第7話・平和な昼時のこと

side:天橋翔


 やっと、お昼だ。正直に言おう。眠かった。


 前の日に受けた授業が三年前だったこともあり、浦島太郎状態だ。当然のように前の授業の続きとして教えていたが、ほとんど覚えていない。


 もともと成績がほどほどだったことや、三年もの間、勉強から遠ざかったこともあって明らかに学力は落ちている。


 まあ、いい。昼飯だ。


 ウチの高校は食堂があるし、学校内の購買で弁当も売っている。もちろん自前で弁当を持ってくることも出来る。


「今日も自作のおにぎりか?」


「うん、まあな」


 隣の席の北村が、机のうえにあるおにぎりを見てなんとも言えない顔をした。


 私立ということもあり、それなりに暮らしに余裕がある奴しかいない学校だ。富裕層も多い。おにぎりだけ持参しているのなんて、クラスだとオレだけになる。


「育ての親が亡くなったばかりだからなぁ」


 そう、三年前のオレは、ばあちゃんが亡くなり一人暮らしとなったことで食事は自然と簡単なものになっていた。無論、食堂で食べるお金がないわけじゃない。


 というか、そんなことまで話していたんだな。細かい会話とかあんまり覚えていない。


「それもあるけど、おにぎりが好きなんだよ」


 前と同じようにしたという事実もあるが、あっちにいる三年間は米とか食べられなかったからな。単純にご飯が食べられるのが嬉しいということもある。


 そんなものか? と言いたげな顔をしつつ北村は食堂に行った。オレは教室内の喧騒を聞きつつひとりでおにぎりにかぶりつく。


 ああ、海苔と塩の味がいい。ほんと美味しいなぁ。具材は、ばあちゃんと一緒に漬けた梅干しだ。ほんと酸っぱいけど、それがいい。


 家にいるみんなは大丈夫だろうか? 一応、食事は用意してレンジでチンするだけにしてあるんだけど。


 ひとつめのおにぎりをぺろりと平らげると、ふたつめ……?


 なんか、ぞわぞわとする。勇者として得ていた危機感知スキルが僅かに反応したように。


「あれ地震?」


「最近、地震多いよね」


 クラスメイトの女子が地震に気付いたが、特に気にするほどもなく弁当を食べている。確かに体感するギリギリくらいの地震だ。緊急地震速報も鳴らなかったくらいに。


 勇者として得たスキルと魔法が使えることは昨日確認した。魔王からは使わないほうがいいと助言されたが。身体能力もおおよそだが、魔王と戦っていた時の十分の一くらいはある。当然、元のオレとは比べものにならないレベルだ。


 危機感知スキル、地震にも反応するんだろうか? あっちでは自然地震なんて経験ないしなぁ。帰ったらフィーリアか魔王にでも聞いてみようか。


 ふと見ると、カラスが大群でどこかに飛んでいくのが見えた。




Side:霞が関


 重苦しい空気が会議室を支配していた。


 内閣府に数年前から設置されている極秘の部署、『超常現象対策室』の面々と省庁の中でも選りすぐりの者たちによる会議が行われている。


「相も変わらず原因は不明ですか。困ったものですな」


 ひとりの男が放り投げるように書類を机に投げ出すと、そこには『第十五回、中期超常空間解析報告書』という文字が並ぶ。続けて『仮称ダンジョン』とある。


「科学の敗北か?」


「さて、それはなんとも言えん。将来的には解析出来る余地はあるともある」


「それは学者連中が予算欲しさに言っているだけでは?」


「機密保持出来る学者が限られているんだ。仕方あるまい」


 うんざりする。そう言いたげな男も中にはいる。すべての者が国や世の中のために奉仕するために公務員になったわけではない。自分のため、暮らしのためになった者が多いのだ。


 訳の分からない対策チームに抜擢されたことに不満を抱えている者もいる。これが功績になるならばいいが、機密扱いなため昇進に役立つかすら定かではない。


「幸いなことに、中に入らないうちは害がない。今のところ国内で確認出来るだけで八か所。秘匿を続けるべきだろう」


「ダンジョン調査で消費される武器弾薬の予算はどうするんだ? いつまでも隠したまま捻出し続けるのは無理だぞ。それに正体不明の身体能力向上。あれもどうなんだ? 俗に言うレベルでも上がっているのか? 後遺症は? 将来に渡る影響は? 自衛隊員の将来と安全を保障しないならば自衛隊は手を退くぞ!」


「知らん! あとは総理に一任するしかないだろう!!」


 この一件、あまりにも非現実的で分からないことが多すぎた。


 ひとつ言えるのは、大きな被害、国家存亡の危機と言えるほどの懸念はあまりないということ。今のところは。


 そんな半端な状況が決断を難しくし、調査と場当たり的な対策に終始させる原因となっている。


「不毛な言い争いは止めろ。オレたちは政治家じゃないんだ。それより、公開を検討している国もあると聞くが?」


「公開したいと騒いで、欧米と日本から対策費をむしり取りたいだけだろう。世界の根底を覆すほどの大騒動を自分で起こしたい国家は今のところない……と信じたい」


「経済的な視点で見ると、どこかで公開した方がいいのではという意見が大勢だ。解析中の未知の物質が山ほどある。あれを公にして得られる利は考えるまでもないだろう?」


「まてまて、中のアレが外に出てこないとは限らないんだろう? そもそも誰が管理して人を守るんだ? まずはそこを考えろ。ミサイルと南西諸島防衛で、予算も人員も足りない自衛隊にそんな余裕はないぞ。自衛隊は便利屋じゃない」


「ダンジョンは今も世界で増え続けている。いずれ世界が知ることになるだろうな」


 各省庁の代表が各々の意見を口にするが、現代社会において情報非公開のままで出来ることは限られている。


 まして日本の場合は、国内外にいるスパイの対策すら後進国と揶揄されるほどなわけで。


「古来、世の中には魑魅魍魎や鬼、人ならざる者がいたともいう。非科学的な妄想と思っていたが、こうなるとそっちから調べたほうがいいんじゃないのか?」


「皇室へは知らせていない。宗教関係に漏らせば機密保持が難しくなる。どうやって調べるんだ? 歴史学者にでも頼れと? なにかあれば、もっと騒いでいるはずだ」


 依然予断を許さず。結局、まとまったのはそれだけだった。


 無論、公開を想定したシミュレーションと法整備の検討など必要なことはしている。とはいえ、現状では次の会議の日程しか決まることはなかった。



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