比べてということではないだろう。店の雰囲気や値段と比較してということだと思う。


 庶民が飲めるお酒の質は日本が勝っていると思う。お酒は飲んだことはないから、想像でしかないけど。


 ちょっとは気晴らしになるといいな。




Side:サンクティーナ


 外に出て、自分の足で歩いてみて分かることが多くあります。


 街灯が至るところにあり、夜も明るい街。女性がひとりで歩ける様子など驚きの連続です。なんと素晴らしい国でしょう。


 私は、カケルさんが召喚されたあとのことを思い出しています。


 新たな勇者は喧嘩もしたことがない男だと。育てるのに苦労をすると貴族や司教たちが不満げに話していた頃のことです。


 勇者は魔族と戦い人族を救うのが役目と教えられていましたし、私が聖女だったようにそれが定めだと思いましたから。


 故に、あの時の私は気付かなかった。カケルさんには、あの世界のために戦う理由などないことを。


 今のカケルさんは楽しげです。生まれ故郷に戻り外食をするのが楽しいのでしょう。


 私はカケルさんのこれからに幸あらんことを祈り、お酒を頂きましょう


 あら……、本当に美味しいです。そこまで高級な店ではないと思いますが、果実の味とお酒の味のバランスがいいお酒といったところでしょうか。


 食器やグラスも上物のように思えます。あちらの世界でこれだけのお酒を飲む場合、それなりの身分がある者が行くような店になるでしょう。


 ただ、ここは庶民が集まるような酒場のように見えます。違いを比べるのも面白いですね。


「遠慮しないでお代わりしていいから」


 ニコニコと楽しげなカケルさんに、プリーチァさんたちも嬉しそうです。


 そうしていると料理とデザートが届きました。どれも美味しそうです。ただ、このお酒と料理を見るとお金は大丈夫なのか気になります。


 まあ、今お金の話をするのは無粋ですね。頼んだケーキを一口頂きましょう。


「……甘くて美味しいです」


 ふんわりと柔らかいクリームと生地。果物の実も程よい甘さで絶妙です。国や地域によって違いますが、嗜好品はそれなりに貴重だと思うのですが。ここは豊かな国なようです。


 こんな甘い物を庶民の子供が食べられる。まるで夢のようです。


「そうか、口に合ったなら良かった」


「私だって、毎日、贅を尽くした暮らしなんてしていないわよ。あの仕事に就いてからも本職の研究は続けていたから」


 周りの人々の楽しげな声を聞きつつ、ノクティアさんは自身のことを語り始めました。


 カケルさんが私たちの様子を気にしていることは、皆さん承知のことです。それぞれ思うところはあっても、こちらにいる間は無益な争いを止めようと決めたのです。


 一番付き合いが浅く謎が多いノクティアさんが自ら自分を語ることで、それを示そうとしているのでしょう。


「研究か……」


「学者や研究者とはそんなものよ。研究テーマに関してはまた今度ね」


 確かに彼女はこちらに来てからの暮らしにも、不満げな様子はなかった。私が聞いていた魔族の実態と大きくかけ離れています。


 魔族とは、みんなノクティアさんのようなのでしょうか? いいえ、違いますね。望まず魔王に即位した。それだけの力と資格があったのでしょうが、言い換えると、それを強要するなにかがあったとみるべきでしょう。


「ここは居心地がいいわね。帰りたくなくなるわ。正直、帰っても望まないことを強要されるから」


 ノクティアさんの言葉にプリーチァさんがそうこぼすと、カケルさんが驚いています。


 戻ったところで私たちには自由などない。フィーリアさんは分かりませんが、プリーチァさんは早々に他国の王族と結婚をさせられ、私は生涯独身で神に仕える運命です。


「私も、正直……そこまで急いで帰りたいわけでは……」


 カケルさんが責任を感じているのは察しています。だからこそ、早めに本音を打ち明けたほうがいいでしょう。


「私も帰りたいなんて言ってないわ」


「みんな……」


 最後にフィーリアさんが今の気持ちを明かすと、戸惑うカケルさんに思わずノクティアさんが笑い出しました。


「うふふ、面白いわね。望む望まないに関わらず、私たちは運命共同体になった。研究は続けるわ。手段があって困ることじゃないし。その時が来たら、決めたらいい」


 運命共同体。ノクティアさんの言葉が一番しっくりくるかもしれません。意外に悪く感じないのは、あちらの世界にあまり未練がないからかもしれませんが。


「とすると、なにか働きたいわね」


「そうね……」


 プリーチァさんとフィーリアさんも今後のことを考え始めました。ノクティアさんは研究があるので別ですが、私たちはなにもすることがありませんから。


 カケルは未だに戸惑っていますが、私は楽しくなってきました。


 もっと知りたい。カケルさんのことも、この世界のことも。



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