17歳の時に書いた話

夜桜紅葉

第一章

いたずら大作戦

 家に帰ると姉が化物のコスプレをしていた。

「どうしたのあまねえ。ハロウィンは十月だよ?」


あまねえは僕の言葉を聞いて少しの間硬直し、

「? どういうこと?」

と聞いてきた。


「その顔と恰好はクリーチャーのコスプレでしょ?」

「……ごめん、私の中のクリーチャーの意味と恭介の中でのクリーチャーの意味に違いがあるかもしれない。どういう意味でクリーチャーって言葉を使ってる?」


「クリーチャーに他にどんな意味があるのかは知らないけどクリーチャーは化物って意味じゃないの?」

ペキっと音がした。


姉は持っていた水筒を握り潰し鬼のような形相で

「これは可愛くなろうと思って初めてメイクしてみたんだよ! この恰好はお洒落だと思って着たんだよ!」

と叫んだ。



 その後、あまねえは部屋に閉じ込もってしまった。

ドアには鍵がかけられている。

部屋の中からは般若心経が聞こえてくる。


奴は怒ると般若心経を聞きながら昼寝をする習性がある。

無害だから別に良いのかもしれないが意味分からんし普通に怖いのでやめてほしい。


僕は最近これに対抗策を見つけた。

僕はドアの前に立ち、音読を始めた。


「一期一会、急転直下、言語道断、七転八倒、死中求活、明鏡止水、武骨一辺、富国強兵、正真正銘」

「グアァ!!」

部屋から奴の苦しむ声が聞こえてきた。


奴は四字熟語が弱点なのだ。

これまた意味分からんが本人曰く

「私は理系だからね、フフン」

ということらしい。


どうも漢字が苦手らしい。

じゃあ般若心経一番だめだろと思うが般若心経は別らしい。


「別」とはどういうことなのか聞いたら

「フフッ。それが乙女ってもんなのさ」

と言われた。


とにかく奴を攻撃しようと思ったら四字熟語を音読したらいいのだ。

「くっ。こんなところでっ!」


部屋からなんか聞こえてくる。

もう少しだ。

「感慨無量、温厚篤実、一念発起、四面楚歌、四面楚歌、四面楚歌」

「グアア!」

奴は特に四面楚歌という言葉が弱点なのだ。


鍵が開けられてドアが開く。

奴は不服そうな顔をして

「致し方あるまい。良かろう。前言撤回の機会を与えてやろうグアア!」

自分で四字熟話を口にしてダメージを受けてる。


「とりあえず般若心経を止めてもらえるかい?」

「はいはい。んで? 前言を撤回するかい? それともご機嫌取りの品を用意したのかい?」


「後者。お餅を用意した」

「グヘヘ」

「笑い方どうにかならん?」

「ブツは受け取るし、それで今回の件を水に流してやろうとも思う。けど私そんなに酷かったの?」


「先制攻撃しても正当防衛が認められそうなほどだった」

「オェ。四字の熟語はやめてくれ?」

「ごめん」


「やっぱ慣れないことするもんじゃないねー。まーいいや。お餅いっしょに食べる?」

「いらん。これからけいと走ってくる」

「あーそっか。いってらっしゃい」



 それから僕はけいの部屋の前に来てドアをノックしている。

かれこれ二分くらい。

返事もなく音もしない。


だが確実に相手は部屋にいる。

気配が確かにある。


三十回目のノックをした時、ついにドアが開いた。

「もう! 居留守だよ! 分かれよ!」

部屋からけいが出てきた。


「なんで自分の部屋で居留守してるんだよ」

「それもそうだな。どうした? なんか用?」


「切り替え早すぎるだろ。まーいいや。走り行こう?」

「いいよ」

「ところで本当になんで居留守してたの? なんかしてた?」

「宇宙人に絡まれた時どうするか考えてた」


「この家電波系多くない?」

「そうだね。天姉は変わってる」

「お前もな」

「うるさいな! ハゲ散らかすぞ!」


「どゆこと!? それ僕に攻撃してんの?」

「そうだよ! ハゲ散らかすぞ!」

「聞けば聞くほど分からん。お前がハゲるだけじゃん。っていうか急にキレるな。情緒どうなってるんだよ」


「ごめん。思春期だからさ」

「あーそっか。でも僕はそんな心乱れることないけどなー」


「恭介落ちついてるよな。僕なんかもうホルモンバランスがヒャッハーでフォー! って感じだもん」

「全然分からん」


「話変わるけど、さっきまた般若心経聞こえてきたんだけど。また天姉拗ねちゃったの?」

「かくかくしかじか」


「……いや、かくかくしかじかって口に出されても。何も分からん」

「初めてメイクしてみたらしくてね、化物のコスプレかと思って言ったら怒った」


「うわー。見てみたかったなー。もう落としちゃってるよね?」


「うん。そういや先生達は?」

「さあね。今日日曜だしどっか行ってんじゃないの?」

「そっか。日向は?」

「お絵かきでもしてるんでしょ」


「今十三時か。走り行く前に軽く食べる?」

「さっき食った。てか恭介さっきまでランニング行ってたんじゃなかったっけ?」

「そうだよ」


「走るの好きすぎない? 体力オバケじゃん。そのうち先生より強くなるんじゃないの?」

「そうなれたらいいけどねー。まーまだ逆立ちしたって勝てんけど。でもけいの方こそ結構良いとこいくんじゃない?」


「いや~、オレっちなんて足元にも及ばないでやんの」

「やんすだろ。えーでも足元にも及ばないってことはないでしょ。先生だって人間なんだし」


「いや。あれはもう同じ生き物じゃないよ。怪獣センセイドンとかだよ」

「相変わらずのネーミングセンスだな。怪獣要素がドンしかないじゃん。てゆうか薩摩の人みたいになってるし」


「ところで恭介どん。今からどんくらい走るんです?」

「どんどんうるさい。う〜ん。普通にいつもくらい」


「オッケイ。あ、そういえば知ってるか? OKってドドンドンドドンなんだよ」

「いやだからどんどんうるさいってば。え? どゆこと?」

「指で書いてみ?」


「……本当だ。えーすご」

「リアクション薄いなおい。ハゲ散らかすぞ」

「……なにそれマイブームなの?」

「おう。人を傷つけないように、されども自分の怒りを表現したい時に使う言葉」


「お前なりの優しさだと解釈しておくよ。そういや今日これからの天気は?」

「よしきた! えーっとねー。んー。あー。晴れる!」

けいは六十%くらいの精度の天気予報が出来るという特技がある。


「間違いなく多分晴れる。きっと絶対。おそらく確実に」

「不安が見え隠れしてるぞ」

「あ、そうだ。走り行く前にハンバーグに水やっていい?」


ハンバーグというのはけいが育てているひまわりのことだ。

ひまわりの真ん中のとこがハンバーグに見えたからとかで、そう名付けたらしい。


「よしよしハンバーグ。いっぱいお食べー。……あーにしても暑いなー。ハンバーグは週末なんかした? ……バク転の練習!? マジで?」


「なんでお前ひまわりと喋れるんだよ。んでハンバーグはバク転の練習してたの!?」

「これは……世界獲るかもな」

「なんでシリアス顔できるの? もう水やりはいいだろ。走り行こうよ」

「レツゴー」



 それから二時間くらい二人で走った。

走り慣れている道なのでたいしてきつくはないが暑い。

家に帰ったころには滝のように汗をかいていた。


「ただいまー。あぢー。しゃわー」

「おかえりー」

「あれ天姉化粧してるじゃん」

「リベンジだぜ。さー恭介どうだ?」


「……すご。なんで? さっきのから何がどうしてこうなるの?」

「さっきは良く考えたら鏡を見てなかった」

「馬鹿なの?」

「そうかもしれない」


「あれ。帰ってきてたん? おかえりー」

この子は日向。

エセ関西弁みたいなのを話す七歳。


「ただいま日向。天姉の見た?」

「うん。てか私に相談してきたんよ。どうやら自分はお化粧が下手らしいから教えてって。で、話聞いたら鏡見てなかったみたいやから鏡見てやったら? ってアドバイスしたんよ。天姉なんだかんだ器用やからね。鏡見ながらやったら普通に上手に出来てたわ」


「改めて聞いても鏡見てやらなかったのがアホすぎる」

「まー、でもノールックメイクなんてのもあるかもよ?」

「いや知らんけど。それにしたってさっき眉に口紅塗ってたよ?」

「それはミスったんだよ」


「ミスりすぎだろ」

「まーこの美顔については後で話そうじゃないか。二人ともシャワー沿びてきな」

「「はーい」」



 シャワーから上がると日向が麦茶を用意してくれていた。

「おーありがとう日向。気が利くねー」

「暑いからねー。本当この暑さの中ご苦労なことやなー」


「走るの楽しいからね」

「それにしたってあんまり無理すると倒れるんやないの?」

「大丈夫だよ。恭介は早寝早起きだから」


「そうなん? よー分からんけど。あ、そうや。新作できたで。今回のは自信作なんやで~?」


そういって日向が見せてきた絵に描かれていたのは、キセルを咥えたカピバラだった。


背景には美しい海と大爆発。

逃げ惑う人々にUFO。

これは……


「しぶいなー」

「いやしぶいのか? しぶいのかすら分からん何だこれ」

「カピバラやで?」


「そうだけど、そうだけど! 背景何これ!?」

「芸術……かな」

「しゃらくせえよー!」

「何点?」


「ん〜今までの作品と比較してもどのあたりが自信作なのかよく分からん。どれも独創的すぎるしなー。今までの何点つけてきたっけ?」


「カボチャと大根のキメラは六十点。オリジナルキャラ膝蹴り親方は五十三点と結構辛口評価頂いてます」

「そうだなー。んー。……六十八点!」


「やったー! 六十八点満点やろ?」

「そんなわけあるか。なんだそのキリの悪い満点」


「そういや天姉は?」

「寝たよ」

「シャワー浴びてる間に? 本当昼寝好きやねー」

「ちなみにこの机の下やで」


「うわびっくりした!! どこで寝てるんだよ」

「んー。寝床」


「天姉にとっての寝床はどこにでもあるな。この前もなんか玄関で」

「や、止めてくれ! それは黒歴史!」


「そうなんだ。恥ずかしがるポイントが良く分からんけど弱点なのか。へへ。弱味を握ってやったぜ」

「いい性格してんなオイ」

「光栄でやんす」


「へっ。でも私だってけいの弱点知ってるもんねー」

「僕に弱点などない。なぜなら早寝早起きだから」

「なんなのさっきからその早寝早起きに対する厚い信頼。あとけいは別に早寝でも早起きでもない」


「けいの弱点。それはホラー!」

「ハッ。何を言い出すかと思えば。ホラーだって? 僕に怖いものなんてあるわけないだろ」


「この前、夜にトイレに起きたときに見たんだけどね? 白い服を着た髪の長い女がけいの部屋のドアの前に立ってたの」

「ちょ、やめてよ。意味分かんないし」


「それでじっと部屋の前から中の様子を窺ってたかと思ったらすーっとドアをすり抜けて部屋に」

「マジで止めろし。ハゲ散らかすぞ!」

「え、なにそれどゆこと?」

「怒りの表現だよ!」


「ふーん。まーいいや。てかやっぱホラー苦手じゃん。やーいビビリ、はりぼて、いそぎんちゃくー」

「それ悪口なのか?」

「そういう見方もある」


「いや僕別にビビリじゃないし。違うし。誤った情報だし。フェイクニュースだし」

「はいはいそういうことにしておいてあげるよ」

「やかましいわハゲ散らかすぞ」


「そういえば最近どうなの? 桜澄さんには勝てそう?」

「んにゃ。先生強すぎ。でも天姉なら勝負になるかもよ? さっき恭介と話してたんだけど水筒握り潰したんでしょ?」

「そうだった! 怒られる! マズいマズいマズい」


「どうやったら水筒を潰せるんだよ。ゴリゴリしてんなうちのねーちゃんは」

「隠したらバレたときエラいことになるやろなー。ウサギ跳びで登山とか」

「考えたくねぇ……素直に謝るか」


「お? みんなで揃って作戦会議か? どうじゃ? 桜澄には勝てそうか?」

この人はげんじー。

先生の先生というか、先生の師匠だ。


「あ、げんじーおはよう。はやくないけど」

「先生に勝てる気はしないね。まーいつか超えたいけどね」


「ハハハ。あいつに対しては生半可に鍛えておらんからの。育てた側も引くくらい無茶な指示なのに平然とこなすような奴じゃった。中々超えることはできんじゃろうな。そもそもできない前提で出した指示をなんでもない顔して淡々とこなしていくあいつは鍛えがいがなかった。わしが鍛えんでも別に良くね? と何度思ったか分からん。それに比べお前たちは鍛えがいがある。こちらの出した指示にちゃんと嫌そうな顔するからの」


「ちくしょう楽しそうだ」

「というか桜澄さんは昔からそんな感じなんだね。変わってないんだなー」


「どうじゃろな。あいつはあいつで成長したり悩みを抱えたりしているとは思うんじゃがの。如何せん顔に出さんからの」

「とにかく先生に勝つにはまだまだ鍛えないといけないのか」

「まー勝ちたい相手から教えを乞うておるんじゃからそのうち勝負になるようになるかもしれんの」


「マジで? げんじーから見て可能性あると思う?」

「絶対無理、とはいえんの。これからの努力しだいかの」

「うーん。でもやっぱり今は正攻法は厳しいからなー。外道な手を使おう」


「なんでよ。いっしょに正攻法で頑張ろうよ」

「いや外道でいく。具体的にはいたずらを仕掛ける」

「あーなんだそゆこと。勝てなくても今、一泡吹かせたいと」

「イエス」

「うっ」


「ん? 天姉どうした?」

「さっきの作戦の会議が今ごろになってっ!」

「……あー四字の熟語か」

「くっお餅さえあればっ。お餅さえ、くっ!」


「さっき食ったじゃん。また食うの? 太るよ?」

「おーっとそいつは言っちゃいけねーぜ? 年齢、体重、握力に関することは乙女に言及してはいけないって決まりだ」


「最後の一つは個人的なものだろ」

「まあまあそれはおいておいて。お餅はないのかい?」

「ないよ。さっきので最後」

「おいおい嘘だろ。嘘だと言ってくれよ。頼む。言えよっ。嘘って言えよほらっ!」


「怖いよ。餅好きすぎだろ」

「ったりめーよ。乙女たるものお餅が好きでねーと」

「天姉の乙女像よく分からん」


「餅の話はいいよ。今はいたずらの策を練るぞ」

「つってもねー。不意を突こうにも隙がないんだよなー」

「油断しないからねー。どうにかして油断させよう」


「油断ねぇ……そうだ! 先生の好物ってきゅうりの漬物だよな?」

「えーなんか仕込むの? それはさすがに無しだよ」

「違うよ! どんだけ信用ないんだよ。好物が目の前に現れたら喜ぶじゃん?」


「いや急に目の前に現れたら警戒するでしょ」

「さっき餅に狂ってた天姉がそれを言うのかよ」

「いやだってきゅうりの漬物でアガんないし」


「アガんないならしょうがない。もーいいや他の案を考えよう」

こうして僕たちは先生たちが帰ってくるまでに作戦を立てることにした。

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