第1話・戻った者と戻れぬ者

side:天橋翔


 一触即発の中、とりあえず話し合おうと結論を出すのに一時間、プリーチァ姫は未だ魔王を疑っていて納得していないが。


 年の功というやつか。エルフ族であり年齢不詳のフィーリアが魔王とプリーチァ姫の間を取り持っている。


 もっとも、魔王もプリーチァ姫も互いを攻撃しないだけ、自重はしている。まあ、そのくらいの時間で思考をまとめていたということだ。



「魔王、勇者様が若返ったのはなぜですか?」


 フィーリアの言葉を聞いて部屋にある鏡を見て驚く。


 オレだけ、異世界の召喚されたその日の姿だ。他のみんなは魔王城で戦っていた時と変わらぬままだというのに……。なぜ、オレだけ高校一年の姿に戻り、勇者として貸し与えられた聖鎧を纏っているんだ?


「あの原初の魔法のせいかしらね? 召喚勇者を巻き込んだせいで勇者に掛けられている送還魔法が誤作動したのかも。本来、魔王の死により帰還を望んだ勇者が送還されるはずだから。原初の魔法で私が魔王でなくなった瞬間に魔王が消えたと感知して、送還魔法が作動して私たちはここに来た」


 すべて推測だと前置きした魔王の言葉にフィーリアは一応納得したのか、それ以上の質問が途絶えた。


 嘘をついている可能性もなくはないが、そこを疑ったら話が進まない。フィーリアはとにかく現状の情報を集め、今後のことを考えているのだろう。


「私たち……帰れないのですか?」


「私も異世界を渡る魔法など聞いたことすらありません。魔王も使えないことは間違いないでしょう。もし仮に世界を渡る魔法を使えるならば……、魔王はさっさとあの世界を離れていたでしょうね」


 サンクティーナは帰りたいのか不安げで、フィーリアは申し訳ないと言いたげな顔で魔王の言葉を肯定した。


 彼女の不安は当然だろう。オレもずっとこの世界に帰りたかった。魔王もフィーリアも難しいというなら、今のところ彼女たちが帰るのは無理だろう。魔王に至っては帰る気もないようだが。




 ……ちょっとまて。


 帰れないとすると、彼女たちはオレが面倒を見ないといけないのか?


 魔王と、選ばれたエリート中のエリートである仲間たちを? 実のところ、魔王と戦うまでの旅でも彼女たちには多くの兵や召使いなどが同行していた。


 料理なんてしているところは見たこともないし、そもそも生活感というものがあるのかすら知らない。


 それに……、まあいいか。今はこれからのことを考えないと。


 プリーチァ姫。金髪に緩やかなウエーブのかかった髪をしたお姫様だ。年齢は十九歳。


 細い体にスタイル抜群でありながら、巨漢の男たちを相手に花を摘むようにひねりつぶせる力がある。『万夫不当』と『金剛不壊』という戦士として最高位のスキルをふたつ会得している。


 フィーリア。エルフでロングの銀髪とエルフ族特有の長い耳が特徴だ。年齢不詳。


 グラマーな体型をしていて、闇以外のあらゆる魔法を使える。スキルはいろいろとあるらしいが、教えてもらえていないので知らない。


 サンクティーナ。小柄で明るいブラウンヘアをショートボブにしている聖女。年齢は二十歳。


 細身で常に年齢より下に見られるような女性だ。スタイルは、まあ大人まであと一歩というところ。回復と防御と補助の魔法が使え、『神託』などのスキルを持つ。


 魔王、名をノクティア。黒髪を腰までのばしていて、顔に魔族の紋章がある。年齢は知らない。というか、武器を構えずまともに話したのは今さっきが初めてだ。


 はっきり言おう。この上流階級しか知らないような高貴な人たちを、地球の日本でオレが面倒見るのか?


 こちらでの時間が召喚された日のままだとすると、オレは高校生だぞ。


「勇者、なにか飲み物を頂けないかしら?」


 しばし考え込んでいると、魔王はオレを見て笑みを見せた。心が読めるとは聞いていないが、考えていることを見抜くくらいは出来る相手だ。オレが困っているのを察しているのだろう。


 ひとまず彼女たちを一階にあるリビングに案内する。


 冷蔵庫に麦茶があるな。とりあえずそれでいいかと、硝子のコップに麦茶を注いで彼女たちにもっていく。


 仲間たちが大人しいなと思ったら、異世界と明らかに違う部屋を見渡していた。


「ありがとうございます!」


 喉が渇いていたのか? 聖女であるサンクティーナは文句も言わずに美味しそうに飲んだ。生まれは上流階級ではあるものの、聖女として修業をしている彼女が一番環境変化には強いのかもしれない。


「麦を焙煎したものを水で抽出したものね。水が豊かな地域で飲んでいる民族がいたはずよ」


 フィーリアはやはり年の功か、他の仲間と魔王との距離感を気にしつつオレに気遣いを見せてくれる。彼女は常に冷静で周囲や戦況を見ていたからな。


「少し外の空気に当たりたいんだけど……」


 一応、魔王とこの場で戦うのは控えると決めたプリーチァ姫だが、激変した状況に少し疲れが見える。現状を受け止め消化するには今少し時間が要るのだろう。


 ただ、外に出られると困るんだよな。


「止めておいたほうがいいわ。勇者は庶民みたいだもの。庶民が見知らぬ高貴な者を連れている。騒がれるだけよ」


 オレが答える前に、外に出ようと立ち上がったプリーチァ姫を止めたのは、意外なことに魔王だった。


「正しいことをしているのです。堂々としているべきでは?」


「まだ分からないの? 私たちの戦争だって、互いに正しいと思える理由があった。それに、ここには貴女の身分を証明してくれる者が勇者しかいない。あなたの国で庶民の証言をそのまま信じる? 異世界の異種族、下手をすればあなたの国で魔族が受けていた扱いと同じになるわ」


 些細な行動から、また一触即発と言いたくなる雰囲気だ。フィーリアもまたかという顔をしていて、サンクティーナはおろおろしている。


 ただ、武器を向けないだけプリーチァ姫も配慮をしているのがオレには分かる。理解はしても感情が定まらないといったところか。


 とはいえ、このふたりに任せていると空気が悪くなるばかりだ。オレが仲介するしかない。


「姫様、申し訳ございませんが、異端の者となると少し厄介になるかもしれません。ひとまず対策を考えましょう」


 不甲斐ない結果となったが、これでも数年勇者として働いていたんだ。相応に信頼はあると思いたい。


 そんなオレの言葉に、プリーチァ姫は諦めにも似た顔をして、先ほどまで座っていたソファーに腰掛けた。



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