第4話・異世界にて思うこと

side:天橋翔


 魔王は空き部屋にて、マジックアイテム制作に取り掛かった。


 今ある現物はひとつのみで、人数分が完成するのは三日ほどかかるらしい。今日は土曜なので月曜には出来るとのことだ。


 これで、ひとまず異世界人が現れたなんて大騒動になることは避けられるだろう。


「姫様、大丈夫か?」


 一方、この状況に少し戸惑っていたプリーチァ姫だが……。


「気にしないで。私は軍人だったし、過酷なことには慣れているから」


 過酷という言葉が出るあたり、まだ落ち着いていないか。現状への苛立ちはあるらしく、彼女の中ではまだ魔族との戦争は終わっていない。そんな感じだ。


 ただ、実は魔族との停戦協定を推し進めていたのは、他ならぬプリーチァ姫になる。そういう意味では魔王との相性は悪いが、魔王個人を恨んでいるわけでも憎むわけでもない。


 種族対種族、国家対国家、個人対個人、この辺りをきちんと分けて考えていた人だ。


「ただね、私たちが消えたあとどうなったか心配なだけよ」


 それはある。プリーチァ姫と魔王が消えたことでブレーキが利かなくなる可能性は十二分にある。双方の過激派が好き勝手しているかもしれない。



 ふと会話が途切れると、フィーリアとサンクティーナがリビングに戻ってきた。


 フィーリアは魔王と話をしたいとマジックアイテム制作している部屋に行き、サンクティーナは家の中を見てくるといって席を外していたんだが。


「勇者、ご家族はいないの?」


 フィーリアは家に違和感があるのだろう。まあ、リビングとキッチンとオレが使う自室以外は荷物もない空き部屋ばかりだからな。


「両親は海外……遠い外国にいる。外国で働いているんだ。この家は、ばあちゃんと住むはずだったんだけどね。少し前に亡くなった」


 中三の夏くらいから体調を崩し入院がちだったばあちゃんが、一緒に住みたいと選んだ家なんだ。


 いつ両親が帰ってきてもいいようにと広い家にした。


 地方都市であるここらだと、少し郊外の住宅地に行くと広めの一軒家が普通にある。あと、ここの他には、ド田舎と言えるじいちゃんとばあちゃんの家は残っている。高校に通うのが大変だからとここを借りたんだ。


 『学生時代くらいは楽しめ』とは、ばあちゃんの教えだ。そのため行きたい高校に行かせてもらい、わざわざ近いところに一緒に住むつもりだった。


「では、そこの祭壇にあるのは……」


「祭壇? ああ仏壇か。そうだよ。じいちゃんとばあちゃんだ」


「私、祈りを捧げてきますね」


 サンクティーナはそのまま、リビングに置いてある小さな仏壇に祈りを捧げ始めた。


 向こうの世界だと聖女は宗派問わず祈るので、それが普通だ。祈る神々に違いがあったりするが、基本的にはすべての神に祈る。魔族の神以外は。


「気を使う人もいないしね。戻るまでは好きに使っていいよ」


 さて、夕食を考えないとなぁ。


 とりあえずご飯と味噌汁が口に合うのか確かめないと。まだ二時くらいだけど、先にご飯を炊いて味見してもらうか。




Side:プリーチァ


 勇者様を元の世界に帰す。そのために私は魔王討伐を承諾し参加した。


 魔王討伐が勇者送還の鍵なのは、王城にある歴代勇者の資料で明らかだったから。


 魔族にも魔王にも私怨はない。戦場に出れば出るほど、争いの意味と現実に打ちのめされた。


 世界はなにひとつ優しくなかった。




 外から聞こえる喧騒が、元の世界と違うと分かる。数年、共に過ごした勇者様の人となりから想像した勇者様の故郷の世界。


 まさか、ここでしばらく暮らすことになるなんて。


「ちょうどいいから、これでも見ていてくれ」


 なにをするわけでもなく時が過ぎるのを待つ。私にはあまりなかったこと。そんな私を気遣ったのか、勇者様はなにやら始めました。


「音が……」


 サンクティーナが驚きました。部屋にある黒い板から音が流れ見たこともない光景が映っています。


 魔族やエルフ族が使う遠見の魔法の類でしょうか?


「勇者様、この魔道具の言葉が分からないわ」


 私の言葉に勇者様はハッとしています。異世界から召喚された勇者には翻訳の指輪型魔道具が貸し与えられ常に身に着けていましたから。


 私たちと勇者様は互いに言葉が通じますが、この世界では私たちは言葉が通じないことになる。


「ああ、それなら大丈夫よ。魔王と話をして、例の魔道具に翻訳も出来るようにしてもらっているわ」


 フィーリアはすでに気付いて手を打っていましたか。さすがですね。


 エルフ族が参謀役にと派遣したのが彼女になります。魔族との戦争を拡大させる人族の監視もしていたようですが。


「これテレビというんだ。まあ、正確には動画配信なんだけど。この国を旅する人の配信を流しておくよ」


 映像というものを見ていると、大きな町であることが分かります。馬車のようなものが無数に走り、それに乗る人。


 衣服から見ても、貧しい貧民に見える人は今のところいない。


 ちらりと勇者様を見ると隣の部屋で何かをしています。厨房のような部屋です。


 召喚された頃に戻った容姿の勇者様を見ていると、胸が痛む。


 私たちは争いも知らない異世界の若者を戦争に駆り出し、その手を汚させてしまった。陛下は故郷に戻る戻らないにかかわらず望みの対価を与えると約束し、一部は先渡しとして与えていますが。


 帰還を望む場合、対価を受け取る時間などないことは伏せられました。


 ただ、悔いてばかりいられませんね。


 魔王はあちらに戻る気はないのでいいとして、フィーリアとサンクティーナは帰れるようにしなけれれば。


 それには魔王の協力が要る。口惜しいことですけど。


 それにしても……、こちらに来て以降、ずっと知りたかった魔王の本音を聞いて、己の中にある嫌な予感が高まるばかりです。


 そもそも異世界召喚は、神々が残した禁断の秘法です。神託に従い、異世界から世界を救う勇者を召喚する。


 ただ、今回、私は当事者として関わって、勇者という存在と戦争について疑問を感じていました。その疑問はカケルの世界に来てからより増えています。


 神々はなぜ、あの魔王を滅ぼせと神託を出したのでしょうか? 歴代魔王の資料と違い、穏やかで争いを避けていたというのに。


 こうなると、歴代魔王の資料、あれすら正しいのか疑わしくなる。


 陛下や大司教様などに問うても、神々の御心を疑うべからずとしか言わず話になりませんでした。


 なにか隠しているのは察していましたが、神々と人族の王族や教会の間にはどんな取り決めがあったのでしょう?


 所詮、私が知ることの出来ないことと諦めていましたが。


 まあ、今は勇者様にご迷惑をお掛けしないように元の世界にふたりを帰す術を見つけなければ……。


 神々の目の届かないだろうこの異世界で。




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