09 疲れた
その日の夕飯は、暗澹たるものだった。
料理自体は美味かったし、
ウォルカスとラッシアはクレスの話を聞きたがり、彼は求められるまま応じたが、ミーエリエは何も言わないし、マイサリエは何かと絡んでくる。両親は長女をたしなめたが彼女の気持ちも判るのだろう、あまりきついことは言わなかった。
ふっと気まずい沈黙が降りては、それを打ち消すようにラッシアが何か言う。だが話はクレスに向けられるものだから、マイサリエのご機嫌は曲がりっぱなしだ。クレスは茨でできた服でも着せられている気持ちになった。
強いて何かしらの収穫があったと言うのなら、両親は娘たちをそれぞれ「マイサ」「ミーエ」と呼ぶ、と判ったことくらいだ。
両親。妹。
望外の幸せであるはずなのに、どうしてこんなことになっているものか。
食事を終えるとクレスは、旅路の疲労を言い訳にして、さっさと休ませてもらうことにした。朝になったら話をしようとウォルカスは言い、マイサリエからとどめの強烈な視線を土産にもらった。
エランタではない使用人が風呂に案内をしてくれた。公衆浴場ではなく家のなかに風呂があるなど驚きだったが、アクラス家はそれだけの財力があるということだ。
実のところを言えば、リンの助言に従って、彼は館を訪れる前に身体をきれいにしてきた。だから汚れを落とすという意味合いでは必要ないと思ったが、クレスは有難くその気遣いを受けた。温かい湯は、食事の時間に強張った身体をほぐしてくれそうだったからだ。
それはあとで、あんな男の使った浴室なんて気持ち悪くて入れない、とマイサリエが騒ぐことを呼ぶのだが、幸いにしてクレスはそれを知らないままで客室の寝台に転がった。
(疲れた)
正直なところ、感想はそればかりだった。もちろんと言おうか、旅路の疲れとは別のものだ。
両親との再会には非常に感動したし、涙腺も少し緩んだ。だが、そこまで。
リンはクレスが残るものと考えていて、それを残念にも思っていない様子だった。その方がいい、というのが彼女の意見だ。
将来、とか言うものを考えるならば、確かにこのままこの町にとどまり、どこかの食事処にでも勤めるのが「安定した暮らし」だ。リンの小さな隊商についていったところで、給金はそのときの稼ぎ次第だし、食うや食わずのことだってある。
いや、そんな普通のことだけではない。〈鳴き草〉が夜中に大声で鳴き出して寿命の縮まる思いを味わい、なおかつ町憲兵隊に説教を食らったりもする。寒いところで使う〈色粉玉〉が夏の日に破裂して、リンとクレスと天幕の内側をとんでもない色に染めたこともあった。
隊商主は天幕の裏表を作り替え、奇抜な色合いで人目を引くことにしたようだが、あのセンスはどうかと思う。
そんなことを考えていると、ここ半日ほど忘れていたものを思い出す。
可笑しいと思える気持ち。心の余裕とでも言うもの。
クレスはくすくすと思い出し笑いをしながら、布団を引き上げた。
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