認める話

 天姉は松本がうちに来ることになった経緯を説明した。


「こんなわけなのさ」

「そういうわけなんです」


松本は何故か僕たちに対して腰が低い。


「先輩なんですし、敬語とか使わなくていいですよ」

「タメ口でいいでゴザル」


「そうか。うん。分かった」

緊張しているのか、少しぎこちなく頷いた。


「えーっと、とりあえずよろしく」

松本が手を差し出してきたので、それに応じて握手をした。


「んじゃ早速説明を~っていきたいんだけど、その前に一応三人で話してきてもいい?」


「わかった。俺のことはお気になさらず」



 僕たちの実家みたいなものである、げんじーのじいちゃんが建てたあの家。


今は僕たちが引っ越したことで、げんじーと先生とゆずと日向が四人で暮らすあの家。


その中の一室、あの家での天姉の部屋と同じように、この家の天姉の部屋でも少し甘い香りのアロマキャンドルが焚かれている。


机も椅子もタンスも本棚も。

この部屋にあるものは、あの家にある天姉の部屋とは違うものばかりなのに、ここが天姉の部屋であることは疑う余地もない。


この部屋自身が

「ここは白石天音の部屋だ」

と主張している。


どこを見ても天姉らしさに溢れた部屋だ。


ベットを見ると毛布がとっ散らかっていた。


枕元にはクリスマスに日向から貰っていた餅のぬいぐるみと僕があげた目覚まし時計があった。


何気なくちらっと見ただけだったが、天姉は僕が見たのに気がついたようだ。


「あー目覚ましありがとね。今朝もお世話になった」

「そりゃ良かった」


「それにしてもベットで寝るのもいいもんだね~」

「ずっと布団を敷いて寝てたでゴザルからな。んで拙者たちに何を話すんでゴザル?」


「あーそうだった。松本君は私が小学生の時に同じクラスだったんだ」

「へぇー」


「そんで色々お世話になったからさ。私たちのことを話したいんだけど、いいかな?」


「それって今までの僕たちの人生を、的なこと?」


「まぁそうだね。あんまり言いふらすようなことでもないってのは分かってるんだけど、なんていうか、私には話す責任があるって思ったから」


「そっか。分かった。天姉が話したいなら話せばいい」

「でゴザルな」


「ありがとう! ってかなんか二人とも怒ってる?」


「全然怒ってないですけど」

「でゴザル」


「そ、そっか。じゃあ話しに行こう!」



 リビングに戻ると、松本は相変わらず緊張した面持ちで背筋を伸ばしたまま座っていた。


「お待たせ~。そんじゃ話しますかね」


天姉は自分がどういう人生を送ってきたか、どういう経緯で僕たちが家族になったのかを淡々と話した。


天姉が話している間、松本は時折表情を曇らせたり目を見開いたりしていたが、話を遮ることはなかった。


「ってな感じだね。突然いなくなってごめん」

「……なんて声を掛けたらいいのか」


心の中の声が勝手に出てしまったというように、小さく呟いた。


「当時はともかく、今は全然大丈夫。本当だよ。心配かけてごめん」


松本は確かめるように天姉の顔を見て、それから納得したように

「そっか。良かった。本当に」

と言った。


少し声が震えていたような気がする。


そして僕たちの方を向いた。


「君たちは、えーっと」


「佐々木恭介です」

「小野寺けいでゴザル」


「佐々木君と小野寺君は大丈夫なの?」


訊くことが申し訳ないとでもいうように、上目遣いで訊いてきた。


「随分時間が経ちましたからね」

「流石に落ち着いているでゴザル」


「そっか。みんな、強いんだね」


「育ててくれた人が良かったんですよ」


「みんながいい人と出会えて良かった。きっとこれからもいい出会いがたくさんあるよ」


松本は心から幸せを願うように、僕たちに微笑んだ。


そんな松本に天姉が

「正直薄々気づいてたでしょ?」

と言った。


「え?」

「私の状況。だからあんなに気にかけてくれてたんだよね?」


天姉の真剣な眼差しを受けて、松本は白状するように

「うん。なんとなくだけど」

と言って目を背けた。


それを聞いた天姉は

「やっぱりか~」

と言って頬を緩めた。


「白石の家庭で良くないことが起こってるって思ったから、白石を助けたかったんだ。結局何もしてあげられなかったけど」

松本は自嘲気味にそう言った。


天姉はゆっくり首を横に振った。

「そんなことないよ。あの時は私に味方なんていない、独りで苦しむしかないって思ってたから、松本君が味方してくれて本当に嬉しかった。何もしてあげられなかったなんて言わないで。私はあなたにいっぱい助けられた。改めてありがとうございました」


「あ、えっと」

松本はたじたじしている。


その様子を見て天姉は微笑んだ。


「ふふ。……うぉ! 顔怖っ!」

天姉が僕たちの方を向いたと思ったら、急に驚いた。


「ちょ、自分の顔見てみ?」

天姉が手鏡を向けてきた。


そこには鬼の形相を浮かべる二人の男が、ってか僕たちが映っていた。


「え、なんでそんなにキレてんの? あ、嫉妬?」

「……」

「うぉいマジかよ」


「なんかいい感じの雰囲気でゴザったからな。どこの馬の骨とも知れん輩に天姉は渡さんでゴザル」


「輩って……松本君は小学生時代の馬の骨だよ!」

「白石、それ返し方あってる?」


「天姉が欲しかったら、まずは僕とけいを倒すことですね。その後二次試験としてげんじーを倒して、最終試験で先生を倒してください」


「そんなことできる人類がいるわけないでしょ。条件が厳しすぎる」


「当たり前でしょ。うちのねーちゃんには幸せになってもらわんと」

「えー」


「とりあえずこっからは男同士話すでゴザル。天姉は部屋にいるでゴザルよ」

「え~」


「まあまあ。別にただお話するだけだから」



 納得してない様子の天姉をなんとか部屋にやって、男同士の話し合いが始まった。


松本はずっと背筋を伸ばして座っている。


「まず確認ですけど、松本先輩は天姉のこと好きですよね?」


「とぼけてもしょうがないし、認めるけども。俺分かりやすい?」


「そりゃあもう」

「バレバレでゴザル」


「そっか。なんか恥ずかしいな」

松本は照れくさそうに頬をかいた。


「僕はあなたが悪い人には見えません。でも天姉は今まで辛い思いをしてきてる。絶対幸せになってほしい。だから簡単には認められない」


僕の言葉に松本は少し困ったように笑った。


「えーっと。俺は別に白石とどうこうなりたいとかは特にないよ」

「どういうことですか?」


「俺は白石が好きだ。俺も白石には幸せになってほしい。でも白石を幸せにするのが俺でなくても構わない」


「つまり……天姉と幸せになりたいんじゃなくて、天姉が幸せであればいいってことでゴザルか」


「うん。大切な人が幸せなら、それ以上のことはないだろ」

「……」


「これは、しょうがないでゴザルな」

「そうだね」


「ん?」

「認めます」


「はい?」

「天姉をよろしくお願いいたします」


「ん?」

「でも天姉を悲しませるようなことがあれば容赦しないでゴザル」


「はい?」

「不束な姉ですが」

「寝てばっかりで餅ばっかり食ってる姉でゴザルが」


「え?」

「これからも仲良くしてやってください」

「でゴザル」


「え?」


本人はずっと困惑していたが、僕たちはこの日松本を認めた。

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