第9話・エピローグのその先は?
Side:プリーチァ
やはり、勇者様……カケルの様子が少しおかしい。
最初にその可能性に気付いたのは魔王だった。カケルの様子には気を付けたほうがいいと指摘された。
悔しいけど、それは事実だった。
カケルが入浴している合間に、先ほど診察をしたサンクティーナと今後のことを話さなくては。
「サンクティーナ、カケルの様子は?」
「今のところ深刻ではありません。まだ気を張っているようですし。ただ……、あちらでの経験がカケルさんに与えた影響は小さくありません。今後、悪化する可能性はあります。しばらく様子を見ないとなんとも……」
思えば勇者が元の世界に戻ったあとまで私は考えていなかった。そのことが悔やまれます。
「フィーリア、ノクティア。勇者のその後についてなにか知っていますか? あいにくと、私が見た城の書物にはそれに関して一切記載がありませんでした。あちらに帰っても誰にも他言は致しません。教えてください」
勇者とはなんなのでしょう? 神が遣わした調停者、人族の庇護者、言い伝えられる逸話はいろいろとありますが……。
「多くの勇者は故郷に帰っているわ。ただし、残った者の記録もそれなりにある。残った者の多くは平穏に暮らしている。貴女の王家にも勇者の血が入っているはず。また魔族やエルフと共に生きた勇者もいるわ」
フィーリアは迷いの表情を見せましたが、即座に答えたのは魔王ノクティアでした。
「魔族と……、ということは当時の魔王と決着が付かなかった? いえ、付けなかったというべきかしら?」
「ええ、その両方があるわ。魔王と和解した勇者もいる」
やはり、そうでしたか。フィーリアの様子を見ると知っていたのでしょうね。エルフは長寿ですから。
「故郷に戻った勇者のその後は?」
「残念ながら、それは私も知らないわ。種族に問わず、勇者の世界への渡航をしようとした者は歴史上存在する。また、あちらに残った勇者で晩年に帰郷を望んだ者もいたはず。ただ、魔王討伐直後以外で異世界渡航に成功したという記録は魔族にはない」
カケルは、勇者としてなにを得たの? 魔法とスキル、身体能力は得たものの、平和なこの国で果たして異端となる勇者の力は役に立つのでしょうか? むしろ……。
「いずれにしろ私たちは当面ここで暮らすしかない。カケルのことは皆で見守りましょう。ノクティア、申し訳ないけど貴女にも協力をお願いするわ」
「ええ、構わないわよ。勇者と魔王は表裏一体。勇者の行く末には少なからず興味があったから」
分からない。分からないけど、私たちがここで成すべきことは少し見えたのかもしれません。
二度と行くことの出来ない異世界でいくら讃えられようと、帰還した勇者は得るものなどないことを知ってしまったのですから。
Side:天橋翔
お風呂の順番、オレは最後にしている。いや、女性の先に入るのも気が引けるし、途中で入るのも落ち着かないし。
シェアハウスだと思えば、あり得なくないことだろうけど。
最後ということもあり、少し冷めた温めのお湯にゆっくりと浸かる。
マジックアイテムも完成したし、とりあえず異世界人として騒がれる危険性は減っただろう。ただ、外に出る以上、服はきちんと自分で選んで買うべきだろう。
あと、スマホは早めに契約して使い方を教えたほうがいいな。今時の若い女性がスマホも使えないなんてまずありえない。名義はオレが契約するしかないか。
とすると、あとは先立つものか。月にひとり一万じゃ足りないよな。大人の女性が。二万か三万はいるか。
じいちゃんとばあちゃんの遺産は、遺言で両親ではなくオレが受け継いだ。そこから出すという選択肢もなくはない。両親と話をして金の管理は自分でしている。
他にはノクティアが持っている宝石などを売るという選択肢もあるが、こちらは止めたほうがいいだろうな。高校生が出所不明な宝石を持っているなんて不自然過ぎる。
バイトでもするか? いや、高校生が学業の合間に稼げる金額じゃない。
とりあえず遺産から出しておくか。無駄遣いじゃないし、じいちゃんとばあちゃんも理解してくれるだろう。
うん、明日はお金を下ろしてスマホを見てこよう。
やることを決めると風呂から上がる。といっても上がる前に湯船のお湯を抜いて掃除するのだが。毎回お風呂から上がる時に洗っていると、そこまで苦じゃない。
「カケル、ちょっといいかしら?」
お風呂も上がり、キッチンで明日の食事のことを考えているとフィーリアに声を掛けられたんだけど……。
ただ、ちょっと動揺してしまったかもしれない。そういえば、フィーリア。ブラジャーもショーツも使わないんだっけか。シャツに大きな胸が微妙に透けている。
食後、ラフな格好で会うとかあっちだとまったくなかったしな。オレはオレで夜もひとりで鍛練とかしていたし。
こっちに戻ってからも、いろいろと話したりと大変だった。
そもそもエルフだから感覚違うんだよね。彼女。まあ、見ないようにしよう。
「どうした?」
「料理とか掃除とか、私たちもやろうと思うんだけど……」
「無理しなくていいぞ。こっちの暮らしに慣れるまではオレがやるから。ああ、自分の部屋は自分でやってもらうか。まずはそこからだな」
ほんとお付きの人たちがいなくなったことで、お互いに自分で動いて話をしないといけない。フィーリアはともかく、プリーチァとサンクティーナにはそんな環境すら珍しいはずだ。
どう気を使い、どう合わせるか。そこで本人たちも悩んでいる様子なんだよね。
あと部屋割りに関して、空いている部屋は三つある。うちひとつをマジックアイテム作りに使っていたので、そのままノクティアが使う。あとはプリーチァが一部屋を使い、フィーリアとサンクティーナは同じ部屋を使ってもらうことになった。
このあたりは女性陣に任せた。オレの部屋を空けることも提案したが遠慮された。実のところ男がリビング辺りで寝ていると、それはそれで気になるだろうし当然だろう。
「無理してない?」
「いろいろと考えることは多いけど、無理はしてないよ。実は、あっちに行く前はもともとバタバタしていたんだ。ばあちゃんが亡くなって落ち着いたと思った頃だったからさ。ここでの暮らしにも慣れてなかったし」
心配されているか。まあ、当然だよな。右も左も分からない世界で不安もあるだろうし。唯一頼れる存在がオレじゃなぁ。
「慣れると、こっちの暮らしは悪くないと思う。あっちでの自分と別の人生と思って少し楽しんでほしい。次の休日にはどこか外に出かけようと思っているしな。買い物も必要だし、女性でも遊べるところがいろいろとあるんだ」
日本だと、女性がひとりでお酒を飲んだり旅行だって行ける。申し訳ないが、あっちの世界だと難しいだろう。
苦しい戦いを続けていたのはみんな同じだ。ここでの暮らしが彼女たちにとって、ひと時の休息になってほしい。
この数日で、それだけは思うようになった。
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