34色 別れは突然に

「え? なんていった?」

「合格……と、云ったように聞こえましたが」


 クーデリアの言葉の意味を探るようにわたしたちは互いの顔を見合わす。


「……ということは?」

「試練は終わりってことですか?」

「はい」


 マルが恐る恐る聞くと、クーデリアは冷静に返す。


「……や、やったー!」


 わたしはうれしくて飛び跳ねるけど、足にチカラが入らなくてその場に崩れ落ちる。


「アカリ!?」


 崩れ落ちたわたしを二人が支えてくれた。


「ご、ごめん……うれしさと安心感でチカラがぬけちゃった……」

「よくがんばりました」

「えらいえらい」


 二人はやさしく頭を撫でてくれる。


「では、改めまして。 お疲れ様でした」


 クーデリアは落ち着いた声で話を続ける。


「手荒なマネをしてごめんなさいね」

「全く持ってその通りですよ。 こちとら本気で死を覚悟しましたよ。 デッドですよ。 ダイですよ。 アライブですよ」

「まあまあ落ち着いてマル」


 すこし興奮気味のマルをシーニがたしなめる。


「すいません。 これも我が子の進化の為だったので」

「クーの進化の為?」


 クーデリアは頷くと説明をしてくれる。


「はい、どの生物も生命の危機や大切なモノを失う時にチカラを発揮します。 その為にアナタたちを追い詰めました。 しかし、それだけでは我が子は進化することは出来ません」

「他にナニかあるってこと?」

「なるほど、その為の『三つの試練』ということですか」


 マルはなにかに気づく。


「アナタ達には『心の試練』『技術の試練』『体術の試練』をそれぞれ課しました」

「なるほど『心技体』ってことだね」

「え? どういうこと?」


 まったく理解が出来ていないわたしにマルが教えてくれる。


「恐らくですが、私に『体術の試練』、シーニに『技術の試練』、アカリに『心の試練』が与えられたのだと思います」

「え?マル、なんでそこまで解るの?」


 今度はシーニにがマルに問いかける。


「わたしが御手合わせしたモンさんは、どちらかというと体術の達人といった感じでした。そして、シーニが御手合わせしたというキツネさんは、魔術ならぬ妖術を駆使してきて、シーニは魔法の技術を駆使して挑んだと云っていましたよね。 そして、アカリと合流した時、アカリは怪我の一つもしていませんでした。 つまり、アカリの試練は『心の試練』だったと推測されます」


 心の試練ってシアンやクロロンとのカケラ集めのことだよね?


「それと最後にもう一つあります。 ここまで云えば解りますよね?」


 クーデリアは問いかけてくる。


「もしかして、『みんなの魔力の込めたハネ』のこと?」

「はい、正しくは『七色の魔力』です」

「だからわたしたちのカラダも輝いたんだね」

「やはり、『始めから仕組まれた事』ということですか?」

「!?」


 マルが神妙な面持ちでクーデリアに聞く。


「いえ、そうとも言い切れませんよ」


 クーデリアは冷静に答えるけど、マルは真剣な顔を崩さない。


「ですが、ここまで来るとどうしても貴方に都合が良過ぎます」  


 さらに問い詰める。


「確かにヒントを幾つか与えましたが、『全てではない』です」

「全てではない?」

「アカリに『試練のタマゴ』を与えましたが、この場所にいる三人はワタシは選んでいません」

「え!?」


 クーデリアの言葉にマルは眼を見開く。


「アナタ達三人以外の可能性もあったということです」

「す、すみません……少し整理してもいいですか……」


 マルは右手を頭に乗せてなにかを考えはじめ、すこし顔色が悪くなる。


「マ、マル大丈夫?」


 わたしは心配になりマルに声をかける。


「クーデリア、一つだけ質問してもいいですか?」

「はい」


 なぜかすこし息を切らせているは、顔をすこし青くしながらいう。


「アカリこの質問の答えによっては私の気分は悪くなるかもしれません……」

「え?」


 わたしは理解出来ずにいたけど、シーニの方をみると同じくすこし顔を青くしていた。


「シ、シーニ!?」

「なるほど……そういう可能性も『あったかも』しれないってことだね」

「え? え?」


 わたしはまったく理解が出来ない。


 そして、マルは意を決して口を開く。


「もし、あの時、七色の魔力が『揃ってなかったら』私達はどうなっていたのでしょうか?」


 揃ってなかったら? その言葉をすぐに理解は出来なかったけど、カラダがなぜかゾクッとする感覚がする。


「恐らく、そのまま地面に落ちていたでしょうね」


 クーデリアは冷静にその言葉を口にするけど、意味を理解したわたしは鏡を観ずとも自分の顔が真っ青になっているのがわかった。


「ひ……ひぇ……」


 もしものことを想像してしまい、思わずカラダが震える。


「今、この場所でアナタ達が生きているのは、道を切り開いたからです」

「……」


 クーデリアはなにも言えなくなったわたしたちに語りかける。


「ワタシの本来の目的を話しましょうか」

「本来の目的……?」


 シーニがわたしとマルの代わりに聞き返す。


「ワタシが我が子を下界に放ったのは『見定める為』です」

「見定める?」


 クーデリアは「ええ」といい頷くと話だす。


「ワタシ達、神獣はアナタ達人間よりも永い時間を生きています。 そして、色々な『時』を観てきました。 その中で人は争い奪い自然は時に美しく時に残酷に牙を向けたりもしました。 そこで、ワタシは思いました。この世に人は必要かと、人は人を苦しめたりします。 中には人は人を幸せに出来ると云うモノもいます。 それは、ワタシも理解はしています。 しかし、幸福があるから不幸もあるのではないかと、そんな人々を観てきたワタシは哀しくなりました。 だからいっその事世界をリセットしてしまった方がいいのではないかと」

「リセット……!」

「神獣にはそんなチカラが……!」


 衝撃の言葉に二人は驚きを隠せずに声をだす。


 クーデリアは一呼吸置くと、話を続ける。 


「しかし、とあるモノがワタシにいいました。 『キミにもきっと解る時がくるよ』とそのモノの言葉を信じてワタシは少しだけ思い留まることが出来ました」

「そのモノとは他の神獣様ということでしょうか?」

「はい、今は『存在しません』が」

「え!? 存在しないってことは!?」

「数千年程前に『昇天』しました」

「しょうてん?」


 首を傾げると、マルが言いずらそう重い口を開く。


「亡くなったということです」

「!」


 マルの言葉に唖然としていると、今度はシーニが聞く。


「その神獣様になにがあったの?」

「あのモノは大昔下界を襲った厄災から下界のモノを守る為にその命を散らせました」


 今まで冷静に話していたクーデリアの声が暗くなる。


「正直、ワタシには理解が出来ませんでした。 下界のモノの為にそこまですることが……だから、確かめてみることにしたんです。 あのモノが命をかけて守ったこの世界を見守ってみることにしました。 そして、かなりの時間が過ぎたある日気づきました。 もしかしたら、この世も捨てたものではないかもしれないと」


 クーデリアの美しい眼がわたしを映す。


「それを最後にそれを確かめる為に我が子をアナタに託すことにしました」

「わたしに?」

「はい、アナタに託して正解でした。 アナタの純粋な笑顔が周りを惹きつけ、我が子を成長させました」 


 わたしは後ろのクーと向き合う。


「ねえ、クーはわたしたちと過ごしてどうだったかな?」


 クーの奇麗な瞳をしっかりと見ながらクーに問いかける。


「ピュルルーン♪」


 クーはいつもと変わらない楽しそうな声で返してくれる。


「クー! ありがとう!」


 わたしはうれしくてクーに抱きつく。


「お疲れ様でした。 これで全ての試練は終了です」


 その言葉を聞いてわたしたちは喜ぶ。


 しかし、


「では、我が子を《返して》いただきます」


「え?」


 クーデリアの言葉にわたしたちは動きを止めた。


「……そっか……試練が終わるってことは、そうゆうことだったね……」

「え? そうゆうことって?」


 シーニにわたしは聞き返すけど、聞かなくてもなんとなくわかってしまう……それを口にしてはいけない気がする。 口にしたら受け入れなくちゃいけないから。


「……クーとの『別れ』って事です」

「!?」


 マルはその言葉を口にする。


「そ……そんな」

「元々、クーは『試練のタマゴ』、つまり、言い換えれば『試練を受ける為の切符』です。 だから、試練が終われば役目を果たしたということになります」


 自分の言っていることの重さを感じながらもマルは説明する。


「アナタ達人の可能性や繋がりはしっかりと見せていただきました。 世の人はどうしようもないほど心の醜いモノもいれば、中には捨てたものではないモノもいます。 アナタ達の様に」


 クーデリアは落ち込むわたしに語り続ける。


「それが解っただけでも、我が子に取ってはかけがえないのない『思い出』になったはずです」


 クーはすべてを理解したのか、わたしから離れ、クーデリアの元に羽ばたいて行く。


「……」


 クーの温もりがなくなり大切なモノを失う感覚になる。


「…………」


 もうお別れなの?


「………………」


 これで終わりなの? 


 ………………違う。


「クー!」

「ビュ?」


 クーを呼び止める。


 二人は心配そうにわたしをみる。


「これでさよならなんてわたしはヤダよ!」


 わたしはクーとの思い出を思い出す。


「わたし、クーと出会えてよかった! みんなとも前よりも仲良くなれた! クーといてとても楽しかったよ!」


 だから、


「わたしはクーと別れたくない!」


 だからこそ!


「『さよなら』の代わりに『またね』っていうね!」


 湧き上がりそうな涙を堪えて、わたしはとびっきりの笑顔でいう。


「そうだね『またね』クー!」

「ええ『またね』です」


 二人もわたしと同じ気持ちだったみたい。


「いいトモダチを持ちましたね」

「ビュリュリュルーーーーン♪」


 クーの飛びきりゲンキな鳴き声を響かせながら周りは霧に包まれていった。


(またね)


 深い霧の中でそんな声が聞こえたような気がした。

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