平民でただの使用人である僕が実は最強の魔法士だとバレたら、姫様達が離してくれなくなった件について。
楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】
プロローグ
こんな予定じゃなかった。
任務のために地方の村を巡回していただけ。
大々的に悪党を倒しに来たわけじゃない、なんだったらちょっとした遠足気分でもいた。
何かと堅苦しい王城から抜け出せたんだもの、久しぶりの任務で舞い上がっていたのは間違いなかったわ。
それでも、警戒を怠っていたわけじゃなかった。
ただ、警戒してもどうしようもないものが現れたという―――
『gyuaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』
眼前に広がるのは、自分の何倍かも計算したくないほどの巨体。
翼が生え、鋭利な歯が並び、ただ叫んだだけだというのに腰が抜けてしまいそうな威圧感。
その巨体は赤黒い鱗に覆われており―――正しく『龍』と、呼ぶのに相応しかった。
『な、なんでここに赤龍が!?』
『姫様をお守りしろ! なんとしてでも、この方だけは……ッ!』
赤龍は魔獣の中でも最上位。
並の騎士や魔法士が束になっても討伐できないほどの災害級。
それこそ、Sランクの冒険者や王宮の魔法士が何人か隊を成してようやく倒せるかどうか。
今この場には私と数名の騎士だけ。
故に、勝てる道理など……どこにもない。
『リゼ様、早くお逃げを! 少しでも遠くへ!』
分かっているわよ、そんなこと。
少しでも距離を稼いで、少しでも生き残れる道へ進んだ方が絶対にいい。
でも、もし私だけ逃げてこの周りにいる騎士達が身を挺して時間を稼ごうとしたら? きっと、生き延びたとしても……私一人だけ立っていることになる。
いや、それよりも―――
「私の後ろに下がりなさいッッッ!!!」
赤龍の口が大きく開かれる。
奥から覗くのは、赤よりも黒い揺らめいた炎の塊。
───ブレスの兆候。
私は咄嗟に前に出て魔法で生み出した土の壁を何枚も展開した。
その直後———触れてもいないはずなのに焼けるような空気と熱が、一帯を覆った。
「~~~ッ!?」
壊れる、展開した壁が。
魔法は貴族にしか扱えない。誰もが持っている魔力の運用方法とセンスが体に染みついていないが故に、平民には扱えない。
この場にいる貴族は、王族の私だけ。
つまり私が倒れてしまえば、この
だから、何度でも。
壊れていようが何度も生み出しては
「〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」
そして、しばらくして。
(け、けど……)
魔力がもう空っぽ。
何枚? 何十枚展開した?
強度と速度を優先して、燃費など度外視にして、赤龍の
『gyuaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』
けど、ここからは?
赤龍は、たった一度攻撃しただけの五体満足。
「は、ははっ……」
真っ黒に焦げてしまった大地の上で、私は思わずへたり込んでしまった。
後ろで何やら騎士達が叫んでいるけど……目の前の脅威が、意識を遠ざけてしまう。
(まだ、やりたいことなんていっぱいあったはずなのにね)
ある程度縛りがあるものの、一回ぐらいは女の子らしく恋愛なんてしてみたかった。
狭苦しい王城を抜けて、こっそり王都の中を観光でもしてみたかった。
まだまだ自分の魔法に磨きをかけていきたかった。
結局、第二王女として生を受けて……何も役目を果たせずに、ちょっとした未練すら残して、
(私は、死ぬのかしら……)
そう思うと、不意に瞳から何かが零れてきた。
久しく流していなかった涙。こんな性格だから家族が死ぬ時でも流さないと思っていたのだけれど……違うみたいね。
そういうのは妹と姉の方に譲って、私は慰める役目———
「あ、ぁ……」
死が、すぐそこに。
赤龍の大きく振りかぶられた鋭利な爪が、眼前へと迫る。
「おねが、い」
だからだろうか、思わずこんなことを呟いてしまったのは。
「誰か、助けてっ!」
そして———
「
唐突に、振るわれた爪が大きく吹き飛んだ。
『gyuaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!???』
赤龍が驚いたような、痛々しい悲鳴を上げた。
その気持ちは分かる。何せ、私ですら思わず呆けてしまったのだから。
しかし、驚いた声を上げる間もなく、焼け焦げた大地を踏み、私の目の前にゆっくりと一人の少年が姿を現した。
「実家へ帰省中に大きな食材と煽るような言葉が一つ……これ、帰って妹に聞かせる面白話の一つに組み込んだら王城生活の土産話が霞んで見えないかな?」
その少年は自分よりも少し幼いように見え。
その少年は圧倒的な脅威を前にしても悠々としており。
加えて、見覚えのあるような顔をしていた。
(確か
印象的な子だったから覚えている。
貴族の子供や、研鑽を積んできたベテランが多く働く王城で数少ない平民の若い子。
それ故に、あの子がいる場所ではいつも肩身が狭そうな空気が流れていた。
だから覚えている。でも、どうして? どうして、こんなところに―――
「……さて」
その子は振り返り、私を見据える。
彼は私が誰だということにどうやら気づいていないようだ。
まぁ、王女である私と使用人であり平民の彼が同じ場所に住んでいたとしても顔を合わせる機会などほとんどない。
「相手は魔獣の中でも最上位の赤龍。対して、この場には騎士が数人と綺麗な女の子が一人。どのギャラリーから見ても圧倒的な絶望的状況なわけだけれど」
いや、それよりも。
そんなことはどうでもよくて。
私が守るべき民が目の前にいるにもかかわらず。
「あなたは何を望む? 早計、滑稽、高望みでもなんでもいい。誰にだって願望を口にする権利ぐらいあるから」
不思議と、妙な安心感があった。
この私よりも幼い声と遠巻きから眺めていた時とは違う存在感が、自然と口を開かせてくる。
「お願い……」
「うん」
「私達を、助けてッッッ!!!」
その子は笑った。
次の瞬間、赤龍は大きく飛び立ち、私達の真上に影を差す。
見上げると、またしても赤龍は口を開けて一度振るった
それでも、少年は笑った。
右手から小さな糸を生み出して―――
(魔法!?)
平民が魔法を使えるわけがない。
けれど、こうして新しい事象を生み出すのは間違いなく魔法だ。
この糸のような……いや、本当に糸と言ってもいいのだろうか? 何やら線のようにも見える。
その線は地面に突き刺さり、どこか飛沫をあげている。
彼はそれをやすりでも摘むかのように親指と人差し指で持ち、
「
赤龍に向かって、思い切り振りかぶった。
♦♦♦
上から降ってくる巨大な赤龍。
その様子を、僕は地面に落ちるまで見送った。
その時に落下音が二つ聞こえたのは、首と胴体が分かれていたからだ。
「うーん……」
僕は巻き上げられた土煙の中、ふと思った。
(あの子、普通に話しちゃったけど貴族の人だよね? タメ口不敬罪ってオチあるかな?)
しかも、どこかで見たことのあるような顔だったような?
もし知り合いだったらどうしよう? アリスから貴族の前では魔法は使うなって言われてるし、バレたら怒られる。
なんだろう、考え始めたら怖くなってきた。
(………………)
…………………………………………………………よ、よぉーし、このどさくさに紛れてさっさと逃げてしまおう!
僕に見覚えがあったとしても、向こうはどうせ平民の僕のことなんて知らないだろうしねっ!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次話は12時過ぎに更新!
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