第一王女

 リゼ様が選んだのは王都から馬車で片道三十分と、比較的近いプラダという街らしい。

 なんでも、夜に控えるパーティーに間に合うように組まなければいけないらしく、必然的に難易度というよりも距離を優先したとのこと。

 場所は正直どこでもよかったけど、お貴族様というのも忙しないんだなと思ってしまった。


 そして———


「あらあら、体は普通なのですね。てっきり魔法が扱える特別な体質でもあるのかと……ふふっ、意外としっかり鍛えられているお体です」


 ……僕は現在、セレシア様に体中を触られていた。


「あ、あの……セレシア様」


 プラダに向かう馬車の中で。

 僕は美人に体を触られるという構図に戸惑いながら、おずおずと隣に座るセレシア様に尋ねた。


「なにされているので……?」

「殿方のお体とはこのようにがっちりしているのですね」

「お願い聞いてっ!」


 このままでは僕の体が何かに目覚めそうになっちゃう。


「ぐぬぬ……私だってそんなに触ったことないのに!」

「姉さん……羨ましごほんっ! サクが嫌がっているので離していただけると」


 対面に座るリゼ様が助け舟を出してくれる。

 横では悔しそうな顔をしているアリスもいるんだけど、とりあえず妹に宥められたセレシア様は大人しく離れてくれた。


「申し訳ございません、つい平民の身でありながら魔法を扱えるサク様が気になってしまいまして……ふふっ」


 凄い上機嫌な笑みだ。

 とても申し訳なく思っている顔には見えない。


「にしても信じられません。なにぶん、前例も成功例もないものでして……」

「まぁ、気持ちは分かるけど。だって、サクが試した方法は誰かしらがやっていそうなものだし」

「そうなのですか?」

「体に魔法をぶち込んで魔力を感じました」

「随分とアグレッシブな方法で見つけられたのですね。ですが、その方法であれば過去に何度も例として見てきました」


 セレシア様は何やら一人で考え込む。


「となると、サク様が特別だとしか言いようがありませんね。しかし、情報では他の平民の方と同じ……」

「情報?」


 はて、情報とはなんだろうか? もしかして、王城で働く際に提出した書類のことだろうか?

 確かに、名前や住所、家族構成や借金の有無とかびっしりと個人情報は記載した。

 リゼ様と同じで王城の主なのだ、もしかしなくても僕の書類を引っ張り出して調べたのだろう。


「えぇ、長い髪に胸の大きめな方でミニスカ姿が好みだという情報です」

「どこに書いてあったその情報!?」


 いつの間に僕の性癖が……っていうより、平民全員が僕と同じ性癖だと思わないことだ。


「な、なるほど……」


 アリスが唐突にサイドに結んでいたリボンを解こうとする。

 すると、横からリゼ様の腕が伸びてガシッと掴んだ。


「……何をするのかな、後輩ちゃん?」

「先輩、ここは公平にいきましょうよ。二つも取ろうなんて欲張りすぎだわ」

「あれれ~? 胸以外にも取り柄があることに今頃気づいたのかにゃ~?」

「ぐっ……普段なら羨ましくもない取り柄が重なっただけでこんなに腹立つなんて!」


 二人はとても仲がいい。


「という感じで、私はリゼから話を聞いた時からサク様のことが気になっていたのです」


 何が「という感じ」なのか脈絡がなくて分からなかったけど、僕に興味があるんだということはよく分かった。

 だから、こうして一緒に任務に参加したのだろう。

 今更ながらに悟ったけど、きっとリゼ様が任務を受けた時にやつれていたのは、セレシア様に押し切られたからに違いない。


「ですが、気を付けてくださいね、サク様」

「な、何がでしょう?」

「私は好奇心派です。平民が魔法を使えるという例があり、うちの団員を圧倒して見せるほどの実力ともなれば興味も湧きます。ですが、私は———それ以上の人間がいるのも事実です」


 それ以上。

 色々アリスやリゼ様から注意は受けてきたけど、このワードには思わず首を傾げてしまう。


「過激に考え、過激に嫌悪し、過激に危機感を覚える。貴族の中には、自分の優位性に浸っていたい人もおられます。その優位性が脅かされそうな時、過激派の人間はどのような手段を取るか分かりません」


 な、なんか恐ろしい話だ。

 歴史上いないって話なのは分かっていたけど、こうも真正面から深く念を押されるとどうしても背筋が伸びてしまう。


「その点で言えば、リゼの懐に入ったのは正解です。下手に他の貴族も手出しができないでしょうし、私も味方になってあげられます」

「え? なってくれるんですか?」

「えぇ、なんと言ったって妹のお気に入りですから」


 お気に入り? 可愛がられているような感じはあるけど、それはあくまで恩人枠での扱いなのではないだろうか?

 僕みたいな平民が王女様に気にいられるなんて想像もつかないし、そもそも釣り合っていないように思えるんだけど―――


「心強いです、セレシア様」

「ふふっ、これからよろしくお願いしますね」


 とりあえず、セレシア様の好意には感謝しよう。

 僕はセレシア様に深く頭を下げ、彼女はお淑やかに笑ってくれた。


 一方で―――



「はぁー!? 身長高くてスラッとボディが女の子のトップなわけじゃないしー!? 大事なのは好きな人に好かれるボディとフェイスかどうかだしー!?」

「胸なんて所詮脂肪の塊でしょ? そんなちっぽけな取り柄があるからって偉そうな態度取らないでもらえるかしら、器の狭い先輩さん?」

「そういうのは脂肪の塊を携えてから言いなよ、後輩ちゃん!」


 ……本当に、二人はとっても仲がいいなぁ。

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