強襲
アルタナディアがエレステルへ出立して二週間。イオンハブスは別段混乱もなく、静かだった。
バレーナの襲撃から一カ月半経過するが、民にはエレステルに対する反感はさほどない。実力行使は一昼夜限りのことだったし、相手は騎士と兵士に限定され、人死にも出ていない。生活環境は変わっていないし、行政はむしろよくなった。何よりその後、アルタナディアが兵士を引きつれて市街を抜けて行った迫力に圧倒され、バレーナのことを重要視する人間はいなくなっていたのである。二人の決闘も噂で流れはしたが、それだけだ。一般人にしてみれば華奢なアルタナディア姫が剣を持つイメージが掴めない。「血みどろの戦いだった」と詳しく語るほど信憑性が薄れていく始末である。姫同士が敵対し、隣国と戦争になりかけたという認識は、どこにもない。
ただし、城内は別である。アルタナディアを裏切る形になり、バレーナの怒りを買った大臣たちは決闘や遠征の準備の混乱で現状維持のままである。辛うじて首の皮一枚繋がったというところだが、彼らの胸中では緊張状態が解けてはいない。原因であるバレーナを恨めしく思う者もいるが、何ができるわけでもない。確実に処刑から逃れる方法はバレーナを人質にとっての反乱くらいだが、城中の二大勢力である親衛隊長のグラードと侍従長のマデティーノはアルタナディアに忠実であり、バレーナの守護は万全である。仮に上手くいったとしても、その後はイオンハブス軍の大部分を連れたアルタナディアと、その何倍もの兵力のエレステル軍を相手にしなければならず……早晩首を刎ねられることは火を見るより明らかだ。よって、大臣たちに残された手段は一つ―――とにかく容易に処断されないように今の内に功績を上げ、アルタナディアのご機嫌がとれるように準備しておくことだけだ。
現実的に見て、多くの大臣を問責にするのは難しい。まして大量処刑などすれば多くの臣民の反感を買う事になるだろう。死罪に処されることはほぼありえない……はずなのだが、決闘を見た者は一抹の不安を拭いきれない。
アルタナディアは自ら血を流すことを恐れない。自ら剣を振るうことも厭わない。
白いドレスを真っ赤に染めてバレーナと斬り合う猛々しい姿は、目にした者すべての脳裏に焼きついた。もはや人形と呼ばれた少女ではない。戦姫と呼ばれるバレーナに劣らぬ稀代の女王なのだ。あのようなアルタナディアの一面を誰も知らなかった。何が起こるかは誰にもわからない。今はただ大人しく、嵐が過ぎ去るのを待つしかない…。
そんな悩める大臣たちをよそに、バレーナは順調に回復していた。目覚めて三日目にはほぼいつも通りに食事を摂り、その二日後には城内を歩いている。始めは警戒心の強かった召使いたちだったが、決闘前と打って変わって気さくな面を見せるバレーナは若者を中心に人気を集め始めた。民と同じ目線でものを語れば親しみを生み、王族としての高貴な立ち居振る舞いは憧れを呼ぶ。それに何より美女だ。何をしていても絵になる。バレーナもまた、エレステル史上類稀なる女王の器なのだ。
「ずいぶん勝手気ままに歩き回られるのですね」
ウラノがバレーナの背中を拭きながら嫌味半分呆れ半分で洩らす。昼の診察前にウラノがバレーナの身体を拭くのがこの数日の日課になっていた。
「リハビリにはちょうどいい。少し引きつる感じはあるが、調子は悪くない」
「左様ですか」
ウラノの手に少しばかり力が籠ったのをバレーナは肌で感じた。
「そう面白くない顔をするな……ウラノにも感謝しているのだぞ。意識を取り戻すまでお前が筋肉をほぐすマッサージをしてくれたおかげで、身体が固まらずにすんだのだから」
「! 誰からそれを…」
「看護師たちから。とても献身的に働くと褒めていたぞ」
「……女王陛下のご命令に従ったまでの事です」
―――面白くない。全く面白くない。バレーナが決闘で負けて清々するはずだったのに、ウラノのストレスは増す一方だ。
そこでふと、悪辣な嫌がらせを思いついて、ウラノは唇を釣り上げた。
水を張った桶にタオルを投げ入れ、自らのメイド服のボタンを外す―――。
「…ん? どうしたウラ――」
振り返ろうとした瞬間、耳に吐息が掛かり、バレーナは動きを止めた。
肩から背中にかけて素肌が触れ合う生暖かい感触……首筋から鎖骨をウラノの指先が流れ、胸の膨らみから脇腹へとなぞるように下りていく……。
「………何をしている」
「バレーナ様のお世話をして差し上げようかと」
バレーナの耳元でウラノはくすぐるような甘い声で囁く。
「ふざけるな――」
「アルタナディア様が城を出られたあの晩……胸元に傷痕がございましたね」
固まったバレーナの胸を包むように撫で上げ、バレーナの左胸の上……アルタナディアの傷があった同じ場所で爪を立てる。
「ずいぶん激しく求められたようで…」
バレーナが唾を飲み込んだ。思い出して恐怖している? それとも興奮? どちらにしろ、バレーナの心に響いた。ウラノは愉悦を噛み殺し、なおもバレーナの肌を撫でていく。
「長年欲望を押し殺していらしたんでしょう? 今もだいぶん溜まってらっしゃるのではありませんか? 私がお手伝いいたしましょうか…?」
身体の中心を大きく縦に奔る傷をウラノの指がそっと触れ、バレーナの肩がビクリと震える。アルタナディアから最後に受けた傷は一番深く、まだ薄皮が張りはじめたばかりだ。その傷の淵を沿うようにそっと撫でおろされれば、さすがのバレーナも身体をくの字に折ってしまう。ウラノはその背に己が身を密着するように摺り寄せる。
「…いい加減に悪ふざけはよせ」
「バレーナ様のお世話はアルタナディア様のご指示です。いわば私はアルタナディア様の代わりであり―――この指はアルタナディア様の指そのものなのですよ」
「――――」
バレーナがわずかでも逡巡した時点で、ウラノの勝ちだった。
「フフ…お慰めいたしますよ、バレーナ様」
そうしてウラノの右手がバレーナの腰から太腿へと滑り下りたとき―――ノックされ、部屋のドアが開いた。
「バレーナ様、もう間もなく診察のお時間で………」
入ってきたミオはしばし目を見開き、呆然と立ち尽くしたあと―――腰から短剣を抜き出した!
「きっ…さまあぁ!! バレーナ様に何をしている!!?」
「何とは…? クク…ご説明してもよろしいですが、ミオ様にはまだお早いのでは?」
始まった怒声と挑発の応酬にバレーナは溜め息を吐く。こういうことか……結局いつものだ。
バレーナは絡みつくウラノの腕を払いのけ、ミオに向き直る。
「よせ、ミオ。いちいち目くじらを立てるな」
「ですが…!」
「誰にもアルタナの代わりはできん。わかっているはずだ」
「…………」
鼻息荒くも、ミオは剣を納める。どうして今の一言でミオが引いたのかウラノにはわからないが、拍子抜けなのには変わりない。舌打ちしつつ諸肌を曝していた服を整えようとしたとき、
「―――んむっ!!?」
なんと、バレーナがウラノの唇を奪った!
ウラノがもがく様にバレーナを引き剥がそうとするが、ウラノの頭を引き寄せるバレーナの右腕の力は強く、重なる唇に息継ぐ隙間もできない。
長く思えた数秒……ようやく離れたとき、二つの唇の間をつうっと糸が引き、滴となって落ちたのをミオは見た。
「なっ―――なにを!!??」
ウラノが口元を拭いながら咆えるが、そんなウラノの前でバレーナは濡れた唇を舐め取って見せる。たまらなく妖しい仕草に目を奪われる…。
「この程度で顔を赤くするくせに、私を満足させられるのか? 笑わせるな」
「……!!!」
真っ赤を通り越して怒りで赤黒くなるウラノ。血走るその瞳にはかつてないほどの憎悪が滲んでいる。
バレーナに一瞥くれたウラノは乱れた服もそのままに出て行った。しばらくの静寂の後……バレーナは小さく息を吐いた。
「相当怒ってたな……まあお互い様だ。私も今回はカチンときたからな。あれももう少し肩の力を抜ければいいのだが」
「い…いや、そういうことではありませんバレーナ様! あんな、簡単にっ、その……く、くちびるをっ…!」
「んん? フ、確かに私の唇は安くはないが……いまさらではあるな。前にアケミに貪りつくされたこともあったし―――」
「は……はあァ!!?」
「あ…知らなかったか。しまったな、忘れてくれ」
だが遅かった。ミオは瞳を冷たく凍らせて膝を着き、頭を下げて誓う。
「申し訳ございませんバレーナ様。姉の不始末はシロモリの恥。命に代えましても姉の首を獲り、お詫びさせていただきます」
「全く……どいつも肩肘張り過ぎだ」
そんなやり取りがあって五分後、掛かりつけの医師と看護師たちが現れた。無数の裂傷は塞がり始め、抜糸も済んだ今、消毒をするくらいで、経過を診る段階に移っていた。
ただ―――
「胸から腹にかけての傷、そして左腕の傷痕は消えませんな…」
「……仕方あるまい。アルタナにも傷をつけた。自業自得だ……」
最後の一撃の傷もそうだが、剣を直接受けた左腕の傷も深い。幸い腱や神経には異常がなかったが、指先を動かそうとすれば痛み、実質今は右手しか使えない。
バレーナが何か言おうと口を開きかけるが、止める。ミオはここ数日何度となく見たこの光景の意味を知っている。
バレーナ様はアルタナディア様の状態を知りたいのだ。妹と呼ぶ以上に想いを寄せている相手の身体に自分と同じような消えない傷を作ってしまっていたのなら、とても耐えられない。だが、決闘を申し出たのはアルタナディア様でも、決闘の原因を作ったのはバレーナ様なのだ。今さら思いやる態度をとるのは虫が良すぎる……そうお考えなのだ。
「全快とはいかないが……もう普段通りの生活をしてもよいだろうか」
「全快していないのなら普段通りとはいきますまい」
「フ、それもそうだな」
「……私どもに事情はわかりませんが、女王様はあの決闘の直後、自らが危険な状態だというのにあなた様のお命を繋ぎとめるよう厳命されたのです。どうかご自愛くださいませ」
「………すまない……感謝する」
バレーナは短く謝意を述べる。ここでは、それしかできない…。
診察が終わり、看護師たちが道具を片づけ始めたころ、一人のメイドが入ってきた。バレーナの着替えを持ったウラノだ。普段ならバレーナとミオ以外の人間がいるときは何があっても猫を被っているのだが、さすがに先程の収まりがつかないのか、不機嫌な面を隠せないでいた。
「順調に回復されているようでなによりでございます、バレーナ様」
周りで聞いていた人間も、今日はどこかトゲがあるなとウラノに目を向けた時、ウラノは一人だけ自分を見ていない者を見ていた。
「ところで―――そちらの方はどちら様でしょうか」
その場にいた全員がウラノの視線の先の一人を注視し、呼ばれた男はうろたえた。男―――それしかわからない。フィノマニア城では医師以外の看護師は男も女も共通規格の帽子とマスク、看護服を着る。顔は目の部分しかわからないのだが、ウラノは真顔のままその男から視線を外さない……。
「……ミオ」
バレーナが小声で呼ぶ。すでにミオは短剣の柄に手を添えて、いつでも抜ける態勢をとっている。
緊張が高まる……我慢できなくなったのは男の方だった。ウラノに飛びかかると背後から首を締め上げ、隠し持っていたメスを喉元に付きつける! 途端に看護師たちから悲鳴が上がった。
「動くなぁ! 抵抗すればこの女を殺す!」
マスクと帽子を捨て去り、お決まりとも言えるセリフを吐いた男だったが、ここは王族の住まう居城であり、他国の人間とはいえ王女の前であり、さらに言えば動きが素人のそれではなかった。しかし……。
「皆、部屋を出ていろ」
「勝手に指示を出すな…!」
「この城で現在一番権限を持つのは私だ。要求は私に言えばよかろう。かまわん、皆出ていろ」
ダメ押しの一言で医師たちは男を避けて大きく回り込むようにして出ていき、男の命令でドアが閉まる。部屋にはバレーナとミオと男、そして人質のウラノが残った。
「さあ、目的と要求を言え。狙いは私かと思ったが、暗殺が目的ではないのか?」
城に潜入したこの男がプロであれば、今の状況でとるべき行動は二つ。刺し違えてでもバレーナを殺すか、下策だが逃走するかのどちらかだが、それはバレーナの暗殺が目的だった場合だ。この男の行動はどこかちぐはぐなのである。
「バレーナ王女……貴様にはある場所まで同行してもらう」
「私の誘拐が目的か」
「利点が見えませんね…」
ミオの言う通りだが、
「お前らの考えることじゃない!」
男の言ももっともである。と、拘束されているウラノが口を開いた。
「この男はエレステル人です。デビィ=イルソン。元斥候の戦士崩れです」
名前を呼ばれた男は三秒固まって静止した―――。
「なっ…なぜ知っている!?」
「優秀だと噂されていましたが、その実、敵方の斥候と情報を売買していて、与えられた資金をチョロまかしていたつまらない男です」
「だ、黙れぇ!!」
男がウラノの首筋にメスを押し付ける。刃がぷつりと皮膚を裂き、血が流れ落ちる。
「やめろ!」
ミオが叫び、
「要求に応じる。だからその者に手を出すな…!」
バレーナがデビィに説得を試みる。これを目の当たりにしたウラノは、
「……はあぁ…」
首に刃が添えられているのもかまわずに、恨みがましく溜め息を吐く…。男にはその意味がわからないが、ウラノは一人で恨みつらみを並べ始めた。
「一族からは放逐され、アルタナディア様には見透かされ……この場においては身捨てるべきところをわざわざ人質扱いさせられ、挙げ句金魚のフンにまで心配される私……」
と、急にデビィの顔が苦痛に歪む。いつの間にかウラノの右手にはナイフが握られ、デビィの脇腹に突き立てられている!
デビィが怯んだ隙に拘束から逃れたウラノはそのまま左回りに半回転、勢いのままナイフの柄でデビィの顎を打ち上げる。さらに間髪入れず胸の中心に強烈な正拳突き、次いで鳩尾を狙って蹴り飛ばす――!
仰向けで悶絶するデビィを憎々しく見下ろし、ウラノは持っていたナイフを投げつけてデビィの腿を刺す。そして―――
「なんて……なんて無様…っ!!!」
ナイフを踏みつけて深々と刺し込み、さらに刃筋の方向へナイフを倒していく……デビィがこの世のものとは思えない絶叫を上げた。
「ウラノ、よせ!」
ウラノは聞く耳を持たない。それでもバレーナは続ける。
「貴様はアルタナの部下でここはアルタナの城だ。無用な血で穢すな」
「チッ……!!」
矛先を変えるようにギョロリとバレーナを睨むウラノ。反射的にミオが間に入ろうとするがバレーナの手が必要ないと合図する。
「…当然のように正論を突きつける、あなたのそういうところが許せないのです!」
「私は不服であっても正論に従うお前を買っているのだがな」
「あなたという人は……!!!」
そのとき、ドアの向こうの気配が騒がしくなったのを感じた。足音の重さと数からすると、おそらく親衛隊が到着したのだろう。バレーナのアイコンタクトを受けてミオがドアを開けると隊長のグラード以下9名がなだれ込んでくる。しかしすでに決着がついた後であった。
「ミオが抑えた。少々手荒なことになってしまったが手当してやってくれ、尋問をしたい。あと、ウラノも―――ジーナ、いるか!」
「は、はい…」
呼ぶと、親衛隊の後ろに控える野次馬の隙間からひょっこり顔を出して返事をするメイドがいる。城に召し抱えられて三ヶ月足らずの十六歳で、ウラノが先輩として面倒をみている娘だ。
「ジーナ、ウラノを医務室へ連れて行ってやってくれ」
「え、先輩ケガしたん……うわっ! 先輩、血が!!!」
「先輩と呼ばない。何度言えばわかるのですか」
いつのまにかウラノは普段のメイドの顔に戻っている。そして自らの首に手をやって、眉根を寄せた。思ったよりも出血していたことに気付いたのだ。血が垂れてきて襟元まで汚してしまっている。
「あの、先輩…」
ジーナがハンカチでウラノの首元を押さえようとするが、ウラノはその手を払いのける。
「そのハンカチ、いつからポケットに入っていますか」
「あっ……お、一昨日からです……」
「そんなもので触ったら傷口にバイ菌が入ってしまいます。いつも言っているでしょう、きちんと身だしなみを整えなさいと」
「申し訳ありません、せんぱ――ウラノ様…」
「全く…」
と、横からガーゼが差し出される。ミオだ。ミオは自らの短剣とともに常にサバイバルポーチを携えている。
「…………」
提供されたガーゼを黙って受け取り、ウラノは部屋を出ていく……その後をミーナが追いかけていく。
騒動も一段落する様子を見せ、人が捌けたところでミオはバレーナに耳打ちした。
「…よろしいのですか、バレーナ様…」
「何がだ?」
「ウラノのことです。なんというか、その……」
まさかウラノがあんな牙を隠し持っているとは思わなかった。デビィに対し、あまりに正確に急所を攻撃していく。これは修練で体得したものだとミオはすぐにわかった。重い攻撃を間断なく繰り出せるのは体重移動がスムーズに行えているからだ。これはセンスがあっても一朝一夕ではできない。恐るべきは、あれほどの実力があることを今まで微塵も感じさせなかったことだ。これまでウラノがやってきたのはいつも精神的な嫌がらせで、腹は立ったが、所詮口だけの女だと高をくくっていた。それが、あんな……。その気になれば暗殺を仕掛けてくることだって在りえたのではないか。そう思うとゾッとする。だからガーゼを渡した時も緊張して何も言えず……いつでも剣を抜けるように身構えていたのだ。
「…気持ちはわかるが、ミオが考えるようなことはない」
不安を見透かしたようにバレーナがミオの背中を叩く。
「なぜですか…!?」
「言っただろう、ウラノは正論に従う。ウラノのジレンとしての誇り……結果として私がそれを傷付けてしまったが、ウラノは自分に原因があるとわかっている。だから『嫌がらせ』しかしない。ジレンが王の選定者で在り続けられるのは、その正しさが認められてきたからだ。追放処分とされていてもウラノにジレンの誇りがある限り、法と正義に背くことはできん。それが足枷になっているからこそ、あのように歪んでしまっているのだが……」
「………」
「だから実力行使に出るんじゃないかという無用な心配はするな。そんな疑いを持たれることこそ奴のプライドを傷つける」
「ですが…」
「次からは嫌がらせをされても、怒るだけでなく、きちんと嫌だと言ってやれ。少しは対応も変わるかもしれん……この話は終わりだ。今はそれよりもあのデビィという男が何の目的で、なぜ現れたかという事だ」
バレーナはベッドから立ち上がり、ぐっぐっと左腕を握りしめる。やはり力は入らず、襲ってくる痛みに顔を歪める。
「暗殺か誘拐かはともかく、狙いは私で間違いないだろう。エレステルで動きがあったと考えるべきだろうな……ロナから報告は?」
「アルタナディア様に付いて国を周るようだとあったきりで、ここ二日は何も……」
「……よし、グロニアに戻る。私がどういう立場になっているか詳しく知る必要があるが、戻れば少しでもアルタナの行動の手助けになるだろう」
「ですが、下手をすると…」
「戦犯扱いだろう? アルタナを差し出すと言ったここの大臣たちを咎めはしたが、いざこうなってしまえばそれもやむを得まい。勝手をしたのは事実だからな。ウラノも私と顔を突き合わすのは限界だろうし……ちょうどいいのかもしれん」
「ですが、もう少しお身体が回復してからのほうが」
「フッ、ですがですがとうるさいな、今日のミオは。お前がいれば問題ない。違うか? それとも私を一人占めできなくなるのが不満か?」
「い、い、いいえ、そんなことは…」
こういう言い方はいつもずるいと思う…。
すぐさま段取りを整えるべく、ミオは部屋を飛び出していった
一人残ったバレーナは窓から外を、遠くを眺める。中央街道をなぞってはるか彼方を注視しても、グロニアは見えない……。
「アルタナ……無理していなければいいが…」
部屋の隅に立てかけてあった黒剣を手に取る。ミオによって磨かれた刀身は一片の曇りもなく、焦燥に駆られるバレーナの顔を正確に映していた……。
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