第6話・勇者、登校する

side:天橋翔


 月曜日だ。例のマジックアイテムは今日中に完成するとのことであるが、オレは学校に行くために家を出ている。


 感覚的には三年ぶりの登校だ。……長い週末だったなぁ。


 懐かしさのようなものはあるが、意外に違和感などなく平々凡々とした登校だと思う。三年前の最後の登校の時、なにを考えて登校していたかなと思い出してみるも、正直、あまりいい記憶ではないことだけは思い出せた。


 ばあちゃんが亡くなったばかりで、まだ気持ちの整理がついていなかったんだ。


 家に残した仲間たちと魔王が気になるが、昨日一日で家にある水道トイレや電化製品の使い方は教えてある。困ることはないと思う。



 家の近くのバス停では通勤通学をする人々が列をなしている。


 今は四月中旬、高校進学したばかりで、引っ越してひと月も過ぎていない。そのため顔見知り程度に見たことがある人はいるが、声を掛けるほど親しい人はいない。


 ワイヤレスイヤホンで音楽などを聴いている人、スマホを見ている人。気のせいかもしれないが、周囲と関わろうとしない人が多いなと感じる。


 これが普通なんだよなぁ。


 ふと、異世界召喚されたばかりの頃、王都を散策した時を思い出す。人の様子、営み。違うところもあるが、変わらないところもある。


 あの世界の人たちはどうなったんだろうか? 人族も魔族も、他の種族も……。


 まあ、争い、戦争が身近な世界だ。それなりに生きているとは思うが。



 高校は私立だ。草薙学園高等部。選んだ理由は、地元の公立や私立よりも自由な校風で通いやすいと思ったからだ。いくつかあった候補から、ばあちゃんと相談して決めた。


「おはよう」


「おっす」


 一足先に来ていた隣の席の奴と挨拶を交わして席に着く。人間関係は可もなく不可もなく。まだ入学して半月も過ぎていないし、そんなものだと思う。


「なあ、天橋、部活決めたか?」


 三年前のことと、この三年間を思い出していると突如、先ほど挨拶した奴に声を掛けられた。


「いや、決めてない」


 名前なんだっけ? 世間話くらいはしていたはずだけど……。


「天橋君、北村君。おはよう」


 そうそう北村だ。入ってきたクラスメイトのおかげで思い出した。堀井明日香さんだ。彼女のことは覚えている。親が金持ちの御令嬢だとか。絵に描いたような美人だ。


 当然ながら、挨拶以上の会話をした記憶はない。


「おっす」


「おはよう」


 北村とも挨拶を交わす様子が違和感ない。育ちがよく、人当たりがいいんだろうなと思った記憶がある。


 しかし、あれだね。高校生ってこんな感じだったんだな。


 なんというか……、気楽だな。誰もオレに注目なんてしないし、そこらにいる人と同じとしか見ていない。


 向こうにいる間は勇者であったことで常に周囲に人がいて、注目されていた。好意的に受け止めると、特別扱い。逆の視点で見ると危険人物の監視だろう。


 聞こえてくるのは、たわいもない話をするクラスメイトたちの声。


 常に周囲に気を張っていないといけない生活が長かったせいか、素直にホッとする。注目されない生活って、こんなに楽なのかぁ。


 学校に通うの面倒なところもあったけど、楽しめるかもしれない。




Side:サンクティーナ


 勇者様が学校に行かれました。


 私たちは特にすることはなく、魔王は別室でマジックアイテムを作っていて、姫様は室内で鍛練をしています。あと、フィーリアさんはこの世界を知りたいと、ずっとテレビというものを見ています。


 私は神に祈りを捧げていますが、あちらの世界の神に祈りは届くのでしょうか? それともこの世界の神に?


「やはり身体能力も、あちらより随分と落ちていますわね」


 鍛練をしていた姫様が珍しく不安そうにしています。


 ただ、ここは魔物がおらず人々が憂いなく生きられる世界……のはずです。姫様は魔王を警戒していますが、私はむしろ信じていいのではと思っています。


 魔王から解き放たれた彼女が私たちと敵対する理由はない。むしろ、魔王は私たちをあちらに早く戻したほうが面倒もなくていいのではと思えます。


「サンクティーナ、神託はありませんか?」


「はい、姫様。神託はありません。それと……、これは本来、門外不出の機密なのですが、神託はスキルがあっても生涯一度も受けたことがない者もいるものです。私たちのことで果たして神託があるのかどうか……。私、神託を受けたことがありませんから」


 実は、最後の神託は数百年前だったと聞き及んでいます。代々の聖女が伝え聞く話しが正しければ。


「それはどういうことですの? 神託があって初めて勇者召喚をされるはず……、今回も貴女が神託を受けたのでしょう?」


「私は……」


「プリーチァ、それは建前よ」


 返答に困ったのを見たフィーリアさんが代わりに言ってくれました。やはり彼女はいろいろと知っているようですね。大司教様からはエルフ族に気をつけるようにと言われていましたが、むしろ……。


「そんな……」


「そもそも、あの魔王を倒す意味がある? 彼女が本気になるとどうなっていた? それは貴女もよく知っているはずよ。今回の勇者召喚は人族の都合だと聞いているわ」


 それは私も知らないことです。勇者召喚が神託抜きにして行われたことは知っていますが、その理由までは聞かされていませんから。


「くっ……」


「長老様が言っていたわ。今度のイケニエは若い女だと」


 イケニエですか。魔王のことをそう呼ぶなんて。


 エルフ族は長寿故、見た目に騙されるな。悪辣だから。大司教様の言葉の意味が少しだけ分かります。フィーリアさんは、それを承知で魔王と戦っていたのですから。


 無論、私も同じですが。


「なかなか愉快な話をしているわね」


 気配がしませんでした。いつの間にか、魔王が別室から出て来ていたなんて……。


「事実でしょう? 私も確信がありませんでしたが、貴女が言った望まずに魔王になったという言葉ですべて繋がりました」


「余計なことを打ち明けるなんて感心しないわ。誰しも知らないほうがいいことはある。貴女たちは故郷に帰るんでしょう? 心配しないで。貴女たちは、私が必ずあちらに帰してあげるから」


 彼女は終始私たちを憎むことも恨むこともない。教会にいる者たちより遥かに高貴に見える。


 私には、もう聖女としての資格も能力もないのかもしれない。


 戻る? その言葉が素直に嬉しくない自分がいます。ここで生きたいと思うほどこの地を知りませんが、戻ったところで私には、なにひとつ自由などないのです。


 修行が足りないのでしょうか?


 それとも……。



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