決戦(6)


 素早く屋敷に侵入できたものの、アケミたちは三階で足止めを食っていた。三階の半分はぶち抜きの広大なホールとなっており、当然のように大量の兵士が詰めている―――。

「こりゃいくらなんでも無茶だよ…」

 ホール手前の廊下を覗くギャランの言う事も尤もだが……。

「残りの矢は三本しかないですし、とても援護どころじゃ…」

 エイナが腰の矢筒に手を回すと、矢がカラリと渇いた音を鳴らす。

「…なら仕方ないな」

 刀を拭ったばかりのアケミが腰を上げようとするが、カリアが袖を引っ張る。

「待て! 突っ込めばいいってもんじゃないだろ…!」

「お前、まだそんなこと言って―――」

「お前こそ何を突っ張ってるんだよ…!」

「現実的な策を出してるんだろ!」

「どこが現実的なんだ! そもそも一人じゃ無理だから私らを連れてきたんじゃないのか!?」

 カリアだけでなくエイナやギャラン、ノーマンからも視線を浴び、アケミは押し黙る。

「……いつも通りといえばいつも通りですけど、らしくないですよ隊長」

「そうだよねぇ、ちょっと余裕がない感じ」

「焦りは敗北を生む……初歩的なことだ」

 三人に諭され、アケミは肩を落とす。

「チッ、わかった……何だかんだで前も助けられた。だからお前らを呼んだんだしな。まあカリアはおまけだが」

「ふざけるな。アルタナディア様がいらっしゃるなら私一人でも行くぞ」

 生真面目に答えるカリアに皆が笑う。そんな場面ではないのだが、どこか噛み合わなかった波長が合った瞬間だった。

「状況を整理するぞ。敵は三階を決戦の場としている。そもそも敵が来ると思っていなかったんだろう、だからとりあえず本丸前を固めたってとこだ。逆に言えば、寝起きの上にかなりパニックになっている」

 アケミが切り出すと、エイナが続く。

「この階の兵士の装備が共通のものが多い点からすると、サジアート直属の部下なのかもしれません。聞いている人物像からすると、意外と慎重な面があるようなので、これまでの敵より強い可能性があります。正面から挑むのはリスクが高いかも」

「登ってきた階段は三階までで上には繋がってないよね。ってことは、四階への階段はホールを挟んで反対側にしかないんじゃない? それならここに詰めてる理由もわかるし、親玉も女王様もまだ上にいるってことじゃないかな」

 ――ギャランだ。

「突破しても、帰りに敵が待ち構えていたら救助できない。どこかに引き付ける必要がある」

 ノーマンもぼそりと意見を出す。

「………なあ、ちょっと案があるんだが」

 カリアがぐいと首を伸ばしてきた。





 ホールに突入したアケミだが、サジアートの親衛隊ともいえる側近たちに阻まれ、突破できずにいた。

「くそっ…!」

 明らかに身のこなしが鈍い……さすがに疲労困憊か。アケミの後ろで戦うノーマンも斧槍を器用に使うものの、どうにか凌いでいる状態だ。

「長刀斬鬼……大したことないな!」

 サジアートの部下たちは色めき立つ。サジアートを信奉する彼らは皆若く、一回り下の世代でありながら勇名を馳せるアケミは嫉妬の対象であった。そんなアケミも今や全身血まみれで満身創痍…。階下の者は悉くアケミに屠られたようだが、所詮は雇われの傭兵であり、サジアート直属の部下である彼らにとってはどうでもいい話なのである。

「くあっ…」

 剣で打ち合うが、アケミが押し負けて弾き飛ばされる……あのシロモリが、だ。後ろに転がってすぐに起き上がろうとするが、片膝を付いたところでついに動きが止まる。肩で息をし、もはや行動不能間近―――。

 今なら―――今なら、いける…!?

「―――隊長! 馬が確保できました!」

 ホールの入口から声が飛んでくる。小柄な少年兵だ。ドアの影からそっと顔を出すあたり、援護できるほどの実力はないのだろう。つまり――……

「……撤退するぞ!」

 アケミは敵兵に背中を見せて走り出す。あまりに迷いのない行動にサジアート兵たちは一瞬出遅れてしまったが、

「逃がすかぁ!」

 すぐさま後を追い、長髪が揺れるアケミの背に斬りかかろうとするが、アケミも振り向きざまに刀で薙ぐ。大ぶりだが、それでも鋭さを残す一閃にサジアート兵の脚が止まる。そしてまたアケミたちは走り出し……

「コイツらっ…待てぇシロモリぃッ!!」

 アケミたちを追い、サジアート兵たちはホールを出る。千載一遇のチャンスだ! アケミたち三人は意外と速い……必死だ。死に物狂いで走っている。もう後がない証拠だ!

 階下に降りる三人を追い、サジアート兵が迫る。何度か攻撃を仕掛けるものの、アケミが、あるいはノーマンが辛くも防ぎ、ギリギリのところでダメージを与えられない。

「回り込め! 絶対に逃がすな! ここで奴を、シロモリを仕留めれば、サジアート様の勝利は確実だ!!」

 二階を逃げ回り、一階に下りるが、エントランスはすでに封鎖されており、アケミたちは詰めてくる兵をかわしながら別の階段から再び三階へ―――

「はっ、バカが! また三階に上がってしまえばもう逃げ場など…!」

 しかし―――。

 階段を駆け上がっていた三人が豹変する。不意に立ち止り、振り返った「獲物たち」は、今まで追われていたことが嘘のように堂々と踊り場に立っている。

「………!!?」

 集団の先頭を切って追っていた若い男が階段の途中で急ブレーキを掛ける。それで正解だった。アケミの眼光は鋭く、肩で息などしていない。後ろの男達もすぐに異変に気付いた。

 両手に持つ刀がゆらりと揺れ動く……追っていたはずの男達がびくりと身構える。しかし二本の刃は腰の鞘に静かに納められ、「チン」と鍔鳴りの音……先程まで飛び交っていた怒号や乱雑な足音は一切消え、その場の人間の意識はアケミの一挙一投足に集中している。

「ノーマン」 

 合図を受け、ノーマンは背負っていた長刀をアケミに手渡す。やはりアケミにはこの長い刀が良く似合う…。

 手にした愛刀を頭上に翳し、女はゆっくりと刀を引き抜く―――。

「う、お…」

 窓から差し込む朝の陽光を背に受けたアケミは、登ってくる兵士たちからは後光差す美女か―――いや、凶器を振りかざす黒い鬼にも映る。その切っ先がサジアート兵たちに向けられ……魅入られていたと、これが罠だと気付いた時は、手遅れだったのだ―――。






「ガンジョウ師範に教えて頂いたが、大勢の敵と戦うには地形を利用してわざと袋小路に誘い込み、死力を尽くして戦うことで反撃の機を待つのも一つの策、と」

「袋小路に誘い込む??」

「『追い込まれている』の間違いじゃないの?」

 カリアの言う事をエイナとギャランはすぐに理解できなかった。

「狭い場所ならどれだけ人数がいても一人ずつしか斬り込めないだろう? 要するに、大勢の敵相手でも直接対峙する相手を少数にする状況を作るってことだ。囲まれるよりはまだやりようがあるだろ?」

 アケミが補足し、二人もなるほどと頷く。ノーマンはすでに理解していたらしい、何も言わない。

「だが、これは敵陣でやる作戦ではないな…そもそもこっちが攻め込む側だ」

「だから、囮になって引き付ける役がいる……」

「……なるほどな」

 カリアが苦い表情を滲ませたのを読み取り、アケミは即決する。

「じゃあ作戦はこうだ。あたしとノーマンで突っ込み、敵を足止めしておく。ギャランは交戦ポイントを見出してあたしに合図を出せ。そのまま逃げるフリをして敵を引きつけ、ポイントに誘い込む。その間にカリアとエイナで上階へ向かえ」

「…でも、」

 アケミの手が作戦に口を挟もうとするカリアの頭を叩く。

「決まりだ。お前はさっさとアルタナを迎えに行って安心させてやれ。途中でくたばるんじゃないかとハラハラしてるだろうからな」

「……わかった」





 ―――これがカリアが立案した作戦である。アケミが敵を引き連れて逃げ回り、一旦二階に隠れていたカリアとエイナがその隙にホールへ突入する。まさか全員がアケミを追ったとは思わないが、そこそこの数で倒せると自惚れてもいないはず……サジアートの側近たちが都合良く理性的であることに期待し、あとはアルタナディアの元に向かうだけである。

「わかってると思うけど」

 ホールの入口手前で様子を窺いながらエイナが忠告する。

「必ず強い奴が護衛に残っているはずだ。手段を選ぶなよ。お前のために死ぬつもりなんてさらさら無いけど……その時がきたら迷うな、自分を優先しろ」

「そんなこと言うなよ! お前を犠牲にしていいわけないだろ!」

「お前はこの期に及んでっ……じゃあ言い方を変える!」

 カリアを力づくで壁に押し付け、顔の両横に手を付いて、真正面から睨んでエイナはこう言った―――

「お前のためなら、死んでもいい…」

「…………」

 息が詰まるような数秒……。二人は互いを見つめ続け………先にエイナが折れた。

「…何をやってんだ、私…!」

 耳まで真っ赤にして、エイナは自分の頭を拳で殴る。

「言い方変えるっていうか、言ってること違う…」

「うるさいわね! 私も整理つかないから聞かないでよ!」

 普段聞かない女っぽい口調が出てしまってエイナは口を塞ぎ、また動揺する。

「エ、エイナ…?」

「………はあぁ…」

 ようやく息を落ち着かせたエイナは、明らかに作った冷めた顔をカリアに向けた。

「こんなことやってる場合じゃない。とにかくナディアを救出する。助けられなきゃ、この戦いで死んだ人間が無駄になる……OK?」

「わかってる…」

「……それと、さっき言ったことは忘れること」

「どれ?」

「全部…!」

 二人はホールの入口のドアの脇に屈みこみ、カリアはサーベルを、エイナは弓を構える。

「行くぞ…」

 ドアを蹴破り、突入―――!!

 瞬時に人数を確認する。五人いる―――まだ剣を抜いていない!

 カリアはすかさず一番手前の男を斬りつけた。さらにもう一歩踏み込んで二人目! その左隣にいた三人目が剣を抜いてカリアに迫るが、エイナの放った矢が頭に命中し、絶命。四人目はカリアの背後を突くが、引き抜かれた鋼鉄製の鞘が剣を弾き返し、続けざまのカリアの横薙ぎ一閃で倒れる。そして最後の一人……!

 最後に残ったのは精悍な顔つきの大男だった。カリアは勢いを殺さず、姿勢を低くして脚を狙う。エレステルの戦士では珍しいフルプレートを纏っていたが、当然鎧には隙間がある。カリアのサーベルはそこを狙うのにうってつけの鋭さを持っている。これを剣で防げば上半身がガラ空きになりエイナの矢の餌食に、避けて姿勢を崩せばやはりエイナの矢を受けることになる。合同演習中に何度か試みた連携だが、完璧だ!

 しかし―――男は剣を床に突き立てるようにしてサーベルを防ぎ、飛来した矢はスモールシールドが張り付いた大型のガントレットで受け止める。

「「――!!」」

 すかさずカリアは転がるように後退し、エイナは矢を番える。

 攻撃はほぼ同時だったはずなのに、この男……強い!

「…どこかで見たことがある」

 エイナがボソリと呟く。

「そうなのか!?」

「あの特徴的な鎧だけ覚えてる…」

 国境の警備では侵入してきた敵を追い回すため機動性が求められ、エレステルでは軽鎧が主流だ。だからフルプレートメイルは目立つ。エイナが矢を構えながら自分の記憶を探っていると、男の方から切り出した。

「俺は知っているぞ、貴様のことを。シロモリの付き人だろう」

「はあぁ!!?」

 エイナが苛立った声を上げた。カリアは詳しく知らないが、毎度アケミに都合よく駆り出されているのなら、この言われようは屈辱的だろう…。

「シロモリがいかほどかは知らんが、この鎧の前では文字通り刃が立たん。どうやら逃げたのは作戦だったようだが、貴様ら無名の戦士など、怖れるに足りん」

 この男はアケミの実力をわかっていないようだが、口だけでもない。少なくとも先程の奇襲を捌いたのは脅威だ。

「くそ、どうすれば…」

 構えるエイナの矢がぶれる。残りは一本しかない…! 

「どうもしない、さっさと倒す!」

「おい!?」

 カリアはサーベルと鞘を握りしめ、男に突っ込む。とはいえ、考えなしではない。攻撃の直前に2~3回フェイントのモーションを混ぜ、相手の右側に回り込んで斬りかかる。こうすれば相手は右手の剣で受け止めることになり、攻撃を封じると同時に左腕の防具を無力化することもできる。カリアはフィノマニア城でミオと対戦した時よりははるかに経験値を得ているのだ。

 元々左利きのカリア、鞘とはいえ鉄棒での強打は急所に当たれば必殺の一撃になる。これで相手の剣を抑え込み、右手で素早く突きを繰り出せば、相手は左腕のガントレットで受け止めるだろう。しかしそうしてカリアに身体を向ければ、エイナには無防備な側面を晒すことになる―――エイナはカリアの作戦を読み取って胸の内で喝采を上げたが、そう簡単にはいかない―――

「ぅあっ…!?」

 一瞬左手で相手の剣を封じたかに見えたが、カリアの身体がふわりと宙に浮く。そして男の剣によってそのまま身体ごと吹き飛ばされた。

 不利な体勢から右腕一本だけで―――なんという怪力だ!

「ちっ!」

 エイナが矢を鎧男に向けるが、撃たない。弾かれるのは目に見えているし、この最後の矢が無くなればエイナにはもうナイフしかなく、フルプレート相手にはとても通用しない。倒れている兵士の武器を奪うこともできるが、それで打開できる見込みはない……。今は弓を向けることで牽制しつつ、カリアが隙を作ったところを狙撃するのが確実だ。だがあんな風にカリアがやられた所を見るとそれも……。

「うおああぁっ!!」

 エイナが思考を巡らせている間にカリアがまた突撃する。エイナの方が焦ってまた弓を構える。

 今度は素早い連続攻撃だ。サーベルは刀身が細い分素早い取り回しができる。加えて鉄鞘による多重攻撃、防御が困難なコンビネーションも冴えわたる。しかし速い分、軽い。鎧男は急所を狙う攻撃だけ左腕のガントレットでガードし、あとは鎧で凌いでしまう。

(どうすればいい………!?)

 カリアは必死に思考を巡らす。

 防御の硬い相手……

 確か、あの時は――――

「…!?」

 果敢に攻めていたカリアが一歩下がり、距離を取る。そして、

「つあっ!!」

 右のサーベルで強烈な突きを放つ。これまでカリアが放った中で最も鋭い一撃だろう。鎧男も反射的に身を固めてガード!! あわやシールドを貫通するかという勢いだったが、折れ負けたのはサーベルの方だ。ガントレットのシールド部分は半球状に膨らんだ形で正面からの衝撃に強い。その中心部を打ったサーベルは威力に耐えられなかったのだ。

 しかしカリアは剣が折れた事に動揺するどころか、次の行動に移っている。弾かれた反動そのままに右回りに回転し―――

「あっ…!」

 エイナの脳裏にもビジョンが重なった。カリアが仕掛けたのは右脚のソバット! 後ろ回し蹴りが突きを受けて怯んだ鎧男のガントレットを外側に弾き飛ばす………合同演習初日で見せたアケミの連撃の再現だ! さらに勢いを殺すことなく、とどめに放つのは鉄鞘による渾身の突き!! 

 ガキャッ!と金属がぶつかり合う音がし、鎧男の足元が揺れる。カリアの鞘がヒットした鳩尾の部分は間接部のために装甲が薄い。鱗のように重なった薄い鉄板はひしゃげ、その威力は肉体を貫いたのだ!

「グ…ウゥ…!」

 それでも男は倒れない。元より攻撃を受けるスタイル、タフネスなら一級品である。全力の攻撃を繰り出して硬直するカリアを返り打ちにしようと剣を振り上げて…………そのまま後ろに倒れた。

「……ふー……」

 大きく息を吐くエイナの手に矢はない。鎧男の眉間に突き刺さっている……。

「…大丈夫か?」

 敵の全滅を確認し、エイナがカリアに声を掛ける。カリアは緊張から解き放たれても呼吸が落ち着かなかったが、顔だけ振り返ってエイナに目を向ける。

「まったく、何というか……お前のために死んでたら、命がいくつあっても足りない…」

「でもエイナがいなかったら勝てなかった……命を賭けてくれて、ありがとう」

「…………」

 その謝辞にどう答えていいのか…。胸の奥がモヤモヤするが、エイナの中で上手く形にならない。

 そんなエイナに気付かず、カリアは右手のサーベルを確認する。サーベルの刀身は先から三分の一近くが折れてしまっている。騎士団に入った時に受領した馴染み深いものだが、感慨に浸っている暇はない。

「行こう…!」

 折れた剣を鞘に納め、カリアはホールの奥の扉を開ける。四階へと続く階段は目の前にあった。





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