第5話・異世界での夕食
side:天橋翔
夕食はご飯と味噌汁をメインに、現代日本のごくごく普通の食事にすることにした。
食事についてはプリーチァ姫と相談したのだが、この世界で当分生きるならば、相応にこの地の流儀や食べ物に慣れる必要があると理解してくれた。
当然、口に合わないなら無理強いはしないが、食べてみようと思ってくれたことには感謝する。
「勇者様、手伝いましょうか?」
夕日が差し込む頃、夕食の支度をしているとサンクティーナがキッチンにやって来た。
「大丈夫だよ。落ち着かないだろうけど、テレビでも見ててくれ。つまらないかもしれないけど、この世界のことが分かるからさ」
「……はい」
やはり慣れない場所で落ち着かない。そんな感じだ。オレがあちらの世界にいたのは三年ほどになるが、彼女はどちらかというと与えられた使命を一生懸命にこなそうとしていた。
正直、そこまで腹を割って個人的な話をしたことはないんだ。
そもそもオレと仲間たちも四人で行動した経験はなく、常に護衛やプリーチァ姫のお付きの侍女、サンクティーナのお付きの神官なんかが大勢いる環境だった。
最終決戦のあの時、魔王が閉鎖空間を作り出してオレたち以外を排除したことで初めて四人になったくらいだ。
そのため、個人的な話とかあまりしたことはないし、物語のような少数で助け合い魔王討伐の旅に出るなんて様子ではなかった。
オレ自身はまだ経験はないが、職場の人間関係に近いのではと思った。仕事として一緒にいる仲間。そんな感じだった。
とまあ、向こうでもいろいろとあったが、彼女たちには相応に世話になったし、慣れない環境のオレを気遣ってくれた。今度はオレの番だろう。
彼女たちが落ち着いて暮らせる環境がいる。そう思っていると、入れ替わるように魔王の様子を見に行っていたフィーリアがキッチンに来た。
「フィーリア、魔王は?」
「凄いわよ。あれだけの技術があるなんて……」
少しショックを受けた様子のフィーリアなんて初めて見た。基本は何事にも動じない人なんだけど。
というか、オレが聞きたかったのは魔王の様子なんだけど。それを察していない時点で、彼女も少し疲れているのかもしれない。
「元の世界に帰れそうか?」
「……魔王次第だと思うわ」
「必ず帰る方法はあるさ。オレが行けたんだから。それまで少しのんびりしているといい」
いつか帰れるという希望は大きい。オレ自身がそうだったからな。
さて、食事の支度も出来たし、魔王も呼んで食事にするか。食事くらいは一緒にとるほうがいいだろう。仲良くする必要まではないが、意思疎通出来るくらいにはしておきたい。
Side:フィーリア
人族と魔族がまた戦争を始めた。その知らせにエルフ族はうんざりしていました。
人族は寿命が短く人口が増えるのが多い分、世代交代が早いので過去の経験や教訓が生かされず同じ過ちを幾度も繰り返す。
一方の魔族は寿命が長い分、過去の因縁や不満をいつまでも抱えているので人族の愚かな挑発に乗ってしまう。
私たちからすると、どちらも困った存在でしかなかった。
「あら、夕食は変わった料理ね」
現状を一番受け入れているのは彼女、魔王でしょう。自ら魔王を捨てようとしていたのですから。思うところもありますが、理解するところもある。
望まずして魔王に即位した彼女は、ずっと争いを嫌がっていましたから。
「これは稲の実ね」
出された食事に思い当たるものがあります。勇者は知らないと思いますが、あちらの世界にも同類の植物がありましたから。
ただ、食べ方は違うようですが……。
味付けもせず煮たようなもの。味は……、悪くないですね。麦を少なめの水で煮たような料理。パンの代わりのように食すものですか。
稲の実そのものには味付けがしてありませんが、料理と一緒に食べると稲の実の甘みが料理によく合います。
食生活はその土地や国の歴史や風土が分かる。なかなか興味深いものがあるわ。
「どう? 口に合わないならパンもあるけど」
ただ、そんな私たちを勇者は心配げに見ている。
意外に細かいことを気にしているわね。向こうでは、常に遠慮していてそんな様子はなかったのだけど。それだけ我慢していたということかしら?
「大丈夫ですわ。この箸というものは少し慣れませんが」
「そうですね。美味しいですよ。初めての味ですけど」
プリーチァとサンクティーナも、状況的に贅沢を言うはずもなく、そんな勇者の様子を気にしています。
一方の魔王は、まるで宮廷で食事をするように初見のはずの箸というものを優雅に使いこなしています。その姿に恐ろしさを感じます。
いったい、どこまで私たちの思惑を超えていくのでしょうか?
「ゴハンとミソシルか。私も初めてだわ。何代か前の勇者が、当時の魔王との決戦前に食べたいと言い残した料理ね」
「なぜ、そんなことを魔族が知っているのですか!」
ただ、魔王の些細な言葉にプリーチァが反応すると、また雰囲気が悪くなります。
プリーチァは志があっても、あまり政治的な動きが出来ない王女。それもまた父王に好まれたひとつだとか。親子であっても信頼が置けず地位と政治で見てしまう。人族の王族の嫌なところね。
「さあ? なぜかしらね。人族の記録にはないの? おかしな話よね。異世界の情報なんて喉から手が出るほど欲しいでしょうに。それとも……」
睨むプリーチァを受け流すような魔王の一言に、私もまた驚かされる。魔王の口ぶりからすると、魔族、人族、教会、どこも上層部は勇者に関する機密を知っていて隠しているのでしょうね。
ということは、エルフ族の長老衆も知っていることでしょう。私もまた肝心な情報を教えてもらえていなかったと分かってしまった。
使い捨てにされるなんて聞いていませんよ? 長老様。
「あの……せっかくの食事です。感謝して美味しく頂きませんか?」
少し考え込んでいる間に、まさかサンクティーナが口を開くなんて……。
「うふふ、ごめんね。聖女さん。貴女の言う通りよ。私が悪かったわ」
「サンクティーナ、ごめんなさい」
まさか、サンクティーナが魔王とプリーチァのいさかいを収めてしまいました。そこまで芯の強さがある子ではない。ただ、この状況で一番冷静なのは彼女なのでしょうか?
聖女の名と才覚は確かということかもしれません。
「お詫びの代わりにさっきのこと教えるわ。魔王には代々即位と共に受け継いでいた相伝の情報とかがいろいろとあるのよ。歴代勇者に関する情報もそのひとつ。情報収集と記録を残すことは魔族が一番長けていたと聞いているわ」
「……そうでしたか。声を荒げてごめんなさい」
私たちを気遣う様子の勇者とサンクティーナに、プリーチァと魔王は互いに非を認め一歩引いた。ようやく新しい関係を築けたのかもしれませんね。
これで私たちはここで生きていけるかもしれない。疑心から争いとなることが一番困ることですから。
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