短編「バ先の美人先輩と付き合えて3ヶ月、別れたいという両思いが叶わないのですが」
木種
第1話
俺の恋人は誰にでも自慢したくなるほど綺麗な3つ上の先輩だ。
コンビニバイトで出会い、一目惚れした。こちらでも先輩で、研修中に教えてもらっていた時間は今でも忘れていない。
美人は性格が……なんて言うこともあるけれど、先輩は優しくて俺の話をよく聞いてくれて、本当に完璧なんじゃないかと思っていた。それなのに…………。
「眞尋くん! これとこれ、お願いね!」
「眞尋くん! 今日はアクセ見に行こっか」
「眞尋くん! 来週はあれとあれと…………」
デートという名の散財祭り。
学業が本分の高校生でバイト掛け持ち月26日出勤の給料の殆どを先輩に費やす生活。
当然成績は右肩下がりになり始め、何も話していない親に結局原因を話せず叱られ、身体はもちろん心も限界を迎えていた。
そうして、日程が合わず2週間デートがなかった翌日のバイトの時間。
俺と先輩の2人だけになったとき、告げられた。
「あのさ、今日このあと時間ある?」
「特に用事はないかな」
ああ、御布施の願いかな。とうとうデートすらなく金を渡して欲しいって言ってくるのかな。
性格は確かに良いんだ。こんな状況でなお先輩を誰かから擁護するようなことを考えるのはおかしな話だけど。
今でもほっぺについたクリームを拭ってくれるし、ベンチで休んでいるときに膝枕をしてくれるし、当然恋人としてのボディタッチもある。
だから、嫌われているわけじゃないと思う。ただモテる人っていうのは常に自分が優位にいるから、その感覚が抜けないんだろうね。
ああ、憂鬱だ。
◇◇◇◇◇◇
男女兼用の更衣室で俺たちは一緒になかに入り、着替えを済ます。
「この後の用事ってなにか教えてくれない?」
心の準備が出来たタイミングで聞いておきたい。
突然告げられた内容が本当にお布施だったら、多分心が壊れてしまうから。
「いいけど、場所変えよ。すこし歩いた場所にファミレスあるでしょ。そこで話そうよ」
「わかった」
とは口にしたものの、思考ははてな状態だ。
御布施ならわざわざ場所を変える必要があるか? 今ここで欲しい金額を伝えられれば、俺は大人しく財布から現金を取り出すつもりだった。
それに更衣室という場所から察せられるが、誰かが急に入ってくることはない。つまり、その現場を見られる心配もない。
時間の短縮にだってなる。
じゃあ、他の理由が?
「ぼーっとしてないで、ほら、いくよ」
楓が手を差し出してくる。
相変わらず傷一つない綺麗な手。
それに重なる俺の手はゴツゴツと硬くて、甲には怪我の跡がある。
全て付き合い始めてから変化していった。仕事のしすぎで疲れて手入れをサボるようになったのが原因だろうな。
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様です」
楓が先導する形でレジ前を通り、挨拶をして出ていった。
ファミレスに着くまでの間、なにか話そうと思ったけど、結局明かされてない話の全容が気になって殆ど相槌を打つだけだった。
「いらっしゃいませ!」
なかに入り、店員さんに案内された席に座る。
とりあえずドリンクだけを頼み、それが運ばれ店員が去ったところで楓が意思の籠った視線を俺に向けてきた。
ようやく話が始まるのか。
「お待たせしたね。今日わざわざお店じゃなくてここに連れてきたのは大事な話をしたいから」
「そう、なんだ」
表情は至って真剣だ。
恋人がその状況下で口にする大事な話って、おおよそ絞られると思うんだけど。
もしかして……。
その可能性に俯いていた俺の心は跳び上がった。まるで蛙みたいに。
「……眞尋はさ、今も私のこと好きでいてくれてる?」
「そんなの当たり前だよ」
「本当に?」
これは前振りだろうか、それとも迷っている部分があるのか。
でも俺は嘘をつく気はない。その意思表示に楓の瞳を見つめる。
「素直な気持ちだよ」
「……そっか、嬉しいよ」
どうやら気持ちが強く伝わったのかもしれない。
言葉とは裏腹に、バツが悪そうに目を逸らした。
「私もね、眞尋が好きだよ」
「嬉しいよ」
「うん…………」
返事の声が小さくなった。雰囲気作りはこれで問題ないのかな。
さて、ここから本題に入っていくはず。
「でもね、なんだかさ、その好きって恋人に感じるものとは違うなって、最近感じちゃうんだ」
「じゃあ今は仲の良い友人とか後輩とか、そういう関係の人に抱く好きになってるってこと?」
静かに頷きだけが返される。視線は気まずそうに逸れたまま。
多分、楓のなかで組み立てられているプラン通りの反応を俺はできていると思う。だから、この流れで来るはずだ。
「せっかく眞尋は私を好きでいてくれているのに、私がそれに応えられなくて、なんだかそれって申し訳ないなって思ったの。
それでいろいろと考えてたら、最近あんまり会って話せなくて……ごめんね」
「ううん、気にしないで」
「ありがとう。それでね、ここからが今日伝えたかったことなんだけど……」
きた!
これはもう確定だ。100%大当たり! あとは俺がグッと押してあげるだけ。
「うん、聞かせて」
さあ、こい!
「私たち、バイト先の先輩と後輩に戻った方がいいと思うんだ。眞尋のた――」
きたぁぁぁぁああああああ!!
「そうしよう! それがいいよ!」
「──めにも……って、え? え?」
前のめりな俺の返事に楓は驚いた顔で、さっきまで逸らしていた瞳を簡単に合わせてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます