第10話・地震
side:天橋翔
魔王との決戦から数日……。
オレは今日も学校で授業を受けている。
目まぐるしく変わる日々、明日も生き残れるか分からない日々から元の日常に戻った。
ずっと願っていたことだ。元の世界に戻って普通に暮らすことは。
ただ、正直なところ勇者として三年あまり、体を動かすことしかしていなかったせいか、どうも授業に集中出来ない。
オレはこのまま学校に通うべきなんだろうか? かつてのオレは将来もなにも考えないまま、当然のように高校に進学した。
あっちの世界では、もう戦いなんてウンザリしていた。にもかかわらず、いざ戻ってみると、この先オレはどう生きるべきなんだろうと考えてしまう。
どちらにしろ、今の生活にないものを求めてしまうのかもしれない。
さて、次は体育か。
「げっ、マラソンかよ」
体育教師から今日の授業内容が教えられると、クラスメイトの男子たちは露骨に嫌そうな顔をした。
マラソンと言っても、校庭を走るだけだ。みんな少し気だるそうに体育教師の指示で走り始める。
オレはマジックアイテムで、スキルや身体能力の制限がかかっているのを確認して続いた。
ああ、体が重い。感覚としては魔王と戦った時のままだったため、いざ、走ろうとすると信じられないほど体が動かないことに驚いた。
これは早めに慣れておかないと、日常で苦労するなぁ。
あっちの世界だと、魔物を倒すとレベルが上がり身体能力が向上する。無論、基礎的なトレーニングをすることでのレベル向上もあるので、最初はそんな訓練もやった。
トレーニングとして走るなんて、それ以来かもしれない。
「止まれ! 全員、その場で待機!!」
どれくらい走っただろうか? 教師の声にみんなが止まる。
また、地震が起きたらしい。幸いなことに、今回も多少の体感はあるが騒ぐほどじゃない。
ただ……、なんか地鳴りみたいな音がする。危機感知スキルが発動するかスキル封じを解除して試すべきか? いや、必要ないか。魔物がいるわけじゃあるまいし。
すぐに収まる。そう思って待つ……。
「おい! あれ見ろ!!」
少し慌てるようなクラスメイトの声に見渡すと、校庭の一部にヒビが入り、割れ目が出来つつあった。しかもそこには……堀井さんと数名がいる。
とっさに体が動いたのは、勇者としての経験の賜物だろう。数メートル先にいた堀井さんの手を掴むと、半ば強引に走る。
「お前らも逃げろ!」
彼女だけ手を掴んだのは、一番危ない割れ目の中心にいたからだ。近くにいた他のクラスメイトも声を掛けると、なんとか動けたようで四方に逃げていく。
「きゃー!」
「なんなのよ!!」
ただ、割れ目は不自然に広がる。逃げ遅れそうなのは……、北村と相沢さんだ!
くっ、マジックアイテムの解除をしている暇はない。
人には出来ることと出来ないことがある。出来ることが第一だ。それはあっちの世界で学んだ。
ひとまず堀井さんとオレが安全なところまで逃げないと。そう考え逃げていると、地面が謎の発光をし始めた。
「なにこれ!!」
ああ、誰の声か知らないが、オレも同じことを思ったよ。魔法的な力を感じるが、気のせいだと思いたい。
駄目だ! 走る速度より、地面の割れ目が広がる速度のほうが早い。大した地震じゃないのになんでだ!?
「堀井さん急げ!」
やばい! そう思った瞬間、オレと堀井さんは地面の割れ目に滑り落ちるように飲み込まれた。
「きゃー!!!」
堀井さんの悲鳴を聞きつつ滑り台のようにしばらく落ちた先で、ようやく止まった。運動用の体操着でよかっただろう。そうでなければ堀井さんは制服のスカートなので、大変なことになっていたはずだ。
オレはすぐに落ちたところから登れないかと見上げるも、なぜかオレたちが落ちてきた割れ目は綺麗に閉じている。
これは……。
周囲には車が対面通行ですれ違えそうな道が、……いや洞窟が左右に続いている。しかも太陽の光が差し込んでいないというのに暗くない。一定間隔に
まさか……。
「ねえ、なにが起きたの?」
「さあ、地震で出来た割れ目に落ちたのは分かるけど」
堀井さんの声に思考を止められた。滑り落ちた形のおかげで怪我はないようだ。
なにが起きたのか、とぼけてみたものの……、実はこの光景、見覚えがある。あっちの世界で何度か入ったダンジョンに酷似しているんだ。
偶然だと思うけど。偶然だよな? おっと、そんなことよりここから出ないと。
「どうする? ここで助けを待つ?」
とはいえ、オレひとりならどうとでもなるが、堀井さんをどうするか。前例があるような状況じゃないし一概に言えないけど、動きたくないというなら無理に動くべきじゃないだろう。
「おーい! 誰かいるか!」
オレの問いかけに堀井さんが悩む中、割と近いところから叫ぶ声が聞こえる。この声は……北村だ。オレたちと同じように割れ目に落ちたのが見えたから間違いないだろう。
「北村か!」
「その声は天橋か!!」
近いな。向こうからこちらに来るらしい。
今のうちにスキル封じだけは解除しておくか。確かマジックアイテムに触れて念じるといいはず……。
「どうかしたの?」
堀井さんの声に我に返った。
スキル封じを解除した途端、遠くに危機感知スキルが反応した。他にも気配察知スキルの影響だろう。一定範囲内の様子が感じられる。
やはり北村ともうひとりがこちらに走ってきている。
「いや、どうなっているんだろうなって」
努めて冷静に振る舞う。幸いなことに周囲に反応するのは北村と誰かだけだ。あとは……、ごくごく弱い敵の反応がある。
まるで初心者向けのダンジョンの一階のように。
「おお! 天橋と堀井さんがいたぞ」
「堀井さん!」
北村と一緒にいたのはクラスメイトの女子の相沢さんだ。陸上でそこそこ有名な人だったはず。細身でいかにも陸上選手のような体つきだ。
「よかった、北村君も相沢さんも無事みたいね」
人が増えると安心感があるのだろう。堀井さんと相沢さんは明らかにホッとした顔をした。正直、オレは堀井さんとあいさつ程度しか話したことがないしね。女子が増えると安心するのだと思う。
「ここは、なんなんだよ!?」
一方、北村はちょっと興奮気味だ。初めての経験で戸惑っているのだろう。
あっちの世界だと、マッピングとかダンジョンで役立つスキルあったんだけどなぁ。オレ持っていないし。危機感知スキルと気配察知スキルは役に立つが。
「ねえ、早く出ようよ。ここまた地震が来たら危ないんじゃないの?」
「まてまて、そもそもここはなんなんだ? 学校の地下施設か? 松明まであるし」
安心したところで今後のことになる。相沢さんと北村はそれなりに話せる友人らしく、現状について話している。
パニックにならない理由は、周囲が煉瓦造りの壁と床で人工物に見えるからか。
「地下倉庫はあると聞いたけど、こんな前時代的な地下施設なんてないはずよ。そもそもこの松明はいったい……」
ふたりに釣られたわけじゃないだろうが、堀井さんは知的好奇心が強い人のようだ。現状の不自然さに興味がそそられていた。
でも確かに、ここは違和感がある。
なんなのだろう? 本当にダンジョンなのか?
松明からは魔法的な力を感じる。あれはあっちのダンジョンにあった、半永久的に消えない松明と酷似している。
とすると、この危機感知と気配察知スキルに反応する魔物らしき反応は……。
「とりあえず外に出ようか?」
駄目だな。オレまで優先順位を考えないでいては。
得体の知れない場所なのは確かだ。しかも装備は体操着と運動靴。身体能力と魔法の制限は解除しないほうがいいだろう。下手に実力を見せるとオレが化け物だと思われる。
もし仮にダンジョンだとして、厄介な敵が出てくるまではこのままでやってみよう。
勇者としての経験とスキルがあれば、この程度の場所からなら抜けることが出来る。たとえ魔物がいても。
なにはともあれ、今はこのダンジョンもどきから、クラスメイトを連れて外に出なくては。
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