第17話 恋をしている者 10

 「彼女とのラインでの会話は一週間くらい間隔を空けてから、お便り送るといいですよ」

 そうアドバイスをくれたのは占い師、陽菜先生だった。

 あれから、僕は関根さんが滞在していた時も、何回か占いに行っていた。

 例えば、桜田の件の時は彼女が可哀想で二週間に一回は行っていたような気がする。

「大丈夫、彼女さんは相手の方に興味が無いから」

 そう笑いながらいっていたので、僕も幾度となく胸を撫でおろしていたのだ。

 本来なら、関根さんともっと知り合って、お互いのことがもっと分かって、占いに頼らなくていいところまで来て、完全に断ち切るつもりなのだが、今はまだちょっとでも間違ってしまった言葉を送ってしまうと、去ってしまうのではないのかと不安があった。

 しかし、そんなやり取りも、三カ月ほど続けた後、彼女の返信が途絶えた。

 それは、僕が食事を誘ったからだった。あの時、もっと長期を掛けて、いや、もしかしたら文通のようにメッセージで繋がりあうことでもよかったのではと悔やんでいる。

 その問いに、陽菜先生は、首を傾げた。

「……もしかしたら、もうちょっと待てば、返ってくるかもしれません」

 いわれるがまま、僕は放置をしていたのだが、一週間待っても返ってくることが無い。

「別の、メッセージを入れてみては?」

 そういわれて、メッセージを入れるのだが、未読スルーのままで、何も返ってこない。

 何故だ……。

 何故だ……。

 何故なんだ!

 僕はたまに彼女とのラインを見れば、既読が付いていないことに肩を落とし、仕事に打ち込む。

 仕事の人間関係、特に事務所の人たちを憎んでいた。

 ……彼女が結婚していないから。家庭を持っている人たちが異動をせずに、彼女に異動の矛先を向けられたのではないのか。

 心の中でそう思っていたら、徐々に事務所の方に足を運ぶ意欲も無くなっていった。

 辛かったのは、夏の時だった。七月忙しい時に、どうしてか眠れなかった。陽菜先生は、

「四六時中彼女のことを思っているから、そうなったんじゃない?」

 といわれ、

「このままだったら、智さんの体調も崩しかねないし、もう、彼女も次の方を見つけようって考えてるみたいだから……。そうね。九月末まで待ちますというメッセージだけを残して、それで、彼女から返ってきたら、また続けたらいいんじゃない?」

「来なかった場合はどうすればいいんですか?」

「来なかったら、新しく別の人を探せばいいんじゃない。何も女性は彼女だけじゃないんだから」

 そういわれて、僕は陽菜先生のいう通りにしてみた。すぐに承諾したわけではない。でも、彼女に対しての方向性が完全に止まっている以上、そうするしかないのかと思い始めていた。

 僕としては、今の状況でもいいから繋がりたかった。彼女も未読のままだが、読んでいるに違いない。別に返信もしなくてもいい。読んでくれたならと思っていたので、陽菜先生のやり取りは怖かったが、もし返ってくるのであればと期待もあった。

 そして、複雑な面持ちのまま、八月の末に送った。


 結局、十月に入っても、彼女から送られてくることは無かった。

 僕は落胆した。しかし、これが結果だろう。

 意地でも仕事は取り組んでいた。これから会社の方向性で、ますます人員を削り、荷物を増やしていくといったやり方になり、どちらにしても、仕事に追われる日々が続いていた。

 その片隅に、大きな失恋をしたんだと、心が痛んで眠れぬ夜も過ごしていた。

 ラインのやり取りをするんじゃなかった。ラインを交換するんじゃなかった。もっといえば出会うんじゃなかった。出会わなければ、別れもする必要もないし、恋をすることもなかったはずだ。

 正直、何度も関根さんは、あの時は、本当に僕に対して好意を持っていたのだろうかと考えることがある。ただの押し付けだったのではないのかと思案してしまう。僕の独りよがりだったのだろうか。

 でも、あのやり取りや表情、笑った時、彼女から発する僕に向けられた全ては、少なくとも僕の心を宿した。

 いや、もう一度、やり取りがしたい。陽菜先生は諦めろというが、僕はバカだろうし、クズなのかもしれない。でも、関根さんと繋がっていたい。

 僕はそう頷いて、もう一度やり直して、二週間後、失礼ではなかったらメッセージを送るということを、関根さんとのトークで流した。もちろん、既読が付くわけではない。一人芝居なのかもしれない。想像してみたら誰だって笑うだろう。しかし、僕はそんな情けない部分を見せても、関根さんが好きだった。

 

 占いジプシーという言葉がある。占い依存を超えて、占ってもらわなければ生きていけない人たちだ。僕はそこまでハマることは無かった。もしかしたら、関根さんを失った事への依存症だったのかもしれない。

 あれから、別の先生のアドバイスを聞いた。アドバイスが支離滅裂の先生もいた。厳しくいう老婆もいた。しかし、アドバイスを聞き入れても何だろう。どれもピンとこなかった。

 しかし、関根さんに毎月ラインを送ることは続けていた。もちろん、続けたら返ってくることもあるよ。と、いってくれた占いの先生もいるが、殆どは僕の独断だった。

 送らなければ、自分が自分ではない気分だった。別に束縛をしているわけではない。いやだったらブロックでもしてもらったらいい。実際にそんな言葉を送った。

 しかし、関根さんに想いがある以上、それが自分の心に宿っているはずで、また占いに行くことになる。そうすると、また、関根さんに対しての想いが大きくなっていく。

 そんなことを繰り返していた。関根さんが返信を返さなくなってから二年が経っていた。

 ある時、会社の方向性から、関根さんが異動した場所が、取り壊されるという話を聞いた。そこで働いている従業員等は、別の鳴越の倉庫に異動することになる。

 これには僕ももしかしたら、彼女が帰ってくるのかもしれないと期待していた。しかし、取り壊された後、何十人かはこの職場にやってきたのだが、彼女の顔は見つからなかった。

 そして、その後に、ブロックをされていたことが分かり、僕は、この恋は自然消滅するしかできない状況に陥っていた。

 しかし、どうしても、どう考えても諦められるような人間ではないということも、自分自身で知った……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る