第11話・地下空間

Side:堀井明日香


 とても不思議なところだわ。


 空気が流れておらず空調があるとは思えない。にもかかわらず、空気がよどんでいない。


「堀井さん?」


 私が地面に触れると、いつもと変わらない天橋君が声を掛けてきた。一番落ち着いているのは彼ね。


「ほこりが積もっていないわ」


 これだけの空間で、長期間、人が入らないとほこりが積もる。それがここにはないわ。歩くスペースだけじゃない。隅にもない。


 誰かが掃除でもしているのかしら?


 もっとも、この燃え盛る松明たいまつが一番不自然なんだけど。数時間で消えるようなものが一定間隔で設置されている。


 空調もない地下空間で松明なんて使えば、酸素が薄くなると思うんだけど。さらに松明の燃えカスなどが下に落ちていないのも不自然でしかない。


「学園のなんかじゃねえの?」


 そうね。北村君の言うことが一番可能性としてある。地下に空間があって、それを活用しようとしているというところかしら?


 不自然なことは挙げるとキリがないけど。


「ねえ、早く出ようよ」


「そうね。そうしましょうか」


 相沢さんは一刻も早く出たいようね。地震のこともある。確かに、ここは出たほうが賢明だわ。


 そうと決まれば移動することになる。右と左どちらに行くか。


「こっちに行こうか」


 天橋君が自然と歩き出したことで従った。理由はないわ。さっきとっさに私を助けて、みんなに逃げるように声を掛けた彼の行動力は目を見張るものがある。


 どちらでもいいならば、彼を信じるべきというだけ。


「迷路でも作ってんのか? 部屋のひとつもねえ」


 北村君はムードメーカーかしらね。この状況でもみんなに声を掛けているわ。


「戦前の防空壕とか?」


「それなら余計に部屋がないとおかしくねえか?」


 相沢さんも北村君のおかげでだいぶ落ち着いたわ。幸いなのは地震で崩壊しそうな様子がないことかしら?


 その時、天橋君が止まった。


「天橋?」


「なにかいる」


 声を掛けた北村君と私たちに、天橋君は右側に寄るようにジェスチャーをした。


「落ちたやつじゃねえの?」


「たぶん、違う」


 確信めいた天橋君の表情が険しくなる。確かにクラスメイトなら、もっと騒がしいと思う。助けに来た大人なら尚更。


 動物でも入り込んでいるのかしら?


「ギィ、ギィギィ」


 聞こえてきたのは不気味な鳴き声だった。


 曲がり角で待ち受ける私たちの前に現れたのは……。


「……なにあれ」


「臭せえ!!」


 相沢さんがその姿に後ずさりして、北村君はあまりのキツイ匂いに鼻を押さえた。


 なんなのあれは……。


 身長一メートルほどの小男。いえ、違うわね。


「化け物……」


 尖った耳と大きく澱んだ目。薄汚れた緑色の体をしていて、ぼろ布を腰に巻いている。ファンタジー映画に出てくる化け物そのまま。


「ギィィ!!」


 化け物は私たちを見て喜ぶように手に持つ、こん棒のようなものを振り回した。


 まさか……。


 そのまま化け物は棍棒を振りかぶってこちらに走ってきたわ!




Side:天橋翔


 レッサーゴブリン。あっちでそう呼ばれていた魔物だ。知性もない最下級のゴブリン。それが一体か。


 やはり、ここは普通じゃない。


 ただ……、初めて遭遇した魔物が、この世界には存在するはずがないレッサーゴブリンなのは幸いなのかもしれない。少なくとも動物型の魔物の場合、クラスメイトのいる前で倒すのは難しい。


 敵意があろうと、見知らぬ動物を殴っただけで虐待だと言われかねないからな。


「ギィィ!」


 レッサーゴブリンにあるのは敵か仲間か。強いか弱いか。それだけだと教わった。こちらに攻撃を仕掛けてきた理由はひとつ。弱いと見たんだろう。


 なにも考えず最前列にいるオレにこん棒を振り下ろす。


「キャー!!」


 相沢さんの悲鳴が聞こえるが、気を散らすわけにいかない。冷静に見据えたら避けられない攻撃じゃないんだ。


 反撃の間合いのままレッサーゴブリンの一撃をかわすと、そのまま蹴りを入れる。


「グキャァァ!」


 見事に内臓の辺りに蹴りが入る。ただ……。


 ちっ、一撃で仕留めきれなかったか。あっちだと初心者が獲物として狩る程度の魔物なんだが。


 武器がないこともあるが、それだけ制限状態のオレは弱いということだろう。身近に危険がないこの世界では当たり前のことだろうけど。


 すぐにとどめを刺したいところだが、堀井さんと相沢さんへの心理的な影響が気になる。


「逃げ……た」


 おっと、北村もショックが大きいらしい。男だし頑張ってほしいところなんだけど。ただ、オレもあっちに行った頃は酷かった。決して笑えないくらいに。


「大丈夫?」


「……なんなの? あれ……」


「そうよ! なんなのよ!!」


 危機がさったことで恐怖を実感したのだろう。堀井さんと相沢さんから、不安を取り除いてほしい一心で厳しい言葉を投げかけられる。


「あー、まって。ごめん。天橋君に言っても困るわよね」


「あっ、そうね。ごめんなさい」


 オレは答えに窮したが、答える必要がなかった。本人たちが冷静になってくれたらしい。


「とりあえずここを出よう。次になんか来ても、出来れば今みたいに動かないでいてくれると助かる」


「ええ、わかったわ」


「天橋君凄いね。格闘技でもやっていたの?」


 堀井さんと相沢さんは大丈夫らしい。


「次はオレもあてにしていいぞ! 任せてくれ!」


 うん、北村。お前は自重してくれ。ふたりにいいところを見せたいなら、ここから出てからたっぷりと機会はある。


「じいちゃんに護身術を少し習っていたんだ」


 もちろん、護身術なんか知らない。じいちゃんも普通のじいちゃんだ。ただ、他に言いようがない。ごめんよ、じいちゃん。




 それから三十分くらい歩いただろうか。魔物を避けつつ歩いているおかげでなんとかエンカウントせずに出口と思われる方向に歩いている。


「誰かいるか!」


 遠くから人の声がする。


「助けがきた!?」


「待って!!」


 相沢さんが応えようとしたものの、堀井さんが慌てて口をふさいだ。


「堀井さん、なんでだ!?」


「ここおかしいわ。安易に答えて助けじゃなかったらどうするの?」


 北村も助けと思ったらしく戸惑うが、現状で一番冷静なのは堀井さんか。


 そのまま堀井さんはオレを見ている。


「天橋君、どうする?」


 危機察知スキルは声の方向からは反応しない。気配察知スキルの感覚では人だと思う。ただ、用心に越したことはない。


「もう少し近づこう。どのみち出口はあっちだと思う」


「わかったわ。ふたりとも安易に声を出したり、知っている人でも近寄ったらダメよ」


 堀井さんの人徳だろう。彼女が言うと相沢さんも北村も素直に従った。


 いつの間にか、手に汗をかいていた。身体能力の解除を前提に、マジックアイテムの腕輪に触れつつ声の方向に歩く。




「おお! お前ら!!」


 現れたのは体育教師だった。


「天橋君……」


「うん、先生で間違いない」


 堀井さんとオレの言葉に、相沢さんと北村は安心したのだろう。その場にへたり込むように座り込んだ。


「大丈夫か! ケガは!」


「はい。誰も怪我はありません」


 代表して堀井さんが返事をする様子を見て、オレも心底安堵した。得体の知れないダンジョンもどきで強敵とエンカウントしたら、まともに戦える自信がない。


 少し知性がある魔物なら弱い奴を狙う。三人を守りながら戦うなんてまず無理だ。


「出口はすぐそこだ」


「先生、これなんなんっすか?」


「先生も知らん。昔の施設じゃないのか。戦中の防空壕とか」


 もう大丈夫だ。先生に案内されるまま出口に向かう。途中、北村が疲れた様子でここのことを聞いていたが、先生の返事にウソはないだろう。


 ここは、いったいなんなんだ?


 それだけは疑問が残ったままだった。




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