解決

 気を失っている間に、念のため早乙女さんを縄で縛った。


絶対に動くことができないくらいギッチギチに縛り上げてから肩を掴んで体を揺すると、早乙女さんはゆっくりと目を開けた。


「……ん? 俺は……」

「負けましたよ。僕たちの勝ちです。色々聞かせてもらいますよ」

僕がそう言うと、

「……あぁ。分かった」

早乙女さんは小さく頷いた。


それから早乙女さんは自分を縛り付けている縄を見た。


「話をする前に、縄をほどいてもらうことはできないか? もう抵抗する意思はないんだが……」

「嫌です」

けいが即答した。


「……かなり強く縛っているだろ。せめて少し緩くできないか? 痛いんだが」


「ダメです。解放するかどうかは話を聞いてから判断します。少しでも妙な動きを見せたらその瞬間に全員で殴りかかるので、そのおつもりで」

けいが必要以上に脅す。


「……そうか。ではさっさと話すことにしよう。腕が痺れて感覚が無くなってきたからな」


それから早乙女さんは話し始めた。

「俺は桜澄に憧れた。お前のように強くなるためにはどうすればいいか考えていた。同じ人に師事しているというのに、俺とお前では絶望的なほど差が開いていた。そこで俺はお前の強さの起源を探るために小野寺家に接触したんだ」

「なるほどな」

先生が頷く。


「そうだったんですね。まぁでも先生の強さは突然変異的なものだと思うけど」


けいの意見を早乙女さんは肯定した。

「その通りだった。しかし調査を続けるうちに俺はある興味深い事実に辿り着いたんだ。お前の実家、小野寺家は……を生業としている」


「……は?」

先生は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「知らないのも無理はない。これは小野寺家の人間の中でもごく一部しか知らないことだし、子息にも二十歳になるまで伝えられないことらしい。お前はその前に家を飛び出したからな」


先生は呆れたようにため息をついた。

「俺の実家はただの金持ち一族ではなかったのか」


「それは表向きの情報だ。そこの二人とさっきのお嬢さんのことについてもそれが関係しているが、あれは少し特殊な場合だった。詳しくはあの人に直接聞いてくれ」


「え?」

先生が訊き返す。


「ケリをつけてこい。小野寺家との因縁を断つんだ」

「……そうだな。行ってくる。留守を頼んだ」

先生は僕とけいの肩に手を置いた。


「え……先生一人で行くんですか? それはさすがに危ないんじゃ……」


一緒に行こうと思った僕をけいが引き留めた。

「もし先生にどうにもならないことなら僕たちが行ったってしょうがないでしょ。足手まといになるだけだよ」


「それはそうだけど……。分かったよ。じゃあ、気をつけてくださいね」

「ああ。行ってくる」

先生はー人で小野寺家へと向かった。



 先生を見送った後、僕たちは縄をほどいて早乙女さんを解放した。

そこに天姉たちが来た。


「終わった?」

天姉は顔を覗き込むようにして訊いてきた。


「うん」

僕が頷くと、天姉は泣き出した。


「……よかっだぁ。あぁーよがっだ〜二人ともぶじだぁ~」


天姉があまりにも泣くものだからなんだか申し訳なくなった。


「泣くようなことじゃないでしょ」

ちょっと引き気味にそう言ったけいに向かって天姉は鼻をすすりながら怒ったように言い返した。


「だって! びっぐりしだんだよ! あぁ怖がっだー。ズビズビ、ゲッホゲッホゲホ! ゴホ……。はぁ。……心配させやがったな。二人ともこっちにこい。お姉ちゃんスマッシュをお見舞いしてやる」

「悪かったよ」

僕が謝っても問答無用というように天姉は

「いいからこい」

と言って手招きした。


僕とけいが渋々天姉の元へ行くと、天姉は僕たちのことを抱き締めてきた。


「……私はもう二度と大切な人を失いたくない。二人が私より強いのは分かってる。分かってるけど、二人が私を守って傷つくようなことは我慢できない。私は知ってる。人はちょっとしたことで死んじゃうんだ。二人までいなくならないでくれ。お願いだから無茶はしないでくれ……」


天姉はいまだに実の妹を守れなかったと自分を責めているのだろう。


だから今度こそ姉として僕たちのことを守りたいと思っているはずだ。


僕は天姉の気持ちを考えていなかった。

天姉は僕たちが傷つくことが怖かったんだ。


「悪かったよ」

僕はもう一度謝った。


けいも天姉に優しく声をかけた。

「怖かったろ。頑張ったな天姉」

「……うん」

天姉は僕たちからゆっくりと離れた。


僕は微笑みながらこっちを見ていた桜の方を向いた。

「それにしても。桜、悪かったね」

「え? 何がですか?」


「正直僕は、桜が小野寺家と通じてるスパイかなんかだと思ってたんだけど、なんか違う気がしてきた。まぁまだ桜の母親については疑ってるけど」


「そうですか。まぁ私怪しかったですもんね。ではいい機会なので私がみなさんについてきた本当の理由でもお話ししましょうか」

「うん」


「私は昔からちょくちょくあなたたち三人の話を母に聞かされていたんですよ。初めて聞いた時は、正直に言えば可哀想な人たちだな思いました。親から酷い仕打ちを受けていただけでなく、あまつさえその親に売り飛ばされそうになるなんて。でも、あの公園で恭介さんに出会った時、あなたは親切だったでしょう? あんな境遇で育った人がこうも普通に親切な人間になっているということに驚きました。てっきり不良にでもなってるかと思ってましたから。そして興味を持ったんです。なのでついてきたのはぶっちゃけ興味本位です。大した理由じゃなくてすみません」

桜はペコリと頭を下げた。


「いいや。友達がいないから、とかよりよっぽど納得できる理由だよ」


「友達がいないは不自然でしたか。私可愛いですもんね」

「ハッ」


「鼻で笑われた! えっ可愛いですよね?」

「んーまあまあかな」


「嫌いになりますよそんなこと言ってると」

「それは困るな。桜に嫌われるのは悲しい」

「……くっ、このツンデレがッ!」

桜は僕のことをペシペシ叩いてきた。


そんな僕たちをよそに、けいが大きく伸びをしながら言った。


「とりあえず一件落着かな。あとは先生が無事に帰ってくるだけ」


早乙女さんが言った。

「……それにしてもお前たち、強いな。あいつらは小野寺家が集めた精鋭たちだ。こうもあっさりと勝ってしまうとはな」

「いや、強かったですよ」

けいはあくびをしながら答えた。


「七対一で勝っておいてそれは説得力がないだろう。……二人共、格闘技に興味はないか?」


「ははは。勧誘ですか」

けいが笑った。


「縁があれば連絡させてもらうかもしれませんね」


僕はとりあえずそう言ってみたが、多分無理だろう。


早乙女さんは選手として試合に出てみないか、みたいな意味で言ってるんだろうけど、行方不明者である僕たちが世間の目に晒されるわけにはいかない。


「……そうか。待ってるぞ。いつでも連絡してくれ」

早乙女さんの表情は真剣そのものだった。


そんなこんなで、とりあえずではあるが早乙女さん問題と桜が敵なのか味方なのか問題が解決した。


あとは先生が無事帰ってくることを祈るとしよう。

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