第14話 ハント、逃げて!!

 鋭く血走った目で「クルルルル~...!!」という唸り声をあげて威嚇する...訳でも無く、逆に、2人を囲んだシルバーフォックスたちはお腹を地面につけ伏せの状態で、しかも長い両耳と尻尾を縮こませている。


 何となく...いや、明らかにシルバーフォックスたちから、戦う意思を感じとれない。


 何だか様子が変だ...?


 今度は2人が戸惑っている様だった。レイメントさんは「どうした!たち?気合を見せろ!!」と叫んでいる。それでもシルバーフォックスたちは戦う様子を一切見せない。なかには震えているシルバーフォックスもいる。


 それに何度も言うけど、キツネであってじゃないし...。


「ま、待たれよ、お二人方、我々の負けじゃ...も、もう許してくれ、お2人には敵わない。そして、我らの力を試そうとして、先に手を出した無礼をお詫びする」


 ちょ、ちょっと待って、頭の中で声が聞こえる⁉


 だ、誰かが私の頭の中に直接話しかけているの?


 私は言いようのない不安に襲われ、周囲をきょろきょろと見まわす。な、何が起こっているの💦


 ヨハン、ドル、それにハントも私と同じように周囲を警戒しながら様子を伺っている。


 だが...ただ一人...。


「ひぃ~い!!!わ、私の頭の中に悪霊が住みついちまったよ💦ハ、ハント、どうすればいいんだい⁉ニンニクかい⁉お祓いかい?ジュリーダ牧師様~!!」と、サルンサはパニックに陥ってしまった。いつもは強気なのに...。こういうところが憎めないんだよな~。


 何だか可愛いし。ギャップ萌えってやつかな⁉


 私が困惑していると、レイメントさんとリューファンさんが見つめる先の茂みが揺れた。そこには、今まで目にした倍近くの大きさを持つシルバーフォックスが2頭、静かに姿を現わした。


 お、大きい...。存在感が半端ない...。


 そして...。


「私の声が聞こえますかな...?我はシルバーフォックス族の族長クワナ。そして妻のミエです」という声が脳内に響いた。


 その声と共に、2頭のシルバーフォックスは他のモノたちと同様に、レイメントさんとリューファンさんの目の前で伏せの姿勢をとった。そして、他のモノたちと同様に両耳と尻尾を縮こませていた。


 後で聞いた話によると、相手の目の前で伏せをして両耳と尻尾を縮める行為は、降伏や服従を示す意味があるようだ。


 2頭のうちの1頭が、私たちに向かって「わ、私の可愛いコハクはいませんか⁉大切な、ま、真っ白なシルバーフォックスの子が!!」と涙を流しながら脳内で訴えてきた。


 狐の涙って...初めて見た。でも、真っ白な狐って。多分知っています。はい...。


 絶対にあの子のことだろう...。


 その訴えを聞いた全員が、ライル君の膝の間で、お腹を出してスヤスヤと寝ているシルバーフォックスに目が向いた。コハクに間違いないだろう...。


「コハクは、越中明けのシルクスパイダーの群れと我々一族が鉢合わせになってしまった際に、ハグれてしまったのです。匂いを追ってここまで探してきたのですが...。その途中でオークの血と共に我が子の致死量相当の血液を発見したため...」と、隣で泣いているミエの代わりにクワナが説明を始めた。


 ミエは、クオンクオンと取り乱したように泣いている。


「それなら...」と、レイメントさんが子供の無事を伝えようとした瞬間、「あんな大量の血を流していたら、娘は...」と、ミエはさらに泣いてしまった。自分の尻尾で涙を拭いている。


 う~ん、器用だ...。


 レイメントさんが一生懸命にコハクのことを伝えようとしている。お願いだから聞いてあげて!!


 いや、だから...。


 あなたの娘さんはお腹を出して、今も幸せそうに寝ているって...。ほら、今も...。


「クウウウン♡」


 あ、寝ながら笑った。


 本当に寝ているのかを疑うぐらい、にっこりと笑っている...💦



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 やっとこレイメントさんの話に耳を傾けたミエは、さっきまで泣いていたのがウソのように、周囲をきょろきょろと見まわしている。


 そしてライル君が、「こっちですよ~。こっち、こっち!」とコハクの居場所をミエに伝えると、ミエは「コハクちゃ~ん♡」と叫びながら、ライル君の元に駆け寄った。


「こ、こらミエ!失礼だろう!落ちつきなさい!!」


 旦那であるクワナが、あまりの手のひら返しの行動を叱ったが、ミエは我を忘れコハクの元まで一心不乱に駆け寄った。だが...母親が駆け寄っても、コハクはお腹を出して寝ている。


 よほど疲れていたのか、それとも、心のそこから安心できる場所なのだろうか...。舌を出して、少しよだれを垂らしてクークーと寝息をたてている。


「コハ...モゴモゴモゴ...」


 ミエがコハクの名を叫びながら起こそうとすると、クワナが尻尾で彼女の口を塞いだ。


 色々な使い道のある尻尾だこと...。


「もう少し、信頼しておられる方の膝の中で寝かせてもらいなさい。あんなに緩み切って...恐らく、あの方がコハクを救って下さったのだろう」と、クワナがミエを落ち着かせた。


「主様、よかったですね♡コハクちゃんのご両親が向こうから来て下さいました。コハクちゃんも目が覚めたら、きっと喜ぶでしょう♡」と、ソフィーナはライルに向かって微笑んだ。


「確かにね。可愛いよね、コハク。でも、親元に帰るのが一番だよね。でも...もう少しだけ、僕の膝の中でお休み...」と、ライル君はコハクを優しく撫でながら言った。


「大丈夫ですよ主様。コハクちゃんがいなくなって寂しくなった膝の間には、私がすっぽりと顔をうずめて...」と、それ以降はサルンサさんから教育的指導を受けていた。


 頼りになるんだけど...。ライル君のことになると森のエロフに変身してしまうから...。まあ、気持ちを分からなくもないけど...。


 だけど、リューファンさんじゃないけど、ライル君の独り占めはダメです!!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ねえ、ソフィーナ?コハクが起きたら親元に返すべきかな?」と、ライル君はソフィーナの胸に頭を埋めながら尋ねた。


「そうですね、主様。やはり...コハクちゃん次第ではないでしょうか?ただ、主様、あのシルバーフォックスの皆さんですが...」


 そう言った後、ソフィーナさんはシルバーフォックスたちの方に、ライル君から視線を移した。


 何体かのシルバーフォックスが、レイメントさんとの模擬戦を楽しんでいる。だが、皆んな痩せており、よく見ると毛並みもゴワゴワして粗く、ツヤやかさも欠いている。その動きは疲労感を帯び、鮮やかさを失い、動きが鈍い。私達が知っているシルバーフォックスの姿とは大きく異ななる。


 本来、シルバーフォックスの狩りは、集団で協力して行う。獲物を見つけたシルバーフォックス達は扇状に散開し、少しずつ獲物との距離を詰める。そして、一瞬の隙を突いて喉元を狙い、鋭いキバを突き立てて窒息死させる。


 そんな集団で統率された動きをし、無駄のない狩りをするシルバーフォックス達のはずなのだが...。


 ソフィーナさんの言葉に導かれ、私もシルバーフォックス達を見つめると、彼らの痩せた体と艶のない毛並みが目に入る。自慢の牙や爪は傷つき、欠けているモノもいる。その姿は、何とも痛々しい。


 ここにいる全てのモノの視線が、シルバーフォックスに集中した。


 そんな皆んなからの視線を受けて、族長のクワナは少し気恥ずかしそうに語り始めた。


「最近、この地域に魔物の数が急増しています...。縄張り争いで戦闘が絶えず、私たちの武器である爪や歯はボロボロの状態...。お恥ずかしい限りです」


 その場にいたシルバーフォックスたちも皆、ウツムき尻尾も耳も垂れていた。


 本来、シルバーフォックスたちは銀色の美しい毛並みを持つ、優雅で気品あふれる存在として知られている。


 そんな森の気高き生き物がボロボロの状態だ...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「主様...」とソフィーナは何かを言いたそうに呟いた後、彼女は僕を抱きしめ、しなやかで細い腕に力を込めた。


 ソフィーナは目の前のシルバーフォックスを自分と重ねたのかもしれない。自分もボロボロになったからこそ、僕に「助けてあげて!」と無言で訴えているのだろう。彼女の抱擁には、その思いが伝わる力強さと優しさが込められていた。そんな彼女に対して僕は...。


「大丈夫だよ!ヒーリンちゃんには申し訳ないけど、何度でも助けに来てもらうよ!皆んなで元気になって、幸せに暮らそう!コハクが悲しむからね!」と、僕はソフィーナに思いを伝えた。


「主様...」とソフィーナは涙声で呟いた後、「感謝すぎて、言葉が...出てきません...」と、僕を更に力強く抱きしめた。


 く、苦しい、た、助けて💦


 その後、ヒーリンちゃんが再び訪れ、サポスラと一緒にシルバーフォックスたち全員の治療を行ってくれた。


 ライル君が申し訳なさそうに「何度もごめんね...」とヒーリンちゃんに伝えた。


 すると、ヒーリンちゃんは「スライム街の皆んなから、ライル君に頼られて羨ましがられます!何度でも呼んで下さいね!」と、軽やかでリズミカルなポヨーン、ポヨーンを披露してくれた。


 ヒーリンちゃん。センキュウです♡


 ヒーリンちゃんもライル君に頼られて、凄く嬉しそう...。


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 夕暮れ時、私たちは開けた土地へと足を運んだ。その土地は、遠くに広がる山々のシルエットと、その山々を照らす夕日のオレンジ色の光によって美しく照らされていた。そんな素敵な場所に2張りのテントが立てた後、オークを3体ほど解体している。


 お腹を減らした仲間たちが多いから。シルバーフォックスたちも含めると、40 程にもなる大所帯となった。なんだか、本当に開拓地チームっぽい集団になりつつあった。


 レイメントさんやヨハンが狩ったモノや、シルクスパイダー達からのおこぼれ品も沢山ある。お腹を減らしたモノたちの集団だ。たらふく食べてしまおうという話になった。


 リューファンさん曰く、今日は"仲間が沢山増えて嬉しいね会♡"らしい。ネーミングのセンスは...。誰も恐ろしくて指摘ができない...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 宴会の準備も整う頃にはすっかりと陽も暮れた。どうだろう、もう夜の7時くらいかな?本来ならば、名も無い馬車道端のだだっ広い広間。陽が暮れれば闇と共に静寂が訪れるだけの空間。


 ただし、今日は違う。


 ヒーリンちゃんの治療を受けたシルバーフォックスたちが嬉しそうに駆けずり回り、先ほどよりも力強くレイメントに飛びかかっていく。


 まるで、"これが俺たち本来の力だ!"と言っているかのように...。


 それと、もう1つ非常に気になることがある。皆んなは必死で、を無視しているが...。


 グルルルルルルルルルルルルルルルルル~!!


 ある乙女のお腹から、すさまじいほどの爆音を響かせている💦誰からとは言わないが...。先程まであんなに無双していた者とは思えないほど、いじらしくお腹を抑え込んでいる。


 本人は必死に「これは仕方がないのです...仕方がないのです...💦」と弁解している。気持ちが分かるだけに皆んな、責めたりはしないが...。この暗闇の中でも、分かるくらい真っ赤な表情をしている。


 リューファンさん!もう少しだけ待ってね!


 リューファンさんの横でヨハンやドルが「俺たちはオークの内臓や骨は必要ない。ハント、シルバーフォックスたちにあげてもいいだろう?」と彼に尋ねた。


 するとハントは微笑みながら、「もちろんだ。俺たちはすでに仲間だ!腹を空かせているのなら、思う存分食べるてくれ。さあ、準備が終わったぞ!!」と大きな声で皆んなに伝えた。


 準備も整った!!するとサマンサが、「さあ、"仲間が沢山増えて嬉しいね会♡"の開幕だよ!!」と少し恥ずかしそうに、でも高らかに宣言した。


「「クォオオオオ~オオオオオン!!」」


 暗闇を震わすほどの、シルバーフォックスたちの喜びに満ちた遠吠えが辺り一帯に響き渡った。その遠吠えに引き寄せられ、最年少のシルバーフォックスも目が覚めたようだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 目を覚ましたコハクも、オーク肉を大喜びで食べている。その他のシルバーフォックスたちもお腹を空かせていたようで、ガツガツとオーク肉を食べている。


 その横で、リューファンとレイメントは涙を流しながら、厚切りのオーク肉をシルバーフォックスと同じ、あるいはそれ以上の勢いで食べている様子に、皆んなの注目が集まった。


 リューファンさんは、「そんな目でライル様、私を見ないで下さい...」と恥ずかしそうに言いつつも、オーク肉を手放すことなく、貪欲に食べ続けた。


 ソフィーナさんは、非常食として持参したリンゴやオレンジを、ライル君の隣で嬉しそうに食べている。


「フルーツは本当に久しぶりです。ライル様も一ついかがですか?あーん♡」と、食事中もライル君の側を離れようとはしない。


 徹底している...。


 しかし、あの胸につまっている爆弾の中身は、肉じゃなかったの?私もフルーツを沢山食べてみようかな...。


 肉の匂いに誘われて、コボルトやゴブリンなどの下級モンスターが現れたが、元気を取り戻したシルバーフォックスたちがそれらを追い払った。どうやら完全に復活したようだ。


 クワナによれば、この辺りはシルクスパイダーや我々を恐れ、殆どの魔物が違う場所に移動してしまったと言った。


「それならば、バリジン森林地帯に魔物たちは向かったのか...。やれやれ、俺たちは相変わらずとんでもない所に進もうとしているようだな」と、ハントは苦笑いをした。


 そんなハントの表情を見て、クワナが何とも言えないキツネ顔で、「皆さんはご存じないようですね...。バリジン森林地帯に続く橋は、昨年の夏の嵐で崩落してしまったのですよ」と脳内に語りかけてきた。


「「え~!!!」」


 その場にいた全員が、肉や果物、飲み物を片手に持ちながら驚きの声を上げた。


 ほ、崩落⁉じゃあ、どうやってバリジン森林地帯に行けばいいのよ⁉


 ちょっとハント、何でそんなことも知らないで、バリジン森林地帯に向かっているのよ~!!


 驚きと困惑の表情が、ハントに向けられた。そして約1名、長身で私と同じスレンダーなお胸をしたポニーテールの凛とした目つきの人が、凄い殺気を放ってハントを睨みつけている...。



 次回...ハント死す!





 ...にならいいように逃げて、ハント!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る