Ⅰ case:雪男

 彼ら家族のことを、一人々〃順々に紹介していこう。


 まずは父親……彼は雪男(イエティ)だ。


 そう。あのヒマラヤやウラルの雪山にいる、全身毛に覆われたUMA(未確認生物)……否、未知の人類である。


 だが、彼らの目撃情報が極めて稀であることからもわかるように、その個体数は極度に少ない。


 北アメリカ大陸にいるサスカッチ、ビッグフットととも同種であるという説があるが、それも推測の域を出ないものであるし、仮に同種であったとしても、そもそもそれらを含めたとて個体数は高が知れている。


 つまりは絶滅危惧種。本来ならばレッドリストの真っ先に記載すべきほどの危機的状況におかれた存在なのだ。


「子孫を残さねば……」


 彼が最重要事項としてそう考えるのも、当然の帰結であったといえよう。


「よし! 嫁を探そう!」


 彼は種の保存のため、嫁探しを本格的に始めることにした。


 だが、何度も言っているように、彼らの個体数は極めて少ない……もう何十年と、彼は同種族の牝どころか、牡にさえ会ったことがないのだ。


 そこで彼は近縁の種であるホモサピエンス──つまりは現生人類にその役を求めようとしたのであったが、それでもなかなかどうして、そう簡単に問題が解決するものではない。


 イエティが棲息するのは雪深い高山の寒冷地帯。その過酷な環境に耐えうる人類というのは通常まずもっていないのだ。


「困った……俺と一緒に暮らせるような、寒さに強い人間はいないものだろうか?」


 この難解な問題に考え悩むイエティ……だが、そんな折、朽ちかけた山小屋へ食糧はないかと探しに行ったところ、そこにはヒマラヤ登山にやって来た日本人とシェルパ(※ネパールの少数民族。荷揚げや山の案内のスペシャリスト)が泊まっており、偶然、彼らの会話を盗み聞くこととなった。


 まるでスパイの如く屋根裏に潜んで耳をそばだてていると、思いもよらず興味深い話が聞こえてきた……。


 なんでも、日本には〝雪女〟という寒さにめっぽう強いどころか、むしろ吹雪の中を好む女性がいるというのだ!


 これはもう聞き捨てならない……彼女こそが自分にとっての運命の女性なのだろう……。


「よし。越冬で渡り・・をする白鳥達の如く、俺も遠き極東の国、ニッポンへと行くことにしよう……この嫁探しの旅、名付けて〝オペレーション・キュグヌス(※ラテン語で白鳥の意)〟だ!」


 こうして、屋根裏で決意を固めたイエティは、嫁を求めてはるばる日本へ向かうこととなったのである──。

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