第3話・共同生活の始まり
side:天橋翔
自宅に帰ると、さっそく購入してきた服を広げて見せる。
「へぇ。こういう服を庶民が着ているのですか」
いろいろあって表情が硬い仲間たちも、新しい服に嬉しそうにしてくれた。第一印象は悪くないか。正直、彼女たちが着るような高級な品と違うのは、見て分かるはずだが……。
ただ、サンクティーナは下着を持つと広げてみて少し小首を傾げた。
「勇者様、これはなんでしょう?」
本当に知らないと言いたげな顔で真面目だ。なんか言いにくいなぁ。
「下着だけど。履くんだ。一番下に……」
すぐに恥じらいを見せるサンクティーナに、オレは申し訳なくなる。
「下着ね。エルフは使わないのよね」
空気を変えるように出掛ける前に残した麦茶を飲んだが、フィーリアの何気ない言葉に噴き出すところだった。
向こうの世界でエルフ族の村に行ったことはあるが、立ち寄っただけでそこで暮らしたわけじゃない。エルフ族の価値観とか、知らないことが多いんだと教えられた気がする。
無論、強制はしないよ。ただ、こっちだと普通は使うと教えたけど。
「庶民の肌着や下着とは思えませんわね」
プリーチァ姫も異世界の服に興味津々だ。下着は知らないが、ドレスは向こうの世界にもある。そういう意味では美的感覚は基本として大差ない。
一番心配だったプリーチァ姫の反応が悪くないことで一安心だ。無論、満足というかオレへの気遣いを含めて許容範囲だという意味だと思うが。
「ちょっと苦しいわね」
「私も合いませんね。着られないほどではありませんが」
問題があったのは魔王とフィーリアだった。日本人離れしたスタイルの魔王とフィーリアには量販店のシャツはキツイらしい。かといって胸のサイズだけで買うと他が合わなそうだし。
主に胸元とヒップ周りがキツいか。世の中の女性が聞けば恨み言のひとつでも言いそうだが、彼女たちは素直に困っている。ヒップはスカートならなんとかなるが、胸はなぁ。
プリーチァ姫も日本人と比べるとスタイルはいいんだけどね。ふたりは一段と凄いから。ちなみにサンクティーナは日本人らしいスタイルに近い。
少し悩んだあと、とりあえず我慢して着てくれるらしい。
服が変わると違和感は減る。見た感じは外国人という姿だ。結局、服に関しては落ち着いたら店を自分たちで見てみることになった。
フィーリアはやはり自作を念頭に置いているみたいだけどね。
ただ、その前に昼食だ。
大鍋にぐつぐつと沸かしたお湯に塩を入れてパスタを茹でる。ソースは市販のレトルトだ。
オレ自身、ばあちゃんに習っていたので料理も多少出来るが、彼女たちが食べていたような上流階級に通用する腕前ではない。
それに平日だと、オレは高校に通う必要があるので、留守中に彼女たちで食べられるものをと考えて試しに買ってきたんだ。
メニューはパスタと生野菜サラダ、それとお湯を注ぐだけで飲めるスープになる。
このレベルでストレスなく食べてくれると、今後の見通しが立つんだけど……。
「……近くに料理人でもいるのですか?」
リビングのテーブルに料理を並べるとサンクティーナが驚いた。
なんて説明しようか。うーん。
「保存食のように、すぐに食べられるものがあるんだよ」
魔法とマジックアイテム。異世界も結構便利だった。とはいえ、三十分もかけないでそれなりの料理を庶民が用意するのは無理だったな。
そのままサンクティーナとプリーチァ姫は日課である食事前の祈りを捧げるが、オレとフィーリアと魔王は黙って待っている。
暮らし、神々に対する風習も千差万別なのはあっちの世界も同じだ。
祈りが終わり、彼女たちが食べるのをオレは静かに見守った。
プリーチァ姫とサンクティーナが一口食べて笑顔を見せた瞬間、オレはホッとした。
「美味しいですわね」
「はい! 正直、不安でしたけど」
残るフィーリアと魔王だけど……
「生の野菜ね。久しぶりだわ」
「似て非なる野菜ね。生態系が違うのかしら?」
大丈夫だ。フィーリアも喜んでいる。魔王は早くも考察を始めているが、ひとまず大丈夫とみていいか。
「このくらいの食事でいいなら、一日三食、出せる。お金も要らない。料理の幅はあっちの世界の王都よりも豊富と思ってくれていい」
仲間たちは素直にホッとしている。見知らぬ異世界に飛ばされどうなるかと不安だったんだろう。魔王としての役目から解放された魔王は別らしいが。
「換金出来そうな品ならあるわよ。宝石や貴金属とかいろいろと……」
お金の話をすると魔王は右手に魔力を込めた。掌の先に空間魔法の魔法陣が浮かび上がるとそこに手を入れる。
魔法陣から手を出すと、そこには見たことがあるものやないものも含めて、いくつかの宝石があった。
空間魔法は魔王が好んで使っていた魔法だからな。得意なんだろう。ゲームなどでいうところのアイテムボックスやインベントリとして使っているのは、魔王以外見たことはないが。
「いいよ。正直、こっちにないものは出せないし、あるものも目立つ」
金銀で装飾されたバカでかいルビー、サファイア、ダイヤがある。魔王は割と雑な扱いをしているけど、正直、売り先に困るレベルだ。
「それより身分証とかないと外出られないんだけど、なんか対策はある? 見た目はこの国に来る外国人に見えるから、パスポートという身分証が用意出来れば、自由に出歩けるんだけど……」
「疑われない。違和感を持たれないマジックアイテムならあるわよ。私、それで人族の町によく行っていたから。さすがに人数分はないけど、材料はあるし作って提供するわ。巻き込んだ罪滅ぼしに」
さすがは魔王か。というか、こいつ。最初から隙あらば魔王の地位を捨てて逃亡する気だったんだな。
宝石といいマジックアイテムといい準備が良すぎる。
ただ、ここでプリーチァ姫が少し嫌悪感を見せた。
「己の役目から逃げるとは、なんと愚かな」
「そうね。愚かよ。でも……戦争をしている者なんてみんな愚かじゃない? 貴女がいくら戦場で自ら戦い、犠牲が少ないように争いを収めようとしても焼け石に水だったみたいに。安全な場所で好き勝手に騒いで、異世界から無関係な勇者を召喚して巻き込み、さらに戦線を拡大させた。結果として、人族魔族の双方に甚大な被害を出した人族の王侯貴族も賢いとは言えないわ。無論、魔族の王侯貴族たちも同類ね」
魔王の反撃の言葉に、プリーチァ姫は苦虫を嚙み潰したような顔を隠さなかった。
言い返さないあたり、プリーチァ姫も魔王の言い分を理解しているはずだ。ただ、巻き込まれた身として、一言言わざるを得なかったんだろうな。
「こっちの世界もあんまり期待するなよ。どこも似たようなものだから。なるべく目立たないようにしてくれると助かる」
過ぎたことより、今日と明日。これからのことだ。
なにより仲間たちを無事にあちらの世界に帰すには、魔法に長けた魔王の協力がいる。魔王自身は帰る気がないらしいが、それでもこの世界で生きるためにオレが協力することで、仲間たちの帰還の協力もしてくれるだろう。
仲間たちと魔王との奇妙な共同生活か。少し先が思いやられる。
もう戦争やら世界やらはお腹いっぱいだ。なるべく平穏で穏やかな暮らしがしたい。
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