第2話・勇者、帰還早々、試練の時となる

 まず、状況を整理した。


 向こうの世界に戻ることを望むのは仲間たちだ。ただ、現状で戻るのは不可能に近い。来られた以上、なにかしらの戻る方法があるかもしれないが、それを見つけ実行するのには相応に時間が掛かる。


 魔法は使える。ただし、魔力が薄いという理由から使える魔法に制限があり、実際の効果などは使ってみないと分からない部分があるとのこと。


 オレからは重要なこととして、この世界には向こうの世界でいうところの人族以外の異種族がいないと説明した。どうにか普通の人間に偽装する必要がある。


 プリーチァ姫とサンクティーナは人族であり、そのままでも問題はなく、容姿に関してはエルフ族のフィーリアと魔族の魔王が自己解決した。


「変身魔法は使えるわね」


「こんなものかしら」


 ふたりとも使えるという変身魔法で姿を変えると、フィーリアはエルフ特有の長い耳を人と変わらない形に変化させ、魔王は顔にある魔族の紋章が消えた。


 実は見た目はそれほど人間離れしていないんだよね。どういうわけか。


 変身魔法の負担は変化させる割合により変わるそうだが、ふたりとも日常生活で問題になるレベルではないらしい。


 そうすると次に問題となるのは、衣食住だ。


 住居はウチに当面住んでもらうしかない。一軒家であることもあって、広くはないが生活には困らないはずだ。


 衣服だが……、こちらはさすがにそのままというわけにはいかない。魔王はドレス姿だし、仲間たちは鎧やローブなど戦闘用の装備だからな。


 外に出るとリアル過ぎるコスプレとして注目されること間違いない。


 そのことを告げると、まずはどういう服があるのか見てみたいというので、パソコンで検索して見せることにする。


「面白いものね。魔道具でもない。魔力と別の力で動いているわ」


 ノートパソコンの電源を入れると、魔王が興味を示した。


 王女であるプリーチァ姫はどちらかというと脳筋……と言えば失礼か。王道を好み、細かいことは家臣や侍女に任せる人だしね。聖女であるサンクティーナは真面目だが知的好奇心が強いタイプではない。与えられたことを黙々とこなすほうが得意に思える。


「こんなの見たことがないわ」


 仲間たちではエルフであるフィーリアが興味を示している。未知への探求などを好むのだろう。


 すぐに女性向けの洋服の画像を検索して見せると、四人は横から覗き込むようにモニターを興味深げに見ている。あんまり高い服は困るんだけどな。


「勇者、お金は大丈夫なの?」


 ここが現実だと理解して今後の心配をしてくれたのは、フィーリアだった。プリーチァ姫あたりは庶民の生活を体験したことないだろうしなぁ。フィーリアも金銭欲とかはあまりないと思うが。


「当面のお金はある。ウチは両親と離れて暮らしているけど、祖父から受け継いだ遺産があってね」


 両親は海外赴任をもう十年ほど続けている。オレは祖父母に育てられたが、祖父は中学の頃、祖母も先月に亡くなっている。


「難しくない服なら私が作れるわ。生地とか違うけど、そこまで違うものでもないから。それなら多少安くならない?」


 ああ、それならいいかも。まてよ。まずは安い店に服を買いに行った方がいいか? 普段着としてなら、好みと合わない服が一着あってもいいだろうし。


 そう思いつつ仲間たちと魔王の顔を見るが、置いていって大丈夫かと不安もある。特にプリーチァ姫と魔王だ。買い物にフィーリアを連れていけばいいかと思ったが、サンクティーナだとふたりを止められないだろう。


 仕方ない。ひとりで行くか。女性の服なんて分からないんだけどなぁ。


「とりあえず服を調達してくる。ただし、あまり期待しないでくれ。庶民の服だから。それを参考にフィーリアに作ってもらうか考えよう」


 細部にまで匠の技が光る、仲間たちや魔王の衣装と同じレベルは無理だ。そこは事前に念を押しておく。


 家にあった飲み物とお菓子を皿に盛り、絶対に外に出ないようにと頼み、急いで比較的安価な服を売るチェーン店の服屋に自転車を走らせる。




 時間はちょうど開店したばかりだ。チェーン店だけに店員が来ることもなくゆっくりと選べるが、正直、女性の服なんてなにを買っていいのか分からない。


 まして高貴な異世界の彼女たちの服だ。


 当たり障りのないものでいいか。ひとり二着、下はパンツとスカートを一枚ずつ。上はシャツと羽織る物がいるな。あと靴下と靴か。靴は駄目だな、女性用のフリーサイズのサンダルでも買ったほうがいい。


 服は色やデザインや柄には種類があり迷うが、今は緊急時だし売れていそうなものを選ぶ。


「やばっ……!?」


 ただ、ここで重要なことを聞いてくるのを忘れたことに気づいた。下着、ショーツとブラジャーをどうするかということだ。


 そもそも、オレはあっちの世界の下着なんて見たこともないし、どういうのがあるのかも知らない。スリーサイズも当然、知らない。


 一度戻って、彼女たちを連れて来て自分で選んでもらうか? ただ、彼女たちを外に出すのはリスクがある。


 彼女たちは日本人には見えない。身分証、パスポートなどをどうするか考える必要がある。魔法でなんとかなるのか、魔王は恐らく対策を思いついていると思うけど。


 ただ、現状だと落ち着くまではウチから出ないほうがいいだろうな。常識とか道路の歩き方ひとつとってもあちらの世界とこちらの世界は違う。


 とすると、やはり替えの下着は要る。まさかオレが選んだ下着など嫌だ。気持ち悪いとは言わないだろう。緊急事態だ。


 そこまで考えつつ、覚悟を決める。


 ふと思う。今のオレは店員からどう見えるんだろうかと。開店早々店に来て、衣類はいいとして女性用の下着を物色する高校生だ。


 客商売だし、そこまで気にしないと思いたい。


 このチェーン店、どうせセルフレジだし目立たないだろう。それに店自体もオレは初めて来たくらいだ。顔なじみもいない。


 そう自分に言い聞かせるように、ひとり二枚、計八枚のショーツを他の衣類と共にかごに入れる。ショーツのサイズは勘だ。MとかLとかだし。ただ、ブラジャーは無理だ。今回は諦めよう。


 下着にしろ洋服にしろ、デザインや素材なんかは、なにがいいのかまったく分からない。趣味嗜好も知らないし好むものを買うのは無理だ。とにかく一番目の付くところにあった売れていそうな品を選んだ。


 まったく、自分の服すら買うことは稀なのに、女性のしかも身分ある人の下着から服一式なんて無理ゲー過ぎる。


 あまり挙動不審なことをすると、声を掛けられるかもしれないとか、要らないことを考えてしまう。努めて冷静に会計を済ませよう。


 変態扱いは嫌だ。


「はぁ……」


 店を出ると、一気に疲れた。


 あとは、昼飯も用意がいるか。独り暮らしなので彼女たちに出すほど食料がない。


 近くのスーパーマーケットに寄ることにする。


 ただ、実は食事はそこまで贅沢は言わないだろうと思う。プリーチァ姫も軍人として戦地に赴いていたし、硬い黒パンと塩辛いだけの干し肉で済ませていたこともあった。それが幸いといえば幸いだろう。


 まあ、それでも彼女たちが食べられそうなものをいくつか買って行こう。食事のストレスはオレも向こうに行ったあとキツかった。


 食事さえ大丈夫なら、当面は安心するはずだ。




Side:魔王


 新しい世界は好奇心を刺激するものばかりだわ。


 家の造り、部屋の調度品、魔力を感じない魔道具のようなもの。興味深いものがいろいろとあるわ。


 少なくとも貧民ではないのかしら。ただ、勇者の人となりを思うと上流階級の生まれではないはず。


 プリーチァ姫は相変わらず私から目を離さない。なにかあれば襲い掛かってくるでしょう。ただ、言い換えればなにもしなければ動かない。


「綺麗なガラスですね」


 これからどうしようかしらと考えていると、聖女サンクティーナがガラスのグラスを見ていた。完全に同じ透明度と形をしたグラスが五つ、テーブルにはある。勇者が麦茶とやらを淹れたものね。


 よくよく見ると、家の窓にはすべて均一なガラスが嵌められている。ガラスの価値が低いのかしら?


 勇者の様子と暮らしが、元の世界の価値観ではかみ合わない。


「魔王、この文字読めますか?」


 エルフのフィーリアは部屋にあった書物に目を通していました。魔法で転写したような若い女性の絵のようなものが表紙にあり、中には絵と文字で構成した何かが描いてある。


 表紙の女性は肌を結構晒しているけど、そういうのがこっちだと普通なのかしら?


「残念ながら私は読めないわ」


 歴代の勇者が書き残した文字、そのひとつに同じ系統の文字があったはず。ただ、文字のサンプルが少なく解読は済んでいないわ。


 まさに元の世界と異なる文明ね。プリーチァ姫たちは戻ったほうが幸せなのかもしれない。




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