異世界帰りの日常はダンジョン日和

横蛍

プロローグ・それは……偶然か必然か

 地球とは違う異世界。


 ここで有史以来、連綿と続いてきた戦争。


 ひとつの終わりは、ひとつの始まりでしかない。


 いや、それすらも当然のように続けていると、人々は終わらせることにも慣れてしまう。


 狂気か、正気か。


 まあ、いずれにしても、オレにはもう関係ないことだ。


 選んだのはオレじゃない。オレには、選べる選択肢などあるようでなかった。


 それが勇者と呼ばれる存在だ。


 多くの種族が、今も魔王城の外で敵味方に分かれて戦っているだろう。……オレはその様子を知ることは出来ない。






 なぜなら……、オレと仲間たちは、魔王が創りだした閉鎖空間で戦っているのだからな!


  四対一、人数的には優位なはずが、魔王の圧倒的な力に防戦一方だなんて!!


「勇者様!!」


 援護しようとしているプリーチァ姫の声が聞こえた。だが、接近戦の現状で援護は無理だろう。


 オレの息は絶え絶えだというのに、魔王は汗のひとつも見せずに攻撃を繰り出してくる。そんな隙を与えるはずもない。


「ねえ、後悔していない?」


 攻撃の手を止めぬまま魔王は、まるで愛を囁くように声を掛けてきた。こいつはいつもこんな感じだ。


 まるでオレを惑わすような、それでいて世の中の真理を教えてくれるような。憎しみや敵意を向けてきたことは一度もない。


「後悔の連続だよ!」


 オレは不器用だからな。後悔ばっかりだ。今になると魔王の言葉を信じていればと思うことがいくつもある。


「ねえ、私たちなんで戦っているのかしら?」


「オレが聞きたいっての!」


 魔王は戦いを望んでいなかった。オレもまた戦いを避けようとしていた。


 避けられない戦い。理由? クソみたいな理由だ。




 最早、後戻りは出来ない。そう確信した魔王の顔はどこか寂しげだった。


 その時、魔王が立ち止まり魔法の詠唱を始めた。今までには聞いたことがないものだ。


 オレは咄嗟に足が止まり、魔法に備えるべく身構える。


「ダメェェ!」


「今、防御魔法を!!」


 なんだ? エルフであり魔法が得意なフィーリアが初めて見せるほど驚き叫んだと同時に、聖女サンクティーナは最上位の防御魔法を展開しようとしている。


「魔王、お前なにを……」


「神々が使ったとされる原初の魔法。失敗したらごめんね」


 優しく微笑む魔王の顔に言葉が出ない。


「止めなさい! あなたは魔族の神にすら逆らうつもりですか!!」


 もともと敵意がない魔王から戦意すら消えた。そんな中で詠唱を終えた魔王にオレは戸惑うが、フィーリアは何がなんでも止めさせようとしている。


 だが……、彼女の攻撃も魔王には通じない。


 ずっと、この時を待っていたのだろう。なぜか、そう確信が持てた。


「サヨナラ。私の勇者」


 別れの挨拶、その言葉にオレはとっさに魔王に手を伸ばした。


 美しく、気高い魔王に。






「……魔王覚悟!」


「待って! プリーチァ。ここがどこか聞き出さないと、私たち帰れなくなるわ」


「勇者様! 勇者様!」


 みんなの声が聞こえてくる。プリーチァ、フィーリア、サンクティーナ、無事なようだ。魔王? そういえば……。


 あれ? オレたちは、なにをしていた???


 まどろみの中で、急速に頭が働き目を開けると……そこに見えたのは魔王城でも閉鎖空間でもない。


「知らない天井……じゃないな」


 ここは……。


「勇者様!」


「あら、起きたのね。勇者」


 仲間たちの声に混じって魔王の声がする。起き上がると、近くにみんないる。プリーチァ姫は魔王と対峙するようににらみ合っているものの、魔王は部屋にあるパソコンデスクの前の椅子に座っていた。


 広さは八畳ほどの部屋になる。そこに武装したオレと仲間とドレス姿の魔王がいる。


 広くもない部屋だが、少し狭いと感じたのは初めてかもしれない。まだ荷解きを終えていないダンボールがあるからだろうか?


「勇者様、大丈夫ですか!?」


「ああ、大丈夫………」


 サンクティーナがオレに異常がないかと診察しているが、それよりもオレは目の前の光景に驚いている。


 数年前に異世界に召喚されて以降、何度も何度も夢で見た我が家にあるオレの部屋だ。


「これはお前の幻影か?」


「違うわ、失敗しちゃったみたいね。魔法。閉鎖空間ごとここに飛ばされたみたい」


 魔王の仕業かと思ったが違うらしい。もっとも、仲間たちは信じていないようで疑っているが。


「元の場所に戻しなさい! 魔王!」


「無理よ。ここは魔力が薄いわ。次元を越えるような魔法はとても使えない。そもそも私もそんな魔法知らないけど」


「ならば、その首取ってくれますわ!!」


「プリーチァ、待って。魔王の言うことは本当よ」


 プリーチァ姫は戦意が衰えていないが、フィーリアとサンクティーナは状況の異常さに、それどころではないと戦おうとするプリーチァ姫を止めている。


「ねえ、勇者。ここ、あなたの故郷かしら?」


 魔王はじっとオレを見たまま、己の中にある答えを口にした。


「そうだよ。オレの家だ」


「家? この奴隷部屋か物置のようなところが……」


 プリーチァ姫の失礼な言葉に少しムッとするが、奇しくも他の仲間と魔王も同じような感想を持ったことが表情から分かる。


 住む世界が違うんだ。二重の意味で。異なる世界に生まれた者、庶民であるオレと上流階級生まれの仲間たちでは。


「庶民が過ごす部屋なんて、あっちでもこんなものだと思いますよ。姫様」


 憐みの目を向けるのは止めてほしい。


 ただ、オレの言葉を真実だと受け取った魔王は清々しいとすら思える笑みを見せた。


「ちょっと予定と違ったけど、やっと魔王から解放されたわ。勇者、しばらく世話になるからよろしくね」


「貴様、なにを!」


「帰れない以上、ここで生きるしかないでしょ。私、もう魔王なんてコリゴリなのよ。やっと自由になれた」


 マイペースな魔王にプリーチァ姫は戸惑い、翻弄されている。魔王が魔王たる立場を嫌がっていた。プリーチァ姫もそんな様子を感じていたはずだが、あまり認めておらず、裏があると疑っていたからな。


 彼女は自身の生まれと立場、地位を誇りに思い、自ら戦いの場に赴き誰よりも命を懸けていた。強く気高い分だけ、真面目だからなぁ。


 プリーチァ姫にとって魔王は一番苦手なタイプだろう。なにがあっても自分のペースを崩さないのだから。


「とりあえず部屋の中で戦うのは勘弁してくれ。家が壊れる」


 あっちの世界とこっちの世界。どっちがいいんだろう? どっちもどっちではないかなと思う。


 ただ、こっちの世界も生きづらいんだよな。


 久々の帰宅が、まさか仲間たちと魔王と一緒だとは。これも、オレを召喚したという異世界の神の意向なのか?


 


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