いたずら大作戦2

 作戦を立てることにしたのはいいが、作戦会議はかなり難航した。


けいが二つ目の作戦を紙に書いて見せてきた。

一つ目の作戦は「謎の力が先生を襲う」とかわけのわからないことが書いてあったため却下されたのだ。


「……おい待てけい。この不思議な力で先生を攻撃するって何だ?」

「奇跡を信じる」


「起こるかー! そんな奇跡!」

「zzz」


「それから天姉は何寝てるんだよ。さっきまでノリノリだったじゃんか」

「それは残像だムニャムニャ」


「そうだったの!? っていうか食べてすぐ寝たら牛になるよ」


「牛にはならない。私は羊になるんだよ~ムニャムニャ」

天姉は目を閉じたまま寝言のように答えている。


「もうだめだ。天姉は諦めよう。今んとこ日向の案が一番かな」

僕がそう言うと、けいは納得いかないといった様子で

「もういたずらでも何でもないけどな。ただの暴力だし」

「いたずら(暴力)や」


「でも仮に僕とけい、あと天姉の三人がかりで襲撃して勝てると思うか?」

「やっぱり正面突破は厳しいだろうな」

「グアア!」

「あ、ごめん天姉」


「ふー。目覚めの一撃をもらっちまったぜー。んー。寝ながら話聞いてたんだけどね? やっぱり暴力はいたずらじゃないし、そもそも勝てる気しないしやめとこう。ホラー系いたずらでいこう」

「お? ハゲ散らかすぞ?」


「あ、そっかー。けいはビビリだったねー。ごめんね配慮が足りんかったみたい。いそぎんちゃくのけいには厳しいよねー?」

「……いそぎんちゃくだと?」

「怒るとこそこなんだ」


「全然大大夫だし。ドンとこいや!」

「よし。じゃー作戦内容はグアア!」


「自分で言って自分でダメージ受けるなよ! 四字の熟語嫌いすぎだろ!」


「そもそも冷静に考えてわけわからんよな。四字の熟語はダメで二字とか三字ならいいとかもよくわからんし」


「わしも手伝おうか?」

「んー。そうだね。げんじーにも協力してもらうとして、あーあとゆずにも協力してもらわないとね」

天姉の言葉を聞いて、けいは

「一対六か」

と一人で頷きながら呟いた。

意地の悪そうな笑みを浮かべている。


「まー暴力じゃないしオッケイ」

天姉が笑顔で親指を立てた。


「ワクワクするの〜」

「テンション高いねげんじー」

僕が少し引き気味に言うとげんじーは

「あいつの慌てた様子はレアじゃからの。まーあいつがホラー苦手かは知らんがの」

と答えた。



 それから僕たちは天姉に作戦の内容を説明された。

「なるほど。シンプルだね」

「効果あるかな?」

脳内でシミュレーションしているのか、天井を見上げるようにしているけいに向かって天姉は

「まぁでもこのくらいのいたずらがちょうどいいと思う」

と言った。


「せやな」

日向も賛成のようだ。

あとはゆずを仲間に引き入れるだけ。


「じゃー帰ってきたらゆずには私から説明しておくよ」

天姉がそう締め括って作戦会議は終了した。



 その後、十七時頃になって先生こと桜澄さんとゆずが帰ってきた。


「ただいま」

桜澄さんが玄関のドアを開けて中に入った。

「ただいま帰りました」

続くようにゆずも入ってきた。


「おかえりなさい。どこ行ってたんですか?」

「謎だ」


桜澄さんは表情を変えることなく答えた。

どこに行っていたのかという質問に対して謎と答える人が一体どれだけいるだろうか。


「ん? え? あーはい。答えたくないんですね了解です」


「しかし天音が日曜のこの時間に起きているのは珍しいな。いつも夕食まで寝てるだろう? どうした?」


玄関で待ち構えていた私に対して桜澄さんは疑問を抱いたようだ。


「いや~ゆずに話がありましてね」

「私に話ですか?」

ゆずが首を傾げる。


「うん。ちょっと私の部屋に来てくれる?」

「いいですよ」


「じゃあ俺は師匠と将棋でも打ってくる」

「分かりました」

「は~い。あ、そういえば聞いてよゆず! 今日私メイクに挑戦したんだよ!」


「メイクですか? ……しているようには見えませんけど?」


「もう落としちゃった。メイクしたまま枕に顔をうずめることが躊躇われてね」


「賢明な判断だと思います。それでは私は荷物を置いてから部屋に伺います」

「承知」



 それから二時間ほど経ち夕食になった。

うちでは僕(恭介)が料理を作ることが多い。


僕は料理が好きなのだ。

ゆずや天姉だったりが作ることもある。

ちなみにみんな好物が全然違う。


僕はお茶漬け、けいはラーメン、げんじーは煎餅、先生はきゅうりの漬物、ゆずは羊羹、天姉は餅、日向は桃だ。


食事中、ふと天姉の顔の一部が赤くなっていることに気がついた。


「え? 天姉ほっぺたとおでこが赤いよ? どうしたの?」


「水筒のことを言ったらゆずにほっぺたつねられて怒られた。おでこのは桜澄さんにデコピンされたやつ」


「ほっぺたはともかく、おでこ大大夫かそれ? めっちゃ赤くなってるけど。先生のデコピン痛いからなー」

けいがご飯を頬張りながら言った。


「もとはといえば恭介に失礼なこと言われたのが原因なんだからちょっと納得いかんとこもあるけどね。まぁ受け入れよう。これも年上であるおねーちゃんの役目さ。さだめオブおねーちゃん」

「ありがとトゥおねーちゃん」


「すまん天音。強くしすぎたかもしれん」

「いいですよ許します」


食後、先生が風呂に行ったところで僕たちは目を見合わせ頷き合った。



 湯船に浸りながら俺は考えていた。

最近は師匠に恭介とけいの教育を任せることが増えてしまっている。


忙しいことも理由の一つだが、やはり人に何かを教える機会が今までにあまりなかったこともあり、教育方針について悩んでいることが一番の原因だろう。


自分が育てられてきたのと同じように育てても良いものなのか。


ここのところそういったことで悩んでばかりで、あいつらとの距離感の掴み方が分からなくなってきている。


もっとフレンドリーに接した方が良いのだろうか……。


教育する立場にある人間がこんなことではいけないな。


本当に正しいのか自信がなくても、あいつらの前で不安そうにしている姿を見せるわけにはいかないのだ。


もっとちゃんとあいつらと向き合ってみよう。

そう決意して俺は風呂場を後にした。



 風呂場を出てすぐに違和感を覚えた。

電気がどこにもついていない。

そして誰の気配も感じない。

家を一通り見てみたが誰もいない。


おかしい。

いつもならリビングで談笑してるか、それぞれ自分の部屋にいるかだ。


「誰かいないか?」

返事はない。


外からはひぐらしの声が聞こえてくる。

夏になり昼間は必要ないくらい暑くなったが、やっぱり夜は冷えるなーなどと考えていると、ふと床に絵が落ちていることに気がついた。


その絵はカボチャと大根が融合したような不気味なものだった。

「な、なんだこれは……」


ガタッ。


急に背後で音がした。

ふり返ったが何もいない。


首のあたりに寒いものを感じ、あたりを見渡す。

特に不審なものは見当たらない。


ふいに電気が消えた。

そして何かの気配を背後に感じる。


ニメートルほど離れたところにいる。

なにかいる。


その気配はゆっくりとこちらに近づいてきた。

こちらの様子を窺うようにゆっくりと。


気配は俺の目の前くらいの位置で止まった。

カチッと音がして、途端に目が眩む。


「バア」


懐中電灯に照らされた顔は化物のようだった。

目の下は寝不足を極めたように黒く、対照的に肌は病的に白く、そして眉は赤く染まっていた。


「あ、あ……」

あまりの衝撃に言葉を発せずにいると背後から攻撃の気配を感じた。

条件反射的にカウンターを繰り出す。


「ドッキリ大成ボェっ!」

床に叩きつけられたけいが苦しそうな声を出した。


理解不能な状況に困惑していると

「えーっとー。ドッキリでしたー」

そう言って苦笑いを浮かべているゆずと恭介と日向が窓の外から手を振っているのが見えた。



 その後、リビングに集まって改めてネタばらしをされた。


「そういうことだったのか」

「びっくりしました?」

けいが背中をさすりながら訊いてくる。


「正直驚いた」

「やったー」

天音は右手でピースサインを作った。


「最後のけいの攻撃もドッキリなのか?」

「あれはサプライズ攻撃です!」

「それはサプライズなのか?」


「いいじゃないですか当たんなかったんだし。まぁどうせ当たらないんだろうとは思ってましたけど」


「条件反射だ」

「なにそれすごい。いいなー」


「訓練次第で身につくものだ。けいにもいつかできるようになるかもしれん」

「アバババ」

「どうしたの天姉? いやあれか。四字の熱語だ」

恭介が呆れたように言った。


「へっ。気にすんな」

「そういえば天音の顔はすごかったな。追力があった。あんな化物のメイクいつ練習したんだ?」


「褒められてるんですかねこれ。今日ですよ。それも真面目にやってああなんですよ」


「鏡見ないでやったらあんなふうになるみたいです」

恭介が補足した。


「? まぁよく分からんがそうなのか。そういえば不気味な絵が落ちていたが?」

「あれは私の絵や。うまかったやろ?」


「ん、ん〜ソウダナ」

「カタコトやん。思ってないやろ〜」

日向は人差し指で俺の横腹をつついた。


「それはさておき、みんなありがとう」


「ん? 何がですか?」

けいが首を傾げる。


「いや、俺と仲良くなろうとしてくれて、こんなこと考えてくれたんだろう?」


「……単純に一泡吹かせてやろうと思っていただけなんだけど、言わなきゃバレねーか」

「声に出てるよ?」

小声で呟いたけいに向かって恭介が言った。


……こいつらはなんだかんだいって俺に親しみを感じてくれているのかもしれない。


そう思うと今まで悩んでいたことが嘘のように心が晴れた。


「ハハハ。でも本当にありがとう」


「おー。先生が笑顔を見せるとは珍しい」

恭介の言葉に同意するようにけいが

「なんか得した気分だな」

と言った。


「あれ? そういえばげんじーは?」

ふと、天音があたりを見渡して師匠がいないことに気がついた。

確かにさっきから師匠の姿が見えない。


一体どこに……


「バアァ!!」


「「「「「「うわぁ!!」」」」」」


「へっへっへー。ドッキリ大成功じゃ」


天井から師匠が急に登場し、俺たちは腰を抜かした。

そして互いに顔を見合わせ大笑いした。

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