第50話 決戦に花よ咲け

「負けない? まさか貴様、私と戦って主神の力を取り返せるとでも? 桜の種ごときが?」


 蝕の闇に染まる天ノ島の平原にて。黒陽を背に、黄泉はふわりと宙に浮き、私を見下すように言った。


「今や現世は死に溢れた闇の世――即ち、幽世に等しい。もはや我が世なのだ」


 黄泉がゆっくりと両手を広げると、怨嗟の声が世界中から地鳴りのごとく響く。声は天雲の灰を纏いて形を成し、無数の翼の灰人となって飛び立ち、天ノ島を囲んだ。


「これから始まるのは一方的な復讐だ。桜の残滓たる貴様を散らし、私が世に一輪の花となる」


 黄泉が手を振り下ろすと、天を覆う無数の灰人が一斉に私に飛び迫り、あっという間に視界を埋め尽くす!


「散れ、種よ」


 私は即座に抜刀し、鞘走りの勢いままに一文字に薙ぎ払う――!


 ――サンッ……


 瞬間、夥しい数の灰人が花弁と散り、視野一杯の宙に舞う。抜き身の刀を見て、黄泉が憎々し気に言う。


「……桜花の剣、か」

「違う」


 私は剣を中段に構え、真っ直ぐ黄泉に剣先を向けた。


 宙に舞い散るは、桜の花弁だけではない。

 白に紅、青に黄――七彩の花弁が舞い、地に落ちた。瞬間、黄泉の足元に広がる枯れた草花が息を吹き返し、爛漫と咲き誇る。


 私の剣は、咲き誇る花に呼応し、七彩に輝きを放つ。


「これが、私の剣――【謳花おうかの剣】」


 黄泉は憎悪に顔を歪ませ、剣を睨めつけた。


「花と散らす剣ならぬ、【花咲かす剣】だと? 下らぬ! 貴様は間違いなくあの桜の種よ……! 奴と変わらぬ愚かな志向ッ! それで私を斬ろうというのか! 花として咲くを許されず、今ようやく咲き誇らんとする私を――――!」


 黄泉はついには言葉にならぬ怨みの唸りをあげ、幅が身の丈ほどもある巨大な茨を二条生やして振るう。大茨の鞭はさながら双頭の大蛇のようにうねり、私を喰らわんばかりに視界を覆い、風切音をあげて迫る!


 私はすかさず左に躱しながら、謳花の剣を一文字に薙ぐ! 茨の蛇龍の一頭が散り、地の花と咲く。が、他方の蛇龍が向きを変え私の横身を打つ――!


 ――ドゴォッ!!


「ぐはあッ!」


 辛うじて剣で受けたものの、弾き飛ばされ、強く地に打ちつけられた。すごい力だ、受けが意味を為さない……! あばらが軋み、苦悶の声をあげる。


「……!」


 ――地に転がっている暇は無い。横たわる私に、すかさず茨の蛇龍が迫る! 私はすぐさまその場を飛び退け、かわす。茨は私のいた地を削り取りながら、足元からえぐるように迫り来る――!


「――ッ!」


 飛び下がりながら剣を薙ぎ、足元に迫る茨を花と化す。息つく暇もない――!


 黄泉は、変わらず平原の中央上空から、私を見下ろす。


「所詮その程度か、私を怒らせたことを後悔するがいいッ!」


 黄泉が腕を振るうと、さらに茨の蛇龍が増え、私を襲う。私は避けては薙ぎ、また避けては振り下ろし、次々と迫る蛇龍を花と化す。……が、躱しきれず、蛇龍の刺が幾度も身をかすめ、肉を削る。破れた服は血に染まり、もはやどこが痛いかもわからないほど、全身に激痛が走っている。


「――ふう、はあ、ふっ」


 常に全力で動き続け、呼吸もままならない。それでも止まない茨の蛇龍を捌き続け、機を狙い澄ます。退かない。逃げない。私は、諦めない――!


「いつまでも諦めの悪い……桜譲りの醜さよ! これで散れ――!」


 黄泉は平原中央で僅かに地から浮き、両腕を大きく広げた。瞬間、黄泉の背から八頭もの茨の蛇龍が飛び出し、唸り声のごとき風切音をあげてうねり狂う。さながら、天地を喰らわんと暴れる八岐大蛇が、空を走り、地を削り、八方から私に襲い来る――!



 ――!!



 眼前に迫る一頭を一文字に斬りながら、左に全力で駆ける! 続く一頭は私がいた場所に轟音をあげて激突し、地に深く刺さった。避ける私を追い、二頭がうねる――一頭は斬り、一頭は跳んで踏み台にし、さらに左回りに躱していく!


 ――ドゴォッ! ドゴォオンッ!


 ――蛇龍が次々に地に身を打ちつけ、穿ち、迫り来る――絶対に退かない! 私は黄泉を中心に円を描くように走り、跳び、斬り、躱す!


 走る私に、一気に五頭が迫り視野を覆う――!

 !!! これは、躱せない――!!

 

 茨の蛇龍が、私を圧し潰すように迫る――


「はあああッッ!」


 私は全霊の気を込め、五枚の木札を扇状に投げる! 眼前に生えるは、林檎、苺、蜜柑、芭蕉、甜瓜の大樹――!


 ――ドドドドドォオンッ!!!


 五龍が五樹に激突し、轟音と灰煙をあげた。互いに崩れ散った蛇龍と大樹越しに、黄泉が驚きの声をあげる。


「――ッ!」


 よし、防ぎきったッ! 私は剣を握り直す。


「――受けただけで勝ったと思うな! 貴様の剣は私に届かぬ! あの桜と同じようにッ!」


 黄泉は再び両手を広げ、八岐大蛇を生やさんと気を放つ――


 が、! 私はただ避けていたわけじゃない。黄泉の周りを駆けながら剣を振るい、ずっと咲かせてきたんだ! 今や黄泉は、――地に突き立てた剣に、あらん限りの気を込め叫ぶ!


「応えて――【】!!!」


 瞬間、七彩に輝く気が地を走り伝う! 黄泉の周囲に咲いていた草花はいっそう咲き誇り、呼応するように、黄泉の足元から巨大な桜の幹が伸びる――!!


「な――!?」


 黄泉は避けも受けもする隙無く、大きな大きな桜の幹に飲み込まれ、その身を封縛された。幹から出るは、鎖骨から上のみ。手足を動かすことはもちろん、神力の発露も封じ込んだ。



 ✿❀✿❀✿


 暗闇に、大きな桜が咲き誇る。労うように枝を揺らし、花弁を舞わせて。


 ✿❀✿❀✿




「……ふう、はあ……終わっ、た……」


 私は茨に削られたぼろぼろの体で、その場にへたり込んだ。


 ――その時だ。


 天頂の闇の陽が、光を放つ。


 【蝕】が、終わったのだ。


 闇に喰われたお日様が再び顔を見せ、天地を暖かに照らし出す――。


 ……


 七彩の花々に囲まれ、陽を透かす桜の下、黄泉がポツリと言う。

 

「……私の、負けだ」


 私は満身創痍で足を引きずりながら、黄泉のもとへゆっくり歩み寄り、剣を構えた。剣先を、黄泉の正中線に向けて。


「……斬るなら斬れ。醜い足掻きはしない。せめて最期は、美しく」


 私は剣をゆっくりと振り上げ、真っ直ぐ振り下ろす――


 ――サンッ……


 幹から解放され、黄泉が桜の下に降り立った。私が斬ったのは、封縛のみ。黄泉は不審な目で私を見つめる。


「……何のつもりだ」


 私は静かに納刀し、真っ直ぐ見つめ返して言う。


「戦いは、もう終わり。ねえ……少し、私とお話しようよ――

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